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    kofaku

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    kofaku

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    海に堕ちる天使と空へ引き上げる悪魔の話です

    ルルイエに贈る憎悪と愛をごぼ。
    沈む。
    沈む。
    沈む、沈む、沈む。

    今。
    ぼくは。
    "そこ"へ、

    ______なんだかとっても、不快な、"そこ"へ。

    ————————

    「夏!」
    「海!」
    「「遊びにいこ〜〜!!!!!」」

    誰が行くかバカ、と冷めた声がする。

    吹き荒ぶ冷たい風が恋しくなってくる夏のこの頃、涼しさを求めるのは人間の性だと言ってもいい。
    教会に住む人間、並んで悪魔も多分に漏れず、クーラーだけの味も風情もない室内にうんざりしていた。
    家主の「めんどくさい」の一言でキャンプもプールも行けやしない。だけど1人で行くのはなんかいや。ストライキなんて日常茶飯事、揺蕩う風鈴に混じって限界の足音が聞こえ始めていた。
    そこで立ち上がったのが2人。
    1人はプールに行きたいと言う名目で夏限定の爽やかメニューを食べようとする、とにかく食べたいスイーツハンター。
    1人は「折角金があるのだ」と溜めに溜め込んだ少年心を大爆発させようとする、高校生ばりの思考のボンボン。
    利害の一致とあらば団結する他はない。
    海っぽいスポットを並べ上げ、話し合い、
    ______実行の日が、今日であった。
    残念ながら3秒で否定されてしまったが、諦められる訳がない。

    「だいったいオマエら成人だろーがよォ」
    「それでも海には行きたいんだ」

    麗の断固とした姿に神父は21とは言え、いい歳をした男が海に行きたいと声を荒げる姿は滑稽を通り越してもはや憤懣さえ感じる。
    "どーせ女なんて寄ってこねェぞ"と冷たくあしらってやれば鋭く拳が飛んできて、痛さに悶え必死にソファーの上を這い回る推定25歳の男に冷笑が浴びせられた。

    「女目当てじゃないのは分かるよな」
    「ジョークも効かねェのかよ石頭……いくらガキの頃遊べなかったからってそん、ごめんって、降ろせよ腕」
    「むしろそこまで言って許されると思ってるのか?」

    振りかぶられた腕を認めれば手のひらを返して謝る姿に、怒る気も失せた様。そっと腕を降ろせば捲られたシャツも垂れて落ち、伏せられた瞼も相まりより一層暑苦しい見た目である。
    それを横目に、腑に落ちない様に神父は一つ疑問を呈す。

    「……じゃあ泳ぐだけ?ただでさえツマンネーーーーーーのに?わざわざ?カネ出してまで行かなきゃいけないわけ?メンドーーーーーーー」
    「美味しいものもあるよ!水族館の近くだから」

    そう言って愛羅はスマートフォンを突き出してくる。その勢いにたじろぎながらも、彼は水族館内にあるレストラン、そのメニューの載ったホームページに目を通し始めた。
    ……期待した様な眼差しを向けてくる2人のせいで、中々にやりづらいが。

    「……ソテー、照り焼き、ムニエルにグリル…………」

    さ、さ、と画面の上を指が滑る。
    ソースと締まった肉のなんと美しい焼き色だろうか。盛り付けられた商品のイメージは魚を中心としており、色とりどりの野菜が皿を飾っていた。
    見るだけでも腹が減る様なその光景に、生唾を飲み込んだのは言うまでもなく。

    「……………………しゃ〜〜〜〜ねェ〜〜なア〜〜〜………」

    心底面倒そうに一言吐き出す神父を見て、2人は手を取り合って喜んだ。
    ただし、と強めの声が掛かる。険しい瞳をした家主に、何の判断が下るのかと子供たちは心臓を跳ね上がらせて。

    「海に行くのは1時間だけだ」

    それ以外は全部屋内、分かったな。

    ————————


    「見て!クラゲ!!!かわいい〜〜♡」
    「こっちにはクマノミ!クマノミだぞ!!ちっちゃい!」

    ……仮にも、成人している、もしくは、成人を迎える寸前の筈なのに、このはしゃぎ様。子供も2、3歩距離を置く程の騒ぎ方は、いかにも高校生のノリを感じさせる。
    まるで女の子、と言いたくなるような華やかなピンクは華野愛羅。フリルとリボンが至るところに装飾されて、子供らしいといえば子供らしく、可愛らしいと言えば可愛らしい。
    そんな服も彼が身につければ、全く違和感を感じさせない。どこにでも居そうな可愛いショタっ子だ。
    それとは____子供らしい、という点を除いて____対に、戦隊もののレッド宛ら、真っ赤なTシャツを着ているのは瑛佳麗。足元こそ大人しいが、中学生かとツッコみたくなる様な原色レッドと肩提げポーチ。服のセンスが壊滅的なのは、幼少の育ちによるものか。
    それでも、身長のおかげかこちらも違和感を感じることはない。友達とつるんで、怒られて、それでもヘラヘラ笑っていそうなよく居る男子高校生だ。
    ……その後ろには面倒そうにサンダルを引きずる保護者と、これまた退屈そうに2人を眺める青年とがいた。

    「クソヒマ」
    「こんだけうるさいと興醒めするわナ」
    「魚見るだけで満足するんですか?意味分かりませんガラスブチ破っていいですか」
    「やめろバカ」

    Tシャツにジャケットを羽織り、珍しく長い髪のシルエットのカケラもなく、道化は夏の装いに身を包んでいる。
    それもその筈、彼は暑いからという理由でバッサリと髪を切ってしまったのである。勿体ない、と愛羅が告げるのをどうせまた伸びますからなんて適当にあしらい、今に到る。
    生物観察は好きだと思っていたがどうやらハズレ。楽しんではいないようで、顔は近年稀に見るしかめ面である。
    一方神父は、相変わらずと言うべきか、TPOも考えないのかと言うべきか、シワの入ったTシャツ一枚とジーパンという、有り合わせを寄せ集めた様なスタイル。
    前面に大きく「EAT FISH」なんて書かれているのも気にせず着ているのはもはや安心感さえ抱かせる。

    「オレだってアイツらほっぽって行くの怖えし、かと言ってお前置いて行くのも怖いんだよ」
    「どうも。1ミリたりとも面白くありませんがその気遣いには感謝します。貴重品は肌身離さずですものネ」
    「オマエの価値なんぞ1ポンドもねーよ」

    そもいつオレがオマエをモノにした、とひとつ思って口を噤む。また面倒な事を言われると困るからだ。いつもは会話を切りたがる癖に、怒ると妙に長いのが腹が立つ。
    そんな口喧嘩など気にも留めず、愛羅と麗は1つの水槽を眺めている。
    波に揺蕩うクラゲの触手がガラスに触れて、また離れてを繰り返す。ガラスの壁でさえ気にせずに一投一投に"触れなかった"なんて愚痴を零して、青年は金のイヤリングを揺らした。

    「………どうしたんだ?」

    じっとクラゲを見つめ続けている相手に、些かの不安感を覚える。
    目を離さないだけならなんら問題はない。自分自身も何かに目を奪われることも、 夢中になることもあるからだ。
    だけど。
    ガラス越しに見える、その瞳が。
    蒼を湛える、その瞳が。

    まるで、なにかを懐かしむような。
    愛おしむような。

    殺そうと、しているような。


    「……ん?なんでも。かわいいな〜って思ってて」

    へらへら笑うと、天使はそこから目を離す。水槽に着いていた手が離れるのは少し後。
    気のせいか、と1人麗は息を漏らす。仕事癖が抜けきっていないのだろう。今日くらいは羽を伸ばしてもいい。
    そう。羽を伸ばせばいい。
    翅を伸ばせばいい。
    羽化せよ。
    羽化せよ。






    …何を?

    ————————

    横を見る。青の狭間を魚が泳ぐ。銀色の体は閃光さながら、まるで宇宙にでもいるかの様な。


    「海中トンネル……」


    神父は、イヤイヤながら連れ込まれたライトの中に、1人立ち竦んでいた。
    恐怖からではない。怒りからではない。
    むしろそれを浄化するが如くの、その水面の光。
    地中海とはいえ、彼の住む所はスラム街。海など到底見れる様な色ではなく、かと言ってこんな設備があるわけでもない。
    初めて肉眼で見る『海の色』に、彼はただ瞬きと感銘の息を吐くのとを繰り返していた。
    厚いアクリルの向こうから、何かが影となってくる。
    迫る。
    鯨だ。
    どこかで聞いた事がある、とふと瑠璃色の瞳をその白い体に向ける。

    52Hzの鯨。
    世界で最も、孤独な鯨。
    存在を視認してもらえる事のない、ただ回遊を続けるだけの、孤独な鯨。
    ……勿論、この鯨ではない。
    けど。


    「(…………オマエは、)」


    せめて孤独では、ありません様に。
    優雅に空を飛びゆく雲に、ちっぽけな彼はひとつ願う。
    それが、意味のない願掛けでも、意志のないものへの慈悲だとしても。

    「しんぷさま?」

    声が聞こえれば振り返る。
    桃色が青く染まって、紫がかった様な、不思議な色をしているのである。
    道化と同じ色だな、とか言ったら殺されそう。そんなジョークを心の底に閉じ込めて、喉から建前を押し出してやる。

    「なんだよ」
    「クジラ好きなの?」
    「別に」

    ひとつ話して。
    瞬きをした。












    「 だ っ た
    ら な ん
    でく じ ら
    を み
    て たの 」












    「………しんぷさま?」


    ……コイツと海って、親和性がまるでない。
    いや、逆にありすぎて困るんだ。

    その蛸の様な長い触手に、精神を掠め取られなかっただけ褒めてほしいわナ!
    内心神父はこう思っていた。必死に息を荒げて、心臓を落ち着かせて、
    それでも、華野愛羅から目を離さず、こう思っていた。

    「………なんかここ息詰まンだよな」
    「そう?閉塞的だからかもね?案外海とか苦手だったりして(笑)」
    「出ようぜ」

    だからガキは嫌いなんだよ。
    何も知らない少年を引き連れて、彼はトンネルの出口へと向かった。
    目の前を謳う怪物を見ながら、彼はトンネルの出口へと向かった。

    ————————

    「生きてる〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」
    「アナタカトラリーもロクに使えないんですか?」
    「俺は他人………俺は他人……………」
    「同じテーブルで食べてる時点で詰みだよれーくん」

    ああ、腹が減っては遊びはできぬ!
    水族館に付属しているレストランは、この腐れ神父の最終目的だ。
    ナイスを握ってフォークを握って、作法も礼儀もへったくれもなくソースを溢しながら魚を口へと運んでいく。
    あまりにも杜撰な行為に道化は非難の目を向け、麗は知らないフリをし、愛羅は汚いと距離を取る。
    それでも食えるのならば気にしない。どこまでも食い意地の張った彼にとって、居候の態度などささやかなものである。

    「……ワタクシ、愛羅さんのソレ食べたァ〜い」
    「……時間がなくなるから一品まで、という約束はどうした」

    道化が指差すのは生クリームの乗りに乗った限定パフェ。青を基調とした砂糖菓子やゼリーで色付けられて、中にある琥珀糖がフレークの様にザクザクと音を立てる。また一口容器から掬われれば、"もったいな〜い"なんて漏らしてテーブルに倒れ込む。
    彼の食器はすでに下げられていた。食べるのが早いと、なかなか人のものまで欲しくなる、そんなよくある現象だ。

    「……神父、道化だけ置いていくのはダメなのか?」
    「…………絶対に、……全員で行動……ぐ、すること……つ、詰ま……」
    「食べながら喋んないでよね〜〜」

    肉をさらに食べながらなお崩さないその姿勢。何かがあるのか、はたまた迷子を探したくないのか、それを考えられるまで麗は大人の世界を登ってはいなかった。
    ただ、はぐれるのが面倒なのだろう。それだけしか、考えなかった。

    「自分がめんどくさいからってここまで制限する必要は」
    「ダメなんだよ」
    「じゃあ理由を説明しろ」
    「オマエに言った所でだぜ」
    「子供に見るな!!」

    いつものクセで思わず机を叩いてしまった。
    しん、と店内が静まり返る。
    周りの人間が、揃いも揃って、こちらを見る。

    「あ、いや、その〜〜………」

    困った様に右を見て、諂う様に左を見る。


    「……なんでもない」


    言葉に被せて、レストランは騒がしさを取り戻した。
    負けた事を心底悔しそうに、少年と呼ばれるであろう彼は俯いて口を結ぶ。目の前にあるムニエルの最後の一口をつけぬまま。

    「食わねエならオレが食うけど」
    「……食べる」

    フォークで柔らかな肉を突き刺して、皿を手に持って口元へ運ぶ。
    染み込んだソースの味はせず、ただなにかの感触をひたすら噛み続けるだけの食事。
    苦痛。
    苦痛。

    「……ごめんって、子供扱いしてるワケじゃ」
    「分かってる」

    道化が心配そうな顔で、彼と神父とを交互に見る。険悪なムードは大好物だというのに、なぜだか茶化す気にはなれなかった。
    残念ながら、事の発端は自分自身であるからだ。


    「……海いこ〜〜?ひま〜〜」


    冗長な語尾で1人がそう告げる。
    愛羅だ。
    らんらんと紅の目を輝けて、空のグラスをテーブルの中心に下げる。空気を1ミリも読まない姿は、人の気持ちを読みすぎる麗と全く真逆。
    そのギャップが、本当の子供の様で、なんだか自分が馬鹿らしく感じた。

    「……1時間だな?」
    「ン。行くか〜〜〜」
    「はーい」

    謝罪の言葉は一回でいい。
    いつも通りの空気を取り戻して、4人は海へ続く道に向かった。


    「……お会計、そちらのお客様のもののみされておられませんが……」
    「………………………………」
    「因果応報だ(笑)」


    まだ、オレは子供でいいかなぁ。とか。

    ————————

    ざざーん。
    ざざーん。

    波打ち際に、腰掛ける。
    目の届く範囲でなら流石に何かしでかす事はないだろう、と神父はぼんやり白波を眺めている。まだ日は高いと言うのに疲れが出てきたのか、目の焦点も合っているかさえ定かでない。
    時折生唾を飲み込んで、正気を取り戻した様に周りを見渡して。
    姿が確認できたなら、また視線を下ろすのだ。


    「(その慢心こそが命取り、と)」


    年端もいかぬ子供の世話など飽き飽きで、何をするにも手が塞がる。ならばいっそ、逃げ出してしまえば解決なのではないだろうか、諸君。
    スニーカーを両手に持ち、紫樂道化は素足で砂を踏み分け遠く離れた岩場まで来た。
    高台になっているスポットだ。青と青の溶ける水平線がここならよく見える。
    僅かではあるが構わない。その混ざり合う瞬間こそが美であり芸術なのだから、量がどうとか、気にする必要はない。
    道化は数年使い込んだ様なスマホのカバーを開ける。ロック画面を右にスワイプして、カメラを開く。
    ファインダーにそれを写す。
    撮る。
    ぱしゃ。
    撮る。
    ぱしゃ。
    自分でも、なぜ撮っているのかはわからない。
    だけど、残しておきたい気が、なんとなく、ただなんとなくした。
    もしも誰かが見たならば、その横顔は真剣そのものの眼差しを秘めている、その立ち姿は彫刻宛ら直立しては動かない、
    まるで作り物の様だ、と称された事だろう。

    「………あー、」

    撮りすぎたなあ、とカメラロールを見返してみる。
    それでも、どれもこれもが一品もの。ピントの具合も、色味の感じも、雲も波も何もかもが違うのだ。
    電源ボタンを押して、カバーを閉じる。その岩場の淵に腰を下ろして瞬きをする。
    空と海の青に染まった瞳は、 やけに輝いて見えていた。

    ————————

    視点を2人に戻してみよう。
    ズボンを捲り、海に足をつけた麗は、___海に限った事でもないが___年甲斐もなくはしゃいでいる。
    側から見れば真っ青な海が、手で掬ってみれば透明になる。手に包まれたままのその水が、空に放てば白くなる。
    いかにも子供騙しのトリックだが、
    今はとっても、面白い!
    では愛羅の方はどうだろう。
    彼も多分に漏れず、その白砂と波の間できゃっきゃと水を跳ね飛ばしている。
    暑い地面に冷たい波、暑い太陽に冷たい海。
    もっと涼しくなるのなら、と彼は波の中に足を踏み入れる。背が低いとは言え仮にも2人は男なのだ、1、2メートル入った所で止める人間は誰もいない。
    膝下までくるような深さまで来て、水を掬うのも楽ではないと少年が笑って水をかけた。
    天使は、お返しとばかりに水に手をつけ、両手を広げて






    ど ぽ ん っ 。






    目の前から消えた相手に、麗は茫然とその場を見ていることしかできなかった。

    焦りを原動力に頭が回り始める。

    「同じ水深でなぜ沈んだ?」
    「今の今まで足は着いていたぞ?」
    「何故?」
    「何故?」

    「華野愛羅は、沈んだのだ?」

    水飛沫の音がして、周りを見渡した。
    けれども同居人の姿は見えない。
    焦燥。
    声も助けも言えないまま立ち尽くして、涙と荒い息とを吐き出す他に麗のできる事はなかった。

    ————————
    ______ごぼ。

    沈む。
    沈む。
    沈む、沈む、沈む。

    今。
    ぼくは。
    "そこ"へ、

    _____なんだかとっても、不快な、_____



    " そ こ " ヘ 。



    ————————

    「(目が良いってのは、本当に、
    本当に不便で仕方がない!)」

    音も何も聞こえない、青の中に道化はいた。

    気が向いただけだったのだ。
    高台から2人を覗き込む。仲睦まじい光景はそれ程面白くなかったが、ずぶ濡れになって怒られる情景を想像するだけで吹き出しそうになっていた。
    なんてったって、それはエンターテイメント!

    そんな希望は3秒で崩れて、華野愛羅は海に沈んだ。
    身体か思考が先に動いた。どちらかだったかは覚えていない。
    だけど、そうしないといけない気がして、飛沫を上げて海に飛び込んだ。
    助かるかどうかは、別として。

    「(あ〜〜〜ッも〜〜本当そういうのやめてくださいよネ〜〜!!
    こんな所で死なれちゃワタクシ、何もかんもがつまらないんですけど〜!!!!)」

    めいいっぱい肺に空気を溜め込んだ所で、精々2分持つかどうか。
    肺活量に自信あります!なんて宣っていた彼でも、遠くに見える彼と共に上がるのは中々難しいのが現状だった。
    視界が段々悪くなる。光が届かず、真っ暗になっていくのだ。
    悪魔だと言え、ヒトはヒト。
    最悪な条件に舌打ちしたい気持ちを抑えて、深く、深くに潜り続ける。

    ————————

    声が聞こえたの。
    おいでなさいって。
    沈んだの。
    待ってるよって。
    けど、なんだか怖くて。
    恐ろしくて。
    殺 し た く て 。

    だけど、囚われた様に身体は何も動かない。
    ……違う。



    囚われている?

    そこで、ぼくは息を吐いた。

    ————————

    暗い。誰かライト下さいよ。
    そんなモノ取ってきてくれる人もなく、ただ暗闇を泳ぎ続けていく。
    水圧が重くのしかかる。かれこれ30秒は潜り続けているだろう。底が見えないのに不安を感じたが、断崖絶壁の近くとあらば、浅い地がないのも頷ける。

    ふと、目の前に白いものが見えた。
    泡だ。
    手を伸ばせば届く距離。


    「(まさか)」

    触れる。
    布の感触。
    肌の感触。
    ぬるぬるした、何かの感触。
    寒い深海の中で感じる、暖かさ。
    天使は、そこにいた。

    黒い"なにか"に、腕を取られていたが。

    必死に布を引っ張る。
    この手を離せば、もう救われない。本能と直感で理解した。
    片手で持って、上へ泳ぐ。
    重い。とてつもなく、重い。何かに引っ張られている様な、もしくは何十キロもあるものを持ち上げる様な、そんな感覚の中、進まない黒の視界の中、泳ぐ。
    音は聞こえない。
    目は見えない。
    腕も足も、疲れ切って。
    だけど、こんな結末はつまらない!
    ここで死ぬとか、許さない!
    "悪魔"が"天使"を堕とすのだ!
    天使らしく、飛んでいろ!
    上がれ!
    上がれ!!
    上がれ!!!








    張り詰めた糸が切れるが如く、引っ張られた腕が離されるが如く、その開放感は唐突に訪れた。
    眩しい。差し込んだ光が、海の青を照らし出す。
    その場で、悪魔は真下を振り返る。
    片手には華野愛羅の襟元のリボンがあった。勿論、本人もちゃんといる。安らかに両目を閉じていて、レストランでの無神経さなど、全く感じさせる事なく。
    問題は、後ろだ。


    「(……だからこの人に関わるのはヤなんですヨ。
    ナイアーラトホテップとか、たった1の貌だとしても本気でホントに消してやりたい)」


    蠢く、触手。



    「(ねえ、ねえ。
    アナタもそう思ったのでしょう?)」




    抱きかかえて、水面から顔を出す。相手の顔も出してやる。ニンゲンの介護ってこんな感じなんですかネ、とか、笑い事にはならないが。
    太陽の光と遠くに見える岸が、何故だか懐かしさを感じさせる。
    紫樂道化は、彼を介抱するため、疲れ切った足をまた動かし始めた。

    ————————

    華野愛羅は砂浜の上で目を覚ました。
    1。
    2。
    瞬きをする。

    「あら」
    「………?起きた?」

    ついでに神父も起き上がる。髪も服もびしょ濡れで、背中側は寝転んでいたのか半乾きの砂がこびりついている。

    「あら、あら、おれ、おれ、おれ、」
    「なんでオマエが泣くんだよどー見てもコイツの不注意だろうが」
    「だって、おれが、もっとはやく、はやくいえば、」

    はて。
    分からない、と首を傾げる。
    どうやら溺れた事は覚えてないようで、それよりも今気付いた服の惨状に天使は唇を尖らせた。
    忘れられているのに、安心した様な、泣いて土下座したい様な、麗はそんな複雑な気持ちを感じた。

    「なんで砂に寝かせたの?可愛かったのにこれ…」
    「………ああ、それは」

    涙を拭って、神父の顔を見る。勝手にすれば、と肩を竦める彼に冷たい目線を送りつつ、麗は躊躇いながらも口を開いた。

    「……道化が」
    「は〜〜〜〜〜?????あのクソ悪魔ホントバカじゃんしんぷさまに泳がせておいて『ここに置きまショ〜〜wwww』とかぬかし」
    「いや」

    似ていない様で似ているモノマネを、心底申し訳なさそうな顔で遮って。

    「道化が、助けたんだ」
    「……………」

    状況が飲み込めていないのか、ぽかん、と目を丸くする。

    「"アレ"が?」
    「そうだ」
    「ぼく、溺れて、沈んだんだよね?」
    「それを引き揚げてきたんだ」

    信じられない、と一言漏らせば周りを見渡す。道化が1人で行動するのは珍しくないが、どこにいるか検討もつかない。事実、物理的に斜め上にいた事だってあるのだから。
    けど、今日はちょっと、わかるかも。

    「………そう。じゃあぼく服着替えてくる!ちゃんと持ってきてるんだよ、偉くない?」
    「ハイハイエラいエラい早く行けバカ、オレの服も買ってこい麗は自分で濡らしたからなし」
    「えっ俺この服のまま」
    「いーーーんだよ。早く買いに行け」

    しっしと人払いをするが如く手を振って。愛羅はその姿を見て、なんだかおかしそうにクスクス笑う。
    だって、それわかってて言ってるでしょ!

    ————————

    案の定、紫色はそこにいた。
    涼しい青色の琥珀糖と生クリームを、楽しそうに食べている。いつもはうるさく言う服装も、何故かシャツの一枚だけ。髪もしっとり濡れていて、触れれば水が染み出してきそうだ。

    「どーけ」
    「…………ンですか」

    興醒めなんですけど、と睨みつける様な鋭い視線。空いているイスに座っては、肘を突いて話を始める。

    「……ごめんね?」
    「ハァ〜〜〜〜!???!???!??」

    心底から罵る低い声。顔も物凄い形相に歪んでいるが、それが『演技』である事を、愛羅は口に出さずとも理解していた。

    「アナタねェ、いつものヘラヘラしたうッッッざい顔はどこですか〜〜〜????
    てかワタクシ謝ってほしくないんですけど〜〜〜???辛気臭いお涙頂戴とか大嫌ッいなんで〜〜〜?????」
    「じゃあどうすればいい?」

    笑顔で華野愛羅がそう問えば、諦めた様な溜息。そして紫樂道化もまた笑顔で返す。


    「感謝の気持ちとしてもう一杯♡」
    「ホント悪魔ってのはバカだよね〜〜〜〜〜」
    「ワタクシアナタが払えそうな代償を選んであげたんですが〜〜〜???????今からでも5割増してあげますけど〜〜??????」
    「なんでそうなるわけ???ぼくほんとの事言っただけ〜〜〜〜」
    「ムカつきますよね助けなかった方が絶対よかったですね〜〜〜〜〜」
    「ほらやっぱりバカじゃ〜〜〜〜ん(笑)」
    「あんな浅くで溺れるアナタもアナタで〜〜〜す(笑)」


    お後がよろしいようで!
    パフェの最後の一口は、まだ食べられそうにない。

    ————————

    8/31



    華野愛羅



    ————————

    お誕生日おめでとう!
    過去を取り戻す事はできなくても、その先に絶望しかなかったとしても、天使になれなかったとしても、
    悪魔と共に堕ちて飛んでの君が大好きです!あいらぶゆ〜♡
    ありがとうございました!
    以下駄文

    夏という事で、水族館に行かせたかった。
    あと「それは初めての裏切り」の焼き直しもしたかったので、こんな結果になった。
    ・クラゲを睨んでいたのはニャル様が水生生物=クトゥルフを思い出すから
    ・「そう。羽を伸ばせばいい。〜羽化せよ。」はニャル様へ
    ・クトゥルフは海に遍在している(ええ…)ので恩寵を受けていない=神秘を隠されない神父はクトゥルフを見る
    「目の前を謳う怪物を見ながら」は一時的発狂による幻覚
    「疲れが出てきたのか、〜正気を取り戻した様に周りを見渡して。」は未だちょっと引きずっているから
    →神父以外の人間には触れれる事のない「神秘」なので、麗や愛羅に忠告したとてわからない 道化は知ってるでしょ
    愛羅ちゃん関連はこんな感じ?

    小ネタは
    ・すぐ髪の伸びる道化くん
    ・52Hzの鯨と神父
    ・作法と教育と孤児
    ・人の目と瑛佳麗
    ・写真と紫樂道化
    ・天使と悪魔
    ・なぜ神父が濡れていたのか
    くらいかな

    髪→悪魔なので大抵の事はできるよ!(………)
    鯨→52Hzとスラム街の自分を重ねて、「泣いたとて乞うたとて施しなど何一つ」と言った様な形 鯨もそんな孤独を味わうものがいると思い出して、ここに泳ぐ君だけはと誰にでもなく祈る男
    作法→麗は昔から言われてたので厳しいし外で間違ったら「恥さらし」と呼ばれただろうけど、神父は残念ながらそんな礼儀一切知らないです
    目→瑛佳麗は長女である 決して真実を知られてはならない
    つまりそういう事です
    写真→なんでシャッターの一回切るのさえ、いちいち「撮る」のを感じているんでしょうね
    なんで万物流転の世の中で、その一枚でさえ愛おしむ様にアルバムにしまっておくのでしょうね
    天使→「"悪魔"が"天使"を堕とすのだ!」
    今回は紫樂道化の事を「悪魔」と称したのは一回のみです ダブルミーニング的な意もある
    関係ないけど、紫樂道化は性別も変えようと思えば変えれるのでネタのバレてる三人称で「彼」を使うの気が引けるんですよね
    神父→なんででしょうかね?
    例えば、「運悪く水辺に転んだ」?
    例えば、「近くの子供に水をかけられた」?
    例えば、「麗に沈んだとの話を聞きすぐさま飛び込んだ」?
    真相は深まるばかり

    珍しくハッピーエンドです、裏切りと対にしたかったので
    裏切りも焼き直ししてぇな〜〜 しよっかな またしますね
    あれに比べると僕も文書くの上手くなったわ〜〜〜 ふふ

    ドナー移植による、人格の変化を知っているだろうか。

    臓器を移植した事により食事の好みが変わったり、自身の知らない分野を好きになったりする事があると言う。
    それは悪魔にも同じ事で、どこぞの誰かの体______少なくとも、そのものではないが______を受肉していることは事実である。

    時折、紫樂道化は懐かしむ。
    窓から差し込む、夏の光を。
    暗い教室の、数々の写真を。
    隣に居る、______

    知りたくはない。
    それで"彼"が意思を取り戻せば、悪魔は地上から撤退しなければならないのだ。
    だけど。


    「………ねえ愛羅さん」
    「なに?」

    ケーキに手をつける彼に問う。

    「どこかで会ったこと、ありますよね?」

    沈黙。
    こんな事を聞いても、得なんて一つもあるわけないのに。
    こんな事を聞いても、彼が覚えている筈もないのに。
    こんな事を聞いても、全くの無駄だと言うのに。

    「……いや、ないんじゃない?」
    「ですよネ〜〜!!いや、昔似たよーなヒトを見たことがあったナーとか〜〜」
    「絶対人違いでしょそんなの……」

    その答えに、どこか安堵している自分と。
    どこか寂しげな空白を感じる自分が、立ち竦んでいた。
    ————————
    覚えててほしくない事が覚えられてると、なんか嬉しくならない?
    覚えててほしくない事が覚えられててないと、なんか悲しくならない?
    そんな話が今回のこぼれ。
    あとは挿絵描いてテキトーになんか描いて推敲してルビ振るだけだー!!!おわり!ありがとうございました!
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