アネモネの涙※trがbrではない相手と結婚しています
br目線
「結婚したんだ、私」
はにかみながらそう告げる彼女はいかにも今が一番幸せなのだと言わんばかりの表情をしていた。不意に感じた心臓のチクリとした痛みの理由はわからないまま私はおめでとうと彼女に伝えた。祝福の言葉に更に嬉しそうに微笑むトレーナーの顔は忘れようにも忘れることのできないものだった。
"久々に今度会わない?"
滅多に使用することのない携帯電話にトレーナーから電話が来たのが数日前。久しぶりに聴いたその声に何故だか妙に安心感を覚えつつ彼女と言葉を交わした。他愛のないことを話していると唐突にトレーナーの方から直接会って話したいことがあるから久々に会えないだろうかと言われその言葉に頷き、今のこの状況に至る。また何日か経ったら結婚式の招待状送るからよかったら参加してね、と陽気な声で言われてしまえば素直に肯定するしか無かった。
◇
式の招待状が届き数日の時が経ち、今日は結婚式の当日。彼女の門出を祝福するかの様に見事に晴れ渡った綺麗な空。今日のこの日のために滅多に着ないような服を着込み式場へと着いた。受付を済ませ指定された席に座る。親しい人とだけで式は開きたいの、と言っていただけに式場に来る人はそう多くはなかった。
式が始まり花嫁が、もとい白いウェディングドレスを身に纏ったトレーナーはバージンロードを歩いていく。
〜(中略)〜
「ブライアン、これ…」
彼女の声には答えず無言でその昔に私が使用していた蹄鉄を彼女に渡す。私と彼女の数年間の思い出が詰まった蹄鉄を。渡すその時、トレーナーの手に触れた瞬間にかつての記憶が大波のように押し寄せてきた。長い、長い年月を私たちは共に過ごしてきた。そこには多くの苦労も喜びもあって、私には彼女と過ごしてきたその日々が何よりも眩いものであった。
「……トレーナー」
「うん、」
「おめでとう、幸せになってくれ」
本当はもっと言いたかった言葉があるはずなのに頭の中は目の前の彼女と過ごした数年間の記憶でいっぱいで。
「……ありがとう、ブライアン。本当にありがとう。」
涙を零しながら言う彼女は今までで一番美しい顔をしていた。
(ああ、私はずっと……)
そして、その表情を見たその瞬間今まで気付かなかった想いを自覚した。彼女の結婚報告の時から胸がチクリと痛んでいた理由も。何故今の今までちゃんと自覚できなかったのだろうか。口から一気に溢れ出そうになる想い。だけどもう遅いのだ。必死にその想いを飲み込み彼女の手から自分の手を離す。その場にいるのが酷く苦しくなり彼女の目の前から去り人目の付かない場所へと向かった。地面に座り込み空を見上げると目頭が不意に熱くなり一粒の涙が私の頬を撫でた。