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    kofaku

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    kofaku

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    喧嘩する弟と使命の話です

    最低最悪の12月27日「クリスマスが今年もやってくる〜〜」
    「終わったわボケ」

    12月25日ももう夜更け、紫樂道化の口遊む歌はすっかり流行りに遅れてしまった。
    ワタクシがクリスマスだと言えばクリスマスなんですよ、と言いながら彼はツリーのオーナメントを取り外す。色々彩られたメタリックは、真っ白い肌を反射して手の中で輝いていた。
    師走と書かれる12月、残すは正月を残すのみ。オレは寝落ちしたガキ2人、と小さな毛玉を横目にスマホのロックを解除した。
    異常な通知の量。
    嫌だ。
    こんな量送ってくるのは目の前の野郎かアイツかしか心当たりがない。増え続けるその数字を見る限り、ツリーを片付けながらメッセージを送っているわけでもないだろう。
    …渋々ながら、アプリを開く。案の定、思いつく限りの悪口を詰め込んだ名前からまた一つメッセージが送られてきた。一番上のメッセージはこうだ。


    「明後日は何の日かな?答え合わせは今日深夜!」


    最低最悪の12月27日がやってくる。


    ————————

    最低最悪の12月27日

    ————————

    「やあ!」
    「帰れ」

    ドアを閉めた。

    「ちょ、さ、寒い!!ジャポネは異常に寒いんだ!!雪!!雪降ってるから!!!」
    「知るか」
    「血を分け合った仲だろう〜〜!??身内!!身内俺!!」
    「まだ信じてねーよ」

    だこだこと裏口のドアを叩かれるのは耳障りで仕方がない。キンキンに冷えたカギを開けて、思いっきり蹴り飛ばしてやった。呻き声と共に月明かりと銀世界が覗き込む。地面に倒れた男の姿は、間抜けでバカで面白かった。

    「そんな雑に開けることないじゃないかぁ」
    「早く」
    「今日は一段と冷たいなあ………」

    そりゃそうだ、と声を荒げる。
    日付は26日になった。

    「誕生日ぐらい仲良くしようじゃないか」
    「そもそも明日だわボケ」

    コイツと、信じたくはないが、オレの誕生日が待ち構えている。





    「お兄さんは時差ボケってしないんですかァ?」
    「君にお兄さんと呼ばれる筋合いはないな!」
    「ホントワタクシのこと嫌いですよネ〜」

    ダンボールいっぱいの飾りに蓋をして、道化はひとつため息をついた。

    「心せめェ〜よなコイツ」
    「慣れましたヨもう…」
    「ハハハ!俺は君の低俗さには一生慣れようとも思えないな」
    「おい」

    張り付いた様な笑顔と細い目から放たれる言葉は、何一つとして遠慮がない。遠慮がないと言うより、悪意を練りに練り込んだような罵倒と殺意のプレゼントだ。
    そうまでして嫌う要素があまり感じられないのは、オレがただ鈍感なだけなのか、コイツが過保護なだけなのか。
    とにかく、一言戒めてやればさっさと本題に入ってやる。

    「オレが祝う義理もないと思うんだけど」
    「けど俺が祝いたいんだなあコレが」
    「で?泊まるならメシ代」
    「ああ、」

    そう言って差し出したオレの手に紙を握らせる。身内とも言えども便宜は図らない、それがオレの流儀である。身内、コイツしかいないけど。
    それはそれとして、…枚数が、2枚じゃない。

    「なんか、多、く、……………………」


    「みんな揃って、こっちにおいで♡」

    朝6時発の飛行機のチケットは、5枚。
    もう1枚は、兄の手の中に。
    固まったオレを見て、紫樂道化はおかしそうに笑い転げた。

    ————————

    「愛羅も起きたんだぞ」
    「やだ…………ぜったいおれいかないもん………」
    「起きないならお兄ちゃんがおはようのキスし」
    「おはよ」
    「分かってたけどすごい傷ついたぞ」

    朝の5時。
    叩き起こされたであろう瑛佳麗は、昨日早めに落ちたせいかピンピンしてオレの顔を覗き込んでいた。
    残念ながら、誰かさんが深夜にお邪魔したせいでオレの睡眠時間は3時間程度だ。それでもまだマシな方だと考えられる、自分のゲーム記録に少し嫌気が差した。
    まあ、飛行機でイタリアまではまるまる12時間だ。それだけ寝れれば問題ない。
    それでも、行くまでが面倒だ。行ってからも面倒だ。

    「あっち行くと絶対顔見知りいるじゃん、めんどくさい…」
    「そうなのか!?」
    「まあこんにちは、よりかは金払え!だろうけどな!」
    「……それって」
    「ガキの時だよバカ!!どーしてもない時だけだったし!!」
    「都心の方にホテル取ってるんだ、問題ない」

    それを聞いて溜飲が下がるオレと、訝しげにオレを見る麗。未だオレが盗みをしたのだと疑っているその金色に、絶妙に何も言い返せない罪悪感を感じてしまった。
    適当な服を引っ付かんで、居間の方に降りていく。ぎち、ぎち、不安定な木製の階段は冷えに冷え切って足まで冷える。

    「しんぷさまおはよ〜〜」
    「……寝癖ひどいからそれだけ直してきなよ」
    「写真撮っとこ(笑)神父サマオモシロ(笑)」

    昨日オレと同じだけ起きていたのに、可笑しそうにスマホのカメラを構えるアイツになんとはなしにイライラする。眠たげに欠伸をする華野愛羅と、だらしないと叱りたげに腕を組む猫野郎。名前がないのはやっぱり不便だし、猫野郎と呼ぶのもシンチェロと呼ぶのも気が引けるのがまた腹立たしかった。

    「そんな暇ないんですよコイツ起きんの遅くて」
    「もー、昨日何してたんだよ君」
    「オメーーーオレの寿司せびっといて何が『昨日何してたんだよぉ』だァ〜〜〜〜!???!??」
    「僕昨日は疲れて家で寝てたから知らないな…」
    「クソ猫が調子乗りやがってェ…………」

    と言っても、彼が猫だと立証する事は現時点では難しい。全員のアイツへの意識を"猫"として持っていくのは、流石に無理があるだろう。本当、上手いことやるなあと悔しくも感服してしまった。

    「で、もう行くんでしょ?ぼくねむい」
    「あら?オコチャマには夜更かしは大変でして?ぷぷ〜」
    「バカに反論する様な気力もないなぁ」
    「あ、逃げた。にーげたにげた!バカですって、バカ!」

    こちらはこちらで、低次元な争いを繰り広げている。恐らく現時点でレベルが低いと断言できるのは、明らか紫のコイツだろう。愛羅は口を開く気もないのかソファーに凭れかかって何も知らないと言わんばかりに宙を眺めている。どちらがお子ちゃまなのか分からない光景だ。

    「騒がしいな」
    「いつもこんなのですよ」
    「けど賑やかで楽しそうだ。さ、行こう」

    スーツケースの手持ちを引っ張り上げて、ロックが開くと同時にバランスを崩してぶっ倒れる。呼びにくるためだけにいくつ服を持ってきたのか。ぶちまけたその中身を見て、兄は笑顔を引き攣らせた。

    そんな感じの、イタリア旅行が始まる。

    ————————

    「アテンションプリーズ」

    「ホントにアテンションプリーズ言ムゴグッ」
    「静かにしろ!聞こえないだろ!」
    「ググググ…」

    「せっせっせ〜のよいよいよい」
    「おっちゃらっかおっちゃらっかおっちゃらっかほい」
    「おっちゃらっかかったよおっちゃらっかほい!」
    「こんなのあるんですねぇ」
    「あるんだよぉ〜」

    問題児を比較的常識人で抑えている様な構成。多分、この席は狙っていたのだろうけど。

    それにしたって。

    「……………………………………………………………………」
    「大丈夫か?気分悪いなら早めに言えよ?膝枕してやるから」
    「殺す……………………………」

    コイツと隣はないだろう!

    「寝る」
    「まだ乗って10分だろ」
    「朝早くからだったからねみ〜の」

    無機質な音を立ててシートが倒れる。飛行機に乗った事は数えられる程度だが、その数えられる回数はレバーの操作を覚えるに十分であった。
    あらあら、とひとつ笑顔を浮かべて男は寝転んだオレに近寄ってくる。壁を向いて手で払ってやれば、小さな悲鳴と共に肌に当たる感情が伝わってくる。

    「邪魔すんな」
    「邪魔じゃないぞ?」
    「ったってやるコトねーだろ」
    「そうだなあ」

    徐に、頭に何かを押し付けられる。
    押し付けられる、のではなく、手を置かれていた。
    そのまま、前へ、後ろへ、ゆっくりと撫でられる。
    なんとはなしに心地よいのが、なんとなく腹が立って。

    「ガキじゃない」
    「俺にとっては可愛い弟さ」
    「オレは!まだオマエのコト兄貴なんて認めて」
    「ああ」

    語気は、強めであった。

    撫でていた手は、髪を掴んで持ち上げる。
    痛みを感じながら顔を上げれば、彼の面に薄らと浮かんだ笑み。

    「"俺"はお前の事、弟だと思ってるぞ」
    「じゃあオトウトの為に離せよこの手」
    「ん?ああ、ぎゅーってしてくれたらいいぞ」
    「………………」

    心底から面倒くさいが、飛行機内で暴れ回るわけにはいかない。そうなったら強制送還どころか警察署で誕生日を迎える事だってなりかねない。それだけは確実にごめんだ。
    両手を渋々、本当に、本当に渋々広げれば、嬉しそうに相手は首に手を回す。

    「ところで」

    気になっていたことが、ひとつ。

    「なんで道化のチケットまで持ってきたんだよ」
    「ん?ああ」

    とんとん背中を叩いてやりながら、オレは疑問を告げる。
    だってコイツ、道化の事は心底から嫌っている。それこそ天と地がひっくり返ってもあの悪魔に蜜を吸わせるなんてありえないはずだ。だからこそ、チケットの数には疑問があった。

    「いないと怒るだろ?」
    「ンだって何しでかすか分かんねーし」
    「違う」


    そも、アイツは放っておくと世界の一つや二つ壊せるほどの、まさに悪魔と呼ぶべき所業を犯しかねない。足が付く場所にしか行かせないのもその為だし、面倒でも住まわせているのもその為だ。
    それ以外に、オレがアイツといる理由はない。道化にとっては契約とかなんだらかんだらあるんだろうが、オレにとってはそれだけだ。力を利用して世界を思うがままにする気も、ましてや所有物にする気もない。
    はて、では何の話であろうか。

    「気づいてないだろうがなあ、お前。アレに限らず、利害の一致とか言っておきながらかなり楽しんでるだろ」
    「何を」
    「彼らとの共同生活。あんなに群れるのを嫌ってたのに」
    「は?いや、いつ嫌ってるとか言ったよ」

    否定しないって事は楽しんでるんだな、と言う声は無視してやる。そうだよ、楽しんでんだよ。年甲斐も柄にもなく!
    そんな事よりもだ、オレはコイツにそんな話をした事はない。コイツとの話は基本すべて覚えているから、記憶違いとか、そういうのも多分ない。という事は本人自体の勘違いか、捏造か?
    だけど、当たらずとも遠からずというべきか、人数を集めてわーわー騒ぐのは本来オレの性分じゃない。全員いた方が目が届いて安心するってだけで、嫌うまではしないものの、自らどんちゃん騒ぎは好まない。アイツらはまた別の話だ、何度も言わせんなよああいうの。
    とにかく、口にはしていなかったつもりだ。だけど当たっているには当たっている。素振りから見せた事も多分、…多分、ないはず。だ。…本当に、多分。

    「…あー、」

    苦笑いしながら口籠るクセは、よく知っている。
    なぜならオレも突かれるからだ。

    「誤魔化しただろ」
    「誤魔化してない」
    「ウソつけ。オレもやってンだからお前もやるだろ」
    「やっぱり勝手にオレの服着て出歩いてたのは事実だったんだな……」
    「いーーーから!!!ほら!!!」

    夏場に何でも買えちゃう魔法のカードを持って無断で外を歩いていたのがバレた。この際仕方がない。あの時はあの時で利益があったのをコイツは知らないから申し分もない。
    だからそんな話より、隠してる事を吐け!

    「ちが、本当に何も誤魔化してなんか」
    「往生際がわりィなテメェ〜!!」
    「違うんだってば」

    じゃあなんだよ。訝しげな目線を心掛けて、相手を睨みつけてやる。バツの悪そうな顔と眉を見て、イラついてるオレが恥ずかしくなってきた。
    それでも。見透かされているのは、負けた気分になるから。
    胸ぐら掴んで、問いただす。

    「オレがいつ人嫌いとか」
    「あの時だよ!」

    殴られるのを覚悟した様に縮こまった中から、放たれた言葉は曖昧に形を歪めている。
    ハッキリしないのが一番ムカムカする。胃の中でぐるぐるして、気持ちわりぃったらありゃしない。

    「時場所場合」
    「お前は酔ってた!分からないだろ」
    「………クソ」

    …流石に、酒が入ってる時まで意識を保てている訳はない。ウソだとは思うが、それでも確率は半分半分。ガチで入ってたらどうしようもないし、何より昨日の眠気と疲れが脱力と共に押し寄せてくる。
    つまり、これ以上言及するのは、めんどくさい。
    片手で掴んでいた襟ぐりを離して、壁を向いて寝直す。まだ1時間も経っていない機内は騒がしくも人を感じさせる。よく眠れそうだ。

    「寝るのか」
    「お前に時間割くの嫌になった」
    「そうか…」

    安堵と寂寥の混ざり合う声に後ろ髪を引かれる思いでもあったが、ああ、それはまあ、仕方ない。

    オレだって、冷たい弟だと思ってんだぜ、これでも。

    言い訳は、夢の帳に隠されて燃えていく。

    ————————

    「兄さん」

    そう言えたらどんなに楽だったろう。

    「おにいちゃん」

    そんな日々を取り戻せたらどんなに嬉しいことだろう。

    「兄貴」

    ああ、優しさを含んで呼べたなら満点だ。


    来ない。
    もしもはもしものままぐちゃぐちゃの塊になって、手で掬っても溶けていく。
    静かな中で、ただひとり、その墓を眺めていた。

    彼らの墓。
    オレの墓。
    アイツの墓。


    ここにおわしますは、神。


    「オマエはオレのことなんてどーでもいいんだろ」
    「ああ!なるほど」

    空より青い髪に、宇宙を讃えた瞳。
    真っ白な布に体を包んで、無邪気に笑う。

    「話聞いてんのかオマエ」
    「聞いてる聞いてる、とにかく後ろを見たまえよ」

    促されるまま後ろを振り向けば、男がしゃがみこんでいる。
    しきりに、何かを繰り返して、頭を抱えて。

    「世界を救うのはいつか分からないが、彼を救うなら今しかない。そうだろう?ささ、行きなさい」

    聞こえなかった。
    聞こえなかった。
    男の声しか、聞こえなかった。


    「おれが、おまえを、すくいあげられたとしたら」

    「おれが、おまえを、たすけられたとしたら」

    「なあ、______」


    誰だ。
    誰だ、その名前は。




    「______、ごめんな、ゆるしてくれ、______、おれは、」




    目の前に映っているのは、誰なんだ。



    「おまえのあになんかに、」

    「やめろ!!」

    ————————

    魘されていた、と俗に言えばいいんだろう。
    気がつけばオレは飛行機のシートの上で、覚束ない思考を覚醒させようとしていた。


    「___あ、は、あ……?あ、はっ、」


    時計は、日本時刻で午後5時を指す。流石に大体の人間が疲れて眠りについていた。隣にいる男も、例外ではない。

    夢の内容を、思い返せない。
    悪夢、だったんだろうか。
    あのバカ絡みだろうと予測をつけてみたが、いや、それなら絶対に覚えているはずだ。あれは夢よりも、記憶を植え付けられたと呼べばそれらしい。
    なら、なんなんだ。

    もう一度寝るのは、なんだか、怖くて仕方がなかった。
    だけどケータイはカバンの中だし、話そうにも静けさから起きている同居人はいないことが窺える。道化が寝ているってことは相応だろう。
    …映画。映画でも観よう。
    何かしてないと気が狂ってしまいそう、いや、滅入ってしまいそう、はたまた、飛んでしまいそう?
    縋るような思いで、モニターの画面を叩いた。



    「珍しいな」
    「適当に観たのがコレだったんだよ」
    「変えればよかっただろう。ガラでもない」
    「黙れ」

    知ってるか?
    オレの運って、最悪を通り越した底辺なんだよ。

    レ・ミゼラブル。

    「まだ昼は去らないぞ」
    「向こうはぜーんぜんお昼ですからねー」

    コイツの前でそんなものを見ているのも小っ恥ずかしいので、さっさと電源を切ってやった。オレはそう言った悲嘆話が嫌いなんだ。あんな状況でなきゃ目にかけることすらなかっただろう。

    「さながらお前はヴァルジャンか」
    「ハァ?いつオレが更生したってンだよ」
    「教会に丸く収まってる時点でしてるしてない関係ないだろう」
    「チッ」

    俺はなんだ、となんでもないように問いかけられた。
    いや、オレはレミゼラブルなんて数える程度しか目を通したことはない。映画を見に行ったのが一回と、教会で教科書の裏で読んでたのが数回ぐらい。だからストーリーを語るなんて、ましてや人物に当てはめるだなんて烏滸がましい。烏滸がましいにも程がある。ユーゴーに呪われたって、オレは知らないって話だ。
    けど、まあ。そんな葛藤抜きにするなら。

    「……マリユス」
    「ほう!見解をお聞かせ願いたいな」
    「はあ」

    見解と言っても、簡単だ。

    「盲目的な愛」
    「……………ふ〜〜〜〜ん?」
    「は?なんだよ」

    どこか嬉しそう、違う、明らかに嬉しそうに口角を上げるコイツは気味が悪い。何か悪いことでも言ったか、滑らせたか、と思っても、さっきの会話から思い起こせることなんてない。皆無と言っていいほどない。

    「深層心理って怖いよなあ〜〜」
    「ニヤニヤしやがって気色わりーな」

    意味を問うても答えはあらず。だから曖昧にされるのが一番腹が立つんだよ!
    短針は、午後7時を指した。

    ————————

    「すご、すご!!!!見てくれよあのレンガ造り日本じゃ見たことなんて」
    「パン!!パンある〜!!おいしそ〜〜」
    「はしゃいでますネ」
    「…、道化さんは来たことあるんですか?」
    「まあワタクシ世界を闊歩する役者ですので」

    さあさ、本日並びに明日の舞台、イタリアはローマ。

    「やあ!行くか!」
    「お高いホテル期待してますヨお兄様♡♡♡」
    「君だけ野宿でも構わないぞ?」
    「ひえ」

    流石にご勘弁を、と懇願する道化を他所目にオレは街を歩く。冬と言うだけあって冷え込みは度を越していたが、それでも微かに感じる地中海の匂いはかの教会を思い起こさせた。

    「久しぶりだねえ」
    「さみぃ、ジャポネより5倍さみぃ」
    「緯度?経度?なんかが違うんだよねえ」
    「ンでも偏西風であったけー方だって先生言ってたろ」
    「あーねえ。面白かったなあ地理の話、ずうっと僕寝てたけど」

    鼻で笑ってやれば君もだろうと冷たい声が返ってくる。オレはさっさと出たかったから結構真面目に受けてたぜ。意識はほとんどなかったけどな!

    「おいガキ2人!はしゃぐな来い!」
    「はしゃいでない!!」
    「はしゃいでないもん!!!」
    「どう見てもウッキウキだろうが地に足つけろボケ!」

    ぼく飛んでないけど、と斜め上からの返答。残念ながら学がないのか、華野愛羅はこういった慣用句をマトモに受けてしまうところがある。麗は、まあ、こいつは見栄張りなところを直すべきだ。
    未だうかうかとどこかに行ってしまいそうな2人と、鼻を啜って寒いと口にする猫に、微笑ましいと心なく笑う兄と、ただその光景を無粋に睨む紫。
    うん年ぶりの帰郷ってのに、情緒もクソもねーぜ、本当!




    「楽しかったか?」
    「それなりに」
    「お前には退屈だったかもなあ」
    「ンや、ホントだよ」

    ホテル、個室内。
    異国の雰囲気が漂う窓を眺めて、兄はこう話を続けた。
    すっかり日は暮れてしまって、少しもすれば日付が変わる。あれだけ言ったのに遊びまくったせいで祝おうと意気込んでいたガキは寝るし、道化はロビーの暖炉から動かないし、無名に至ってはどっかに遊びに行きやがった。
    残念ながら、今年真っ先に祝ってくれるのはこのバカになりそうだ。

    「そうかあ、お前ももう…いくつだ?」
    「自分の歳数えてみろ、感慨深さ感じなくなるから」
    「ハハ」

    オレはふかふかのベッドの上に寝そべって、ぼんやりと時計の秒針を眺めている。
    か。
    か。
    か。
    ああ、この1秒はオレたちが生きていた過去になる。そう考えるとそれさえも愛おしくなって、たまらなくなる。そうやって思慮に浸るのは良くない癖だって、オレもわかってんだけど。


    「ああ」


    徐に、問いかけた。


    「俺は、今日くらい、」


    急激に、一音が、体を冷やしていく。
    苦しくなる。
    おかしくなる。
    なんだ、これ。


    「お前を幸せにできただろうか」


    なんだよ、それ。
    なんだよ、それ?



    「なあ、______」










    「やめろ」




    気がつくとオレは、兄の肩に手を置いて、地面に打ち付ける勢いで押し付けていた。
    そんなオレをサファイアの瞳は、柔らかな睫毛の間から覗き込んで目を離さない。



    「よぶな」
    「呼ばないさ」



    背中にそっとあたたかいものが触れる。
    体温。
    ひとの、体温。



    「おい」
    「なんだ?」



    どうしても離れたくなかった。
    どうしても離したくなかった。
    どこか遠くに行ってしまいそうで。
    どこか遠くに、置いて行ってしまいそうで。





    「(にいさん)」




    今日くらい、許されてもいい。
    そうだろう、なあ。
    なあ。
    許してくれよ。
    赦してくれよ!


    瞼をチラつく、オマエがだいっきらいなんだ!!!!!!



    「兄さん、じゃないでしょう?」


    「貴方は淘汰する者、相手はそれを止める者」


    「だからあんまり、ひとと仲良くするなって言ったのに」


    「希死念慮を常に持つくらいが、丁度未練もなく死ねるのに」


    「つらいのは、きみなんだからさあ」


    「態度を弁えろ、までは言わないけど」






    「精々、世界を捨てて自分を採るなんてバカなマネはしないでくれよ?」








    「」








    ————————







    時計の針が、途切れ途切れに音を鳴らす。




    かんかかんかか、かんかか、かか、かかかん。





    「大丈夫か」





    現実に戻ってきたオレは、何もかもがわからないままぐるぐると視界と思考を回していた。

    「せかいが」
    「あ?」
    「せかいが、ぐちゃぐちゃにみえる」
    「………とにかく、だ」

    大きな溜息が聞こえる。大方、何がどういう原理でこうなったのかよく分かった溜息だ。
    オレは詳しいからな、兄貴のことは。

    「あにき」
    「大丈夫」

    抱き抱えられて、頭を撫でられる。ゆったり、ゆったり、ゆったり…ここちよく体を揺らされて、混ざり合った黒と赤と何かの色が、白色に溶けていく。

    「お兄ちゃんがちゃーんと、守ってあげるから」
    「けど」
    「世界がどうとかこうとか関係なくな」
    「だから」
    「お兄ちゃんができないことなんてあったか?ないなあ!」

    呆気からんとした笑い声が部屋中に響いて、跳ね返って、オレの鼓膜を震わせる。芯のありながら決して居心地の悪くない低音は覚えのない父さえ思い出させる。

    「泣いてるのか〜?」
    「ないてない」
    「泣いてる」
    「ないてない」
    「初めて会った時もこんなのだったな〜!泣きついてきて、ほーんとお兄ちゃん離れできないんだから」

    ああ。そういえば、そうだ。
    潤んだ視界の中に、微かにあの日のオレたちを見た。

    教会は、昼の光を湛えていた。
    オレの顔にそっくりな男がいて、迎えにきたと口にするものだから、
    それが、やけに楽観的で、
    オレがどんな苦労をしたのかも知らなくて、
    オレがどんな荷を背負わされたかも知らなくて、
    手を引くアイツに、こう言ったんだ。


    "今更遅い"

    "オレはもう、救われることなんてないだろうよ"


    その後、何をしていたかは覚えていない。
    ただ、兄が言うには、懺悔室で何度もキレて、嘆いて、泣いて、叫んで、
    最終的に、殴りかかったところを躾られた、らしい。

    今考えれば、八つ当たりにも程があるな。
    もう思い出したくもない失態に、オレは目を瞑る。

    思考が、ぶつりぶつりと切れ始める。
    ゆらりゆらりと揺れる"揺り籠"は、心身疲れ切ったオレを眠らせるに相応しい。
    月夜の明かりは部屋を照らして、
    日付はとっくに27日になっていた。


    おやすみなさい。
    今日くらいは、弟の顔をしてやろう。




    ————————



    「ごめんなあ」



    シルヴィオは、腕の中で眠った弟をきつく抱きしめていた。


    「俺にはこんな事しかできなかったんだ、ゆるしてくれ、こんな事しかできない、何もできない兄を______」


    震えた声は途切れ始める。嗚咽交じりに吐き出される言葉は、懺悔と後悔ばかりである。


    「______いや、」


    「ゆるさないでくれ」


    ゆるさないでくれ兄のままでいさせてくれ


    ゆるさないでくれ兄を殺さないでくれ


    「ゆるさないで……」



    歪んだ揺り籠は揺れ続ける。ただただ、迸る血と涙を流して揺れ続ける。幸せそうな弟を抱き締めて揺れ続ける。
    そこに居るのは、兄と弟か。
    はたまた、何もない虚無か。

    揺り籠は揺れ続ける。

    揺り籠は揺れ続ける。


    ————————

    12/27



    神父 シルヴィオ




    ————————

    ゆりかご、というモチーフが大好きです



    ・群れるのが嫌い、と口にしたのは小さな頃の神父。できれば兄は神父に昔会ってたことをバレたくないので(多分罪悪感を感じると思っているはず)誤魔化そうとします。けど双子なので癖が同じ。神父、信じたくない言いながらめちゃ信じてる。

    ・残念ながら神父くんは運が悪いので、悪夢ばっか見ます。
    時々忠告がてら神様から元気してる〜?というメッセージが来ますが、今回のは普通に夢です。
    実は兄は、弟の本当の名前、神様から貰った名前じゃなくて、親からつけられた名前を知っています。けど誰にも言う気はありません。なぜなら、それが兄にとって唯一の「ただ一つの宝物」だから。お前精神状態おかしいよ…

    ・弟は兄の愛を無自覚に受け取っているので、盲目的に好きというのは分かるけれど愛されている事は分かりません。
    兄は弟を兄弟として愛してる(この場合の愛は恋愛も含む)のに対し、弟は兄弟としては愛されていない(愛を恋愛感情としてしか理解していない)と思っているため、兄に対して酷く突っかかる節があります。身体目当てならどっか行けってんだ。
    弟が兄を「盲目的な愛」と称したのは、兄が自分を(恋愛感情として)愛していると知っていたからです。だけど兄は弟がそんなズレを起こしているとは知らないので、気付いてないけど俺のこと好きだな!?(かわいい!)となって喜んでます。ごめん…

    ・弟は自分の名前を神様にもらった名前しか知りません。が、その名前が大嫌いです。兄もそれは知ってるので呼びません。

    ・神様は、あなたをずっと見ています。

    ・兄は許されなければ兄になれます。許されれば、彼と神父との間に縁はありません。
    だから、許されない必要があるんですね。


    ————————

    「お誕生日おめでと〜〜〜!!!!!」
    「ほら、これ!持ってきたんだぞ!!開けて!!」

    朝からうるさいガキども。

    本日12月27日、オレは奇しくも誕生日を迎えてしまった。
    なんでこんなに生きてんのか、もはや謎だ。
    道化も"まさかこんな長生きするとは"と笑いながらチョコ板を食べ、

    「あーーーッッそれオレのだろ!!!!!」
    「にゃんへすは」
    「にゃん?」
    「オメーーーは関係ねーウソお前もオレの飯食うな!!!」

    だからコイツら嫌いなんだよ。空気に乗せられすぎないのもダメだ。丁度いい人間がいい。いないけどな!

    「やあ大勢揃ってご機嫌だなあ」
    「おはようございまーす!!お誕生日おめでとうございまーす!!」
    「ま、益々のご健勝とご活躍を祈念していま」
    「堅すぎないか…?」
    「そんなことよりおかわり欲しいです」
    「僕も、ほらとってきてくださいよ今日の主役」
    「主役にとらせるものなのか…?」

    あーあーあー、どいつもこいつも騒がしい!
    騒がしいから、これでいい!

    「ほらオマエらオレに言うこと」
    「もう言いましたよネ?」
    「言ったねえ」
    「言った言った」
    「健忘症…?」
    「な、なんだって!?いい医者を用意してやろう」
    「…………………あのなあ」

    「そういう所がだいっきらいなんだよ!!!!!」



    最低最悪の12月27日は、始まったばかり。

    ————————

    まあ、兄は過保護なところがあるので、弟が立派な大人になって自我を持っているということに気付いているか怪しいですが……
    ともかく。
    二人とも、お誕生日おめでとう!

    それと、2年間一緒に過ごしてくれてありがとう、神父くん!
    これからもずっと大好きだよ!
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