ハートにキスそういえば、"ファーストキス"はイチゴの味がするだとか昔に聞いたことがあったなとふと私の脳内に過ぎった。その当時の私はそれを本気で信じていたのは今となっては懐かしい思い出だ。と、この状況を目の前にして現実逃避するのは仕方の無いことではないだろうか。
なんと言っても今私の唇に当たっている柔らかい感触の正体はナリタブライアンの唇なのだから。
何がどうしてこんなことになってしまったのだろうかと時を遡ること数分前。私はここ最近のうちに溜まりに溜まっていた書類の整理を終わらせ、そこそこある書類の山を抱えて移動していた。一気に荷物を運ぼうとしたのがいけなかったのか普段なら避けて通れたはずのコンセントにひっかかってしまったらしい。すぐそばに居たブライアンの呼び声も虚しく私の体は傾いた。ブライアンはその私の体を受け止めようとするはずが上手くいかなかったらしくそのまま私と一緒に転ぶ形になってしまう。来るであろう衝撃に備えて目を強く閉じれば、その予想した痛みよりも全く違う感覚を覚えた。背後に聞こえる書類の散らばる音、ゆっくり押し倒される感覚と、唇に感じる柔らかな何か。違和感の正体を明らかにするために目を開ければ、目の前にはブライアンがいた。所謂これはと自覚したが最後思わず大声を出しそうになるのを必死に抑え、現実逃避をする迄に至る。
なんと言っても"キス"というものを経験するのは初めてなのだ。ファーストキスをするならこんなシチュエーションがいい、とかいう考えこそとうの昔に捨てたもののこんな形でファーストキスを経験してしまうだなんて思いもよらなかった。ブライアンとは俗に言う恋人同士ではあるが故に、より一層こんな形で彼女との初めてのキスを経験してしまったのかという後悔の念で沢山だ。
それから数秒の後、ブライアンが私から離れ口の感触もなくなった。なんと気まずいと言ったらありゃしない。彼女と恋人同士になってからというものの今まで恋人らしいものは手を繋ぐことぐらいしかしなかったのだ。
「……ごめん、ブライアン」
「……ああ。」
上手く彼女の顔を見ることができない。流れる空気はお世辞にも良いとは言い難い。とりあえず散らばった書類をどうにかしなければならないと動いていると彼女も手伝ってくれているようだ。ブライアンはどこまでだって優しい子なのだ。私は彼女のその優しさが心底好ましく今まで幾度となく救われてきた。
しかしどうしたものかな、これから先暫くはブライアンの顔をまともに見ることができそうにないような気がした。