特別、天使、14106「夏!」
「海!」
「「遊びにいこ〜〜!!!!!」」
「誰が行くかバカ!」
ああデジャヴ、季節モノともあればもちろんネタは被るだろう。それは周知の事実である事を読者諸君にもう一度お伝えしたい。
というわけで、すったもんだの問答は全カット。
ざざん。
ざざん。
流れゆく白波が、砂浜を水の色に染めていく。
「あっつ…………」
「死ヌ」
「だーーーーもうこんなんなら帰りゃよかった」
「目離してて大丈夫なんですか?」
「」
そんなこんなのうちに、神父の先を麗と愛羅が行く。神父は思わず悲鳴にも近い声を上げた。
夏といえば、海。
そんな安直な考えで、本日晴天、特になんの変哲もない近所の浜辺へやってきた一行であった。
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特別、天使、14106
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「おーーーまーーーえーーーらーーー……」
地の底から響くような恨み言をあげて、神父は2人の襟を掴む。
愛羅は女物とツッコみたくなるような__もしや女物ではあるまいし__パーカーの下から、これまた可愛らしいデザインの水着を覗かせている。足首のアンクルが垢抜けた印象を与えさせ、心なしか髪のボリュームもさっぱりとしている。美容院に行った、と行っていたのを、神父はふと思い出した。
「暑いんだもん」
「ちょっとぐらい大丈夫だって」
「前のことがあるから言ってんだよボケ!!」
それを聞いて、麗は体を強張らせる。彼の服装はTシャツ型の水着にハーフパンツと、いかにもはしゃぐ気まんまんというものである。が、その言葉を聞いた瞬間、何も言い返せずに黙りこくってしまうのであった。
というのも、去年。
……ギャグ世界ということで、時系列の歪みには目を瞑って。
水族館、もとい1時間のみの海水浴に行った一行は、華野愛羅の不可解な溺水事件に遭遇した。足のついていた浅瀬から、まるで穴がそこに空いたように沈んでいったのである。
麗はこの事件を受けて非常に落ち込み、しばらくは海に行かないとまで公言したほどである。愛羅はこの事に関して詳しいことは覚えておらず、愛羅を救出した道化も詳しい事はわかっていない。神父などもっての外である。
__という事で、今年の海はたくさんのルールが制定されている。
ひとつ、海に入る組__すなわち愛羅と麗は、誰かの指示、確認を受けて入ること。
ひとつ、入らない組__道化と神父は、常に連絡を取れるようにしておくこと。
ひとつ、30分ごとに海から上がり、適宜休憩を取ること。
いわゆる市民プールと変わらないような規律だが、前例がある以上対策はしなければならない。そういった理由で、これは作られたのである。
「オマエらも納得した上でのアレだろ、守れ守れー」
「うん……」
「入ってきていい?」
「いいけど、30分で帰ってこいよ」
「はーい」
そう言うと、愛羅は麗の手を引いて浅瀬へと走っていく。最初こそ麗も戸惑っていたが、愛羅に疑念感を拭われたのか、それに続いて足を歩ませた。
「大丈夫ですかネー」
「知らん」
相変わらず、夏の道化は髪をばっさり切り落とした姿である。長さも記憶も好きに変えれるので、その時々に応じた髪型をしている事が多い。屋外では、もちろんない方が風通りもいいだろう。
道化がレンタルしてきたパラソルの下に腰を下ろし、彼らを見つめる姿勢に入る。それを見た神父は、かんかん照りの太陽に根負けして飲み物を買いに屋内に向かった。
その途中、数人の女を見かけた。無論、神父が好きであろう若い年頃の。
「(ついでに一夏の思い出、作っちゃいますか……)」
そんな甘ったるい妄想を掻き回しながら、彼はその集団に呼びかけようとした。
道化と同じく、レンタルもののパラソルの下。並べられたクーラーボックスと、同様に借りられたのであろうビーチチェアの上に、その男は寝転がっていた。
「やっぱり、イタリアってここよりもオシャレですよね?」
「そんなに変わらないよ、今となってはどちらも発展国だからね」
「難しくてわかんないです、そういう仕事してるんですか?」
「いいや。親の家業をそのまま継いでるだけだ、病死してしまったからね」
ああ。
こういう時に限っての、不運で幸運体質である。
「よかったら食事でもどうだい?払ってあげ」
「あーーーにーーーきーーー♡」
そそくさとその場を離れようとする兄、もといシルヴィオに、神父は肩を組んで馴れ馴れしく話しかける。なんでいるかとかはとりあえず後にして、双子ネタが使えるのなら女を捕まえるのは赤子の手を捻るより簡単だ。
「うぉッ!?こんな所で何してるんだ」
「おーれーもーまーぜーて♡」
「……お前麗のこと待たせてるんじゃないか」
「げ」
ハート混じりに絡んでやるも、兄は珍しくなびかない。それどころか、女らしい麗の名前を利用して彼女の存在まで匂わせてきたのだ。
「(こりゃあ、"ガチ"でオレ目当てじゃねーな……)」
神父が訝しげにシルヴィオを睨みつけると、彼もまた鋭い目線を返す。ばちんと火花が散った瞬間、女の1人が戸惑ったように口を開いた。
「……あー、私たち、連れ待たせてるからもう行くね?」
「「えっ」」
呆然とする2人に手を振って言葉をかけて、足早にそこを去っていく。シルヴィオの制止も虚しく、そのまま彼女たちは姿を消してしまった。
その様子を、ぽかんと神父は眺めていた。が、ガッツリ振り払われた兄が珍しいのもあり、緊張の糸が切れたように笑い始める。砂浜全体に響き渡る声に、シルヴィオが機嫌を害さない筈もなく。
「お前のせいだろ!!」
「だ、だって、『払ってあげるから』、って、ひひ、」
「うるさい!!黙りなさい!!!」
「どんだけ飢えてんだよオマエさあ、あっはははは、ッッ!?」
そこへ、脳天へ一撃。麗がそそくさと駆け寄ってきたのであった。どうも、と一言兄に呼び掛けているが、その目は"またお前か"と言いたげに辟易と彼を見ている。それに気づいたシルヴィオは、弁解するように話し始めた。
「いや、今日は本当に偶然なんだ!」
「本当ですかね?俺の経験からして偶然=7割必然なんですよ」
「信じてくれよ〜〜〜……」
愛羅ではないが、潤んだ上目遣いでシルヴィオは信用を得ようとする。そんなものに麗が屈する筈もなく、ただその金色の目をじっと細めて、疑念の色を浮かべている。
そこへ、まだきんきんと痛む頭を押さえて神父が口を挟む。
「オレ目当てじゃないよ、マジで偶然か、他になんがあるのかのどっちか」
「何もないぞ……」
「女と金と上に出れるヤツ以外に興味ねーし、今回は1つ目だし、おおかた『会えればいいな』程度だったんだろ」
「へえ」
気の抜けた返事と共に、麗が踵を返す。あんまり騒がないでくださいね、とひらひら手を振り呼び掛ければ、シルヴィオは安心したようにビーチチェアに腰を掛けた。
「じゃあ、俺は寝るから邪魔しないでくれよ」
「逆に何邪魔する必要があると思ってんだバーカ」
「人にそう言う口を利くなよ」
「わかってまーーーす」
そう返事を返すと、シルヴィオはパラソルの影で目を閉じた。暇だし、暑いし、と言った所で神父も影に潜んでいたが、心地よい寝息が聞こえてきたぐらいで喉が渇いていたのを思い出す。再び立ち上がり、海の家へ飲み物を買いに行く。それっぽいものと、いい女がいれば満足だ。
______さて、神父の話はここで終わり。あとは彼の知らない所で、これからも知らない話が展開されるだけだ。
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「一回上がってきてくれませんかーー???休憩しましょーーー」
「はーーい!」
「今いくーー!」
華野愛羅、瑛佳麗、並びに保護者の紫樂道化は、ビニールシートの下で水分補給をしていた。
「暑いんですけど……………………」
「入ればいいじゃないか」
「イヤです!!べっとべとするし肌焼けるし痛いしなーーにが海水浴ですか」
「それも楽しんでこそだよ〜」
日焼け止めでもすればいいのに、と愛羅は道化に声をかけた。外にいる時は2人のいがみ合いも一時休戦して、それなりに仲のいい光景が見られる。
道化はそんな気分じゃない、と言ったような意味の相槌を返して、クーラーボックスから冷えた水を取り出した。
「どこかしんどい所は?変わったことは?ありません?」
「ん〜〜、だいじょーぶ!」
「あ、そういや」
思い出したように麗は口を開き、先程のシルヴィオの事を話し始めた。
___少しして、道化は驚いたような顔をした。
「……?おかしくないですか?」
「え、どこが」
「だって、女性目当てで来るなら『何個もクーラーボックスなんて要らない』ハズでは?」
そこで、麗は情景の中にやっと違和感を感じとった。
"__同じく、レンタルもののパラソルの下。並べられたクーラーボックスと、同様に借りられたのであろうビーチチェア__"
「飲み物くらい、施設で調達できますよネ?」
「確かにねー、けどお酒とかなら別かもよ?だってあの人、ワインとか飲みそうじゃん」
「ない。趣味嗜好は神父と似通っているからな……」
それに、酒を飲むために海に来るならこんな人混みの中でなくてもいい。ひとりになれる場所を作れることくらい、3人の中では周知の事実である。
___まさか、嘘を?
そう、群衆が思った時だった。
「俺の話かい?」
「「ギャーーー!!!!!!」」
愛羅と麗が、お互いを抱きしめ合ってその驚きを共有する。シルヴィオはサングラスを頭に上げると、チャオ、とひとつ挨拶を交わした。
「麗くんもいるからまさかと思って探していたんだ。久しぶりだな」
「おひさしぶりで〜す♡」
「いやアナタの中の久しぶりどんだけスパン短いんです?まだ2週間くらいですけどォ」
そうだったかな、と惚けてみせるシルヴィオの仕草はどこか演技くさい事を、紫樂道化は見抜いていた。どうせすべて覚えていて、何も知らないフリをしているのだ。弟にも通ずるその大きな手振りを切るように、一言彼に呼びかけた。
「あの、何持ってきてるんですか?」
「ん?ああ、釣りだよ釣り」
「はい?」
「フィッシング!楽しいぞぉ!」
「女釣りだろどうせ…」
冷たく言い放つ麗をも気にせず、両手を竿を持つように握ってへらりと笑う。普通の釣りもするぞ、と甘ったるい声で返答をしたシルヴィオに、麗はうんざりした様に目を背けた。
「という事で、潮目を逃す前に俺は行こう。じゃあな諸君!」
「あ、ワタクシも行きます」
そう言い放つと、道化が立ち上がるのも気にせず彼はサングラスを元の位置に戻して立ち去ろうとする。その足早な光景に、違和感を。
「ワタクシも行きますってば」
「ん?いや、竿は一本しかないぞ」
「付き合うだけで構わないので」
「そうか、遠慮させてくれ」
「イヤです行きま」
道化がシルヴィオに手を伸ばした瞬間。
その腕は、掴まれる。
そうして、彼は目の前の笑顔から出るとは思えない力で、身体ごと腕を引っ張り上げた。
「い、ッ…」
「関わるなと言っているんだ」
その睫毛の隙間から薄らと見える青は、空虚で何も映らない空とよく似ていた。美しいのに、そこには何もなかった。
道化はその意見に抗議しようと、再び口を開く。
「どーけ、ぼくら見張ってなくていいのぉ?」
様子を傍観していた愛羅が、先に声を滑り込ませる。2人は声の主に目を向けて、次の言葉を待っていた。
しかし彼は、『もう言いたいことは終わったよ』と言わんばかりに目を丸くするだけだ。
「…わかりました、やめりゃいいんでしょやめりゃ」
離してください、と道化はシルヴィオの手を振り払い、愛羅と麗に目を向ける。対するシルヴィオは、自身の思惑通りに動き始めた状況を見て愛羅に感謝を伝えた。
「ありがとう愛羅…くん、かな?毎度思うんだが」
「ちゃんでもくんでもいいよぉ♡あとねぇ」
か
全ての時が、動きを止めたように息を潜める。シルヴィオだけが、その空間を認識できていた。
「これは"ぼく"のためにやった事で、お兄さんのためじゃあ、ないからね?」
華野愛羅は瞬きをした。再び現れた瞳は血肉を思い浮かばせるような深紅に染まって、じっと、シルヴィオを見据えている。
……その目線の先は、シルヴィオではないのかもしれないが。
「…わかったから、離してくれ。気が狂いそうだ」
『よく言うねぇ、弟が居なければ今頃どうなっていたか』
「そうだな、いいから帰してくれ」
最初こそ物腰柔らかく話していたシルヴィオも、相手を見つけたと感じた瞬間に声色を変える。人に話すような暖かさは、もう必要なかった。
這い寄る混沌は、態度から彼がもう危害を加える事はないと判断する。
ちっ。
その瞬間、再び砂浜の喧騒と波の音が2人の世界を賑わし始めた。
なるほどやはり面倒だ、と少しシルヴィオは考えていたが、愛羅と道化の『さっさと帰れ』、と言わんばかりの視線に耐えかね、早々に踵を返して砂浜を歩いていった。
「…………あの人、ホント秘密主義」
「そうかなぁ?案外かんたんそうだけどねぇ」
道化には、その言葉の意味は測れなかった。
————————
バカンスにはもってこいとお決まりのセリフを口にしたくなるほど、快晴な空の中いかがお過ごしだろうか諸君。
シルヴィオはひとり人混みから外れ、その両手に持ったクーラーボックスの蓋を開けた。
がこ。
あるのは、黒。
光沢を湛えた、黒。
手慣れた様な仕草でそれを形作っていく。
取り出したるは、その銃身。
「えーと、スタンドはこうだったっけか…」
手袋を嵌め、上着を着る。岩の上にかちかちん、と金属音が踊り出す。
レンズを覗けば、その先には見慣れたくもない紫が映り込んでいた。
「よぉし、いいぞぉ」
弾を込める。素早くなくてもいい、時間は十二分にあるのだから。
かちゃん、かちゃん。かち。
命を容易く奪える銃弾を孕んだ黒は、煌々と銃口を人混みの中へ向けていた。
「あーとーはー……」
紫の方へ、位置を調整する。
ざり。
「なにしてるのぉ?」
「居たのか」
シルヴィオが顔を上げると、そこには華野愛羅が立っていた。まるではぐれた少年を見るかのように、純粋な目を輝かせている。
「何、見ればわかるだろう」
「ぶっそーだねぇ」
「他人事のように」
だって他人事だもん、とけらけら笑い出した愛羅に、シルヴィオは微かな違和感を覚えた。
先程見た『彼』ではないのだ。
彼は完全に『華野愛羅』であり、不純物とも言える彼を食い破る怪物はいっさい含んでいなかった。
___混沌は、今だけは鳴りを潜めていた。不完全な状態で使う能力は、とてもエネルギーを消費したらしい。
「……愛羅くん、この銃の相手に心当たりは?」
「えぇ?ぼくはないなぁ〜……大方どーけでしょ」
「そうなんだがな。理由だよ、理由」
催促をしてみる。というのも、シルヴィオは愛羅を拒んだことがあるのだ。それ故に、彼は愛羅に嫌われている。
それどころか、愛羅の中身、すなわち怪物でさえもシルヴィオは嫌い、また相手もシルヴィオを嫌っている。
こうやってふたりきりで話をするなど、またとないチャンスなのだ。
「……どーけのこと、嫌いだもんね?」
「その理由だよ」
「しんぷさまでしょ?大したことしてないからだいじょぶだってぇ」
ご名答の返事の代わりに、シルヴィオは天使に笑いかけた。
「______華野愛羅。出自不明、出生不明、血縁、経歴、その他不明」
「まあ愛の天使だからねー!」
「俺はキミを殺しにきたのさ、か弱い天使君」
シルヴィオは徐にそのライフルを引きずり上げて、愛羅の頭目掛けて振り下ろす。一歩後ろに下がって避けると、瞬きの合間にシルヴィオは二発目を振りかぶる。
それも軽やかなステップで避け、愛羅は苦笑いを浮かべた。
「なんでぼくなのさ!かわいくてなんの危害もないのに」
「キミが死んだら紫樂道化もこの世にいる理由はない。失くす、と言った方が正しいかい?」
なにそれ、と愛羅が疑問を返そうした所で、愛羅の足がシルヴィオに取られる。転びかけるも愛羅は腕で自身を支え横に転がり、シルヴィオの三発目をかわしきった。
「わけわかんないんだけどぉ!?」
「紫樂道化は『不完全ななにか』の組み合わせでできている。キミとそのなにかとの関係は知らないが、その結びつきが特別なのは確かだ」
「で!?ぼくとどーけがどーゆーことなの!?」
眼前に構えられた銃口を捉え、華野愛羅は焦燥に駆られながら問いを口にした。シルヴィオは勝ち誇ったように、両手でライフルを構え天使を見下ろしている。
どちらが悪役かもわからないような応酬の中、彼は問いに応じる。
「キミを殺せば、『不完全ななにか』は分離する。そうすると紫樂道化は存在を保っていられない、そのまま消え去るか、また形を作り直す他ないだろうさ」
「……その間に、しんぷさまを攫っちゃうわけ?」
「人聞きが悪いなキミ! 元の居場所に帰す、と言ってくれ」
感心したような声を一つ上げ、愛羅はそのライフルを掴み銃口をズラす。
咄嗟に銃弾が撃ち込まれるが、彼の頬を掠め取っただけに終わる。熱を持った銃身を愛羅が手離した瞬間、シルヴィオは再びそのライフルを彼に向け、照準からその瞳をじっと見下ろした。
「居場所ねぇ?はたしてしんぷさまはそれを望むのかな」
「いつか『よかった』と口にする筈さ。キミ達なんかよりも、よっぽどいい同居人になれるだろうさ」
「兄弟にはなれないけどね」
挑発的な一言は、それまで空気すら揺らがなかったシルヴィオの琴線に触れた。
「黙れ」
「特別になるには何が足りないんだろうね」
「黙れよ」
それを見て、愛羅はさらに言葉を叩きつける。
それは、理解してもらえない神父のためでも、
理解できないシルヴィオのためでも、
死を目前にした自身の為でもなかった。
「ぼくとキミじゃあ、何が違うんだろうね」
「殺す」
そういって引金は引かれた。
「銃声すごい通りました、やめた方がいいですヨそれ」
黒。
微かに見える紫とぼやけて掴めない声だけが、彼を彼たらしめている。
「煽り耐性なさすぎじゃないデス?ワタクシとこの天使にはなーにも特別なんてありゃしませんヨ」
黒い靄の様なものに包まれた道化は、まさに悪魔。
実体のない角と尾とを持って、華野愛羅の前に立っていた。
その表情は、隠されて瞳さえも窺えない。
「……どーけ?あれ、ぼく撃たれなかった?」
「ご説明しましょう!と言いたい所ですが、してる間に色々ぶっ飛びそうなのでやめます。どうせ記憶ごと消しますし」
「は!?なに記憶って」
「ンなこといいんです!早くあのヒトなんとかしないとアナタも消えかねませんが!?」
話している間に、シルヴィオが道化の横を掻い潜り、愛羅めがけてライフルを振り下ろす。
咄嗟に道化がライフルを掴むと、それは二つの物質、鉄とクロムの結晶に分解され始めた。
「……なんだ……?」
「『因子回帰』、ワタクシのチート権限3つ目デス♡」
「鉄、クロム……ライフルを原材料にまで戻したって言うのか!?」
「原材料どころか『発生した当時』まで、先程の弾丸も同様に。人間も受精当時くらいまで戻ります」
その言葉を聞いて、シルヴィオは素早く身を引いた。あら賢明、といつもの様に笑う道化を見て、愛羅は疑問を呈する。
「じゃあその見た目ってなに……?」
「権限を解放する毎に、肉体を『悪魔のソレ』に変化させてます。理性だって何とか持ってますけど、時間経てばフレンドリーファイアしかねませんヨ」
「ぜんっぜんわかんないんだけど!?」
「……わかった、もういい、俺の負けだよ、わかった」
ぶっきらぼうな声に2人が顔を見遣ると、シルヴィオが両手を広げて降伏を示していた。
そんなのチートどころじゃないだろ、とすっかり元の形に戻ったライフルだったものを見て、彼は苦笑いをする。
「エラいですネ、時間を稼げばワタクシが愛羅さんを消す可能性だって作れるのに」
「俺も消されたら意味がないしな。それに、弟なしで『シナリオ』に手を出せない」
「しなりお……?」
愛羅がそう言うと、紫樂道化は靄の中で微かに口角を上げた。どうやら人間の形自体は残っている様だ。
「『世界滅亡シナリオ』、その名の通り人類の滅亡が確定するシナリオ。
今アナタは、その瞬間に立ち会っているのです」
華野愛羅は、その言葉を聞いた瞬間、背筋が凍る様な、もしくはすべてが終わる様な予感がした。
今の彼にその気はなくとも、
いつか、彼が世界を終わらせてしまうのではないか、と______。
「マ、4つ目さえ開けなきゃそんなことにはなりませんからネー!
ンじゃさっさと記憶消して帰りましょ、お兄さんもライフルなかったら殺す気にはならないでしょ」
「……一つだけ聞きたい、消してもらっても構わないから」
「ハイ?」
道化が愛羅の目を見ようと屈んだ瞬間、シルヴィオが口を開いた。その目は殺意こそないものの、悪の根源を見る様な憎悪を湛えている。
道化は多少不服そうに瞬きをする__様な動きを見せただけだが__と、立ち上がって再び彼の顔を見た。
「お前の『4つ目の権限』は、何なんだ?
……弟さえも知らない、『世界滅亡シナリオ』の実態は、何なんだ?」
「______ハイ」
深く、息を吸う。
「『概念崩壊』。
明でさえも、暗でさえも、死でさえも、生でさえも。
すべての概念が崩壊する事が、ワタクシの持つ『世界滅亡シナリオ』です」
「……概念、崩壊……」
「ニンゲンが作った概念で、ニンゲンが滅びゆくのです。
アナタ達が知能さえ持たなければ、こんな事にはならなかったのに______
ああ、今からでも悲しいですネ」
その表情は全く見えないが、悲しんでいない事だけは対峙するシルヴィオにも理解できた。
目の前にいる悪魔は、そうであると決められた世界の摂理を、
____ そう思い込まれている、人間の作り出した概念を、容易く壊す事ができるのだ。
「……さあ、帰りましょ!とりあえずライフルは海に落とした事にでもしておいて、3人でおねんねしてた事にしましょうか」
「え、寝てないし、落ちてないし、何の話、そもそもぼく殺されかけ______」
「知らない方がいい事もあるんです」
道化が愛羅の目を見ると、ゆっくりと意識は黒に閉ざされていった。
自分の中で、なにか大切なものが抜けていく様な感覚と共に。
————————
「…………ん〜〜っ、よくねたぁ……」
パラソルの下は案外心地よく、愛羅は水着のままぐっすりと眠ってしまった。起こしてね、と頼んだはずのシルヴィオも、ビーチチェアの上で見事に熟睡している。
そういえば、と周りを見渡すと、道化と麗は波打ち際でぱしゃぱしゃと水を掛け合って遊んでいた。
……と言うより、道化が適当に麗に水を掛けていると言った方が正しいか。
「どーけ!起こしてって言ったじゃん!」
「え、愛羅そんな事言って___」
「あー忘れてましたすみませーん!そこの人起こしてくれませんかー!?」
おそらく、シルヴィオの事だろう。
おはようと声をかけながら身体を揺らすと、大きな唸り声と共にゆっくりと上体を起こし、周りを見渡した。
「……寝てたのか……」
「ねてたねぇ」
「……弟に、キミ達と絡んだのがバレたら怒られそうだ。
さっさと国に帰ってひとりでバカンスするよ……」
そう言うとシルヴィオは、そそくさとチェアを片付け始めた。
結局、クーラーボックスの中身は2、3本のビール缶だけ。それも中で缶が破れてしまっており、残念ながら氷ごと捨てるハメになってしまった。
せっかく弟と飲もうと思ったのに、とは彼の弁。
「……今日はしんぷさまも怒んないよ」
「そうか?」
「今日はね」
「そうか」
愛羅の言葉に納得した様に、シルヴィオはパラソルの下に座る。
時刻は夕方。
夕日の中じゃれあう道化と麗を、2人は眺めていた。
世界の破滅が目の前にあった事など、何も知らず。
————————
愛羅と兄の絡み、ほとんど書いたことなさそうだと思って書いた。普通くらいの出来。
道化が説明チックな話し方になったのは反省。だけど言いたい事は言えたからいいかな。因子回帰とか概念崩壊、ぜんぜんわかってねーけど。なんだよ概念崩壊って
タイトルが面倒なので解説。韻踏みサイトありがとう。
特別→愛羅とシルヴィオ、愛するものの違い。
天使→ルビは「エンジェル」。愛羅のことです。
14109→ルビは「愛してる」。愛羅ちゃんの「愛の天使」のことです。シルヴィオにも掛けてる。
没タイトル
「破滅、特別、天使、14106」
「破滅は貴方の内側に」
破滅を入れたかったんだけど、キリが悪すぎてやめた。やっぱ3つで終わるのいいね。
とくべつ、えんじぇる、あいしてる!
解説。
・道化は4つの権限を持っており、段階を踏んで解放させる事ができます。
3つ開けたら1、2、3の権限が使えるわけ。ヤバ!
1→CSの通り、『記憶改竄』。名前まんま好きに記憶の改竄が行える。もうチート。
2→説明してないけどいつかネタに使うので秘匿。
3→『因子回帰』。触れたモノをそれが発生した当時まで時を戻すことができる。星スケールの大規模なものは不可能だが、生物も巻き戻し可能。
4→『概念崩壊』。世の中にある秩序を保つ理___という名の人間が作り出した概念を、好きに改竄可能。これ使えば生死さえも歪む。
3つ目開けた時点で世界崩壊シナリオ。4つ目がいつでも開けられるからね、開ける=使う=崩壊確定なので、4つ目開ける前に阻止しないといけないからね。
だけどデメリットもあります。そりゃな。
「肉体を『悪魔のソレ』に変化させてます。」ってヤツ。
変化させる→ [[rb:開> ひら]]けるじゃなくて、開ける→変化するです。
変化するごとに理性が保てなくなっていきます。あんだけ人間に対して理性的に接する悪魔、道化くらいなんだよマジで。契約してるからってのもあるけど。
・愛羅(だった人間)は道化(の体になった人間)と何らかの関わりを持っていたため、そしてそれが道化の肉体、およびそれに宿る魂に刻み込まれるほどの何かを持っていたので、特別になった、と言えるでしょう。2人には何の記憶もないし、愛羅は興味ないし、道化は自分のことじゃないし、って感じだけど。
シルヴィオと神父は双子って時点で特別な存在であるんだけど、いかんせん神父は世界に、暮らしている同居人達にとっての特別になってしまったのでシルヴィオだけのモノじゃなくなったわけです。
だからシルヴィオから見た神父にとっての自身は「特別じゃない」。兄は結構これがコンプレです。兄にとって弟は唯一無二の存在でも、弟からすれば「ぽっと出で兄を名乗る男」なので(その存在に何らかの感情を感じたとしても)。
まあそんな事ないんだけど。
・CSを見れば愛羅の中にニャル様が入り込んだのはわかります。愛羅ちゃんの話をしますね。誕生日だし。
愛羅の中にいるニャル様(暫定)は、自身の力を蓄えている状況です。けどそんなに上手くいってないです。なのでちょっと使ったらその分を回復するために少しだけ休みます。
その時は、愛羅も愛羅らしい事をするようになります。いつもは少し人離れた、演技くさいようなことをしますが、この時の愛羅は人らしく、笑い、泣き、怒ります。
ニャル様が入ってると改竄もなかなか効きませんが、愛羅の時に刻まれた記憶は「人の」記憶なのですぐ消せます。
ちなみにザ・ワールドした時のニャル様が目が赤いのは本人が白髪赤目の時が多いからです。
ぐらいかな。
愛羅ちゃんお誕生日おめでとう、夏物は書きやすいけど服装のコストは何とかしてね!
ちなみに同じコンビこすこすしまくってて恥ずかしいけど、コンビにキャラの根底があるので仕方ないと思うんだわ。しかも三人称視点でしか書けないし、技量的に。
————————
愛羅がその記憶も瞼も閉じて、眠り姫の様にぐっすりと眠っていたときの話だ。
次は俺の番か、と腰を上げかけたシルヴィオは、僅かな吐き気と憎悪を腹に抱えたまま、ひとつ言葉を投げかける。
「……なあ、悪魔」
「紫樂道化とお呼びください。なんです?今更タンマなんてダメですから」
そんな事するわけないと言いたげに彼は笑いを浮かべた。
じゃあ何なんです、とくぐもった声で問う道化にシルヴィオは答える。
「キミはどうして愛羅くんが『特別』なんだ」
その目は。
その目は、諦観だった。その関係を慈しみ、もう届かないだろうと知っていた瞳だった。
道化は、珍しい弱気な質問に靄の中で目を瞬かせる。そして、息を吸う。
「ワタクシが『特別であれ』と選んだわけではありません。
『特別』と言うのは、魂単位で刻まれるものですヨ」
「……そうか」
「ワタクシにとって愛羅さんは面白いものであり、特別ではありません。そもそも、悪魔には情がありませんので」
ただ、と、道化はひとつ区切りをつける。
「ワタクシの『身体』は、ワタクシではありません。死んだ人間です。
……彼の魂に刻み込まれた『特別』が、愛羅さんを特別たらしめるのでしょう」
そういうものか、とシルヴィオは笑った。
そういうものです、と道化は応えた。
その記憶は、誰の元にも残る事はない。
しかし確かに、そこに歩み寄ろうとする2人は有ったのだ。
帰り際、麗の運転する車でシルヴィオは神父と話している。と言っても、ほとんどが一方的な愛の言葉であり、神父は辟易として聞くことさえ放棄している。
道化は、彼から消えた記憶を返したくて堪らなかった。
彼はもう神父にとっての『特別』であると、言ってやりたくて仕様が無かった。
それでも、彼には何もする事ができない。自身は彼にとっての敵であるからだ。
深く溜息をついた。
悪魔である以上、この様な感情に惑わされる事など、一度もないと思っていた筈なのに______。
疲れた身体と悲しみに暮れる思考を預け、道化はゆっくりと眠りについた。