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    shakota_sangatu

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    shakota_sangatu

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    吸・血・鬼化して真祖返りして暴走しているロナ君の話 をぽいぽいしました

    時系列的にこれのあとに、氷・笑・卿と雛の君となります。

    #ドラロナ
    drarona

    Please call me 私にとってはなんてことない『死』が、彼の上に降り注いだということ。

     絶体絶命

     だったのだ。

     それはある晩、月が登ってすぐの頃。
     エコバックを手に買い出しをしようと、人影もまばらな街並みの中を並んで歩いていた時に。高層ビルの外壁にかけられた工事の足場の横を、鼻歌交じりに通り過ぎたあとのこと。
     ちょうど、小さな子どもを連れた母親が道の向こう側から歩いてきて、私達と交差したあとに同じく工事現場の横を通り過ぎようとしていたのだ、たぶん。
     曖昧な理由は、私は彼女らにさほど興味がなく、振り返りすらしなかったから。だから私は、彼女たちがどんな行動をしたのかは知らない。ただきっと、急くように小走りになっていた子どもが、親の手から離れて先に工事現場の下へと足を踏み入れたのだと思う。

     ガチャン。

     アスファルトを抉る、鉄骨の音がして、振り返ればもうすべてが終わっていた。

     いや、地獄が始まっていた。

     思わずジョンを抱き寄せながら、振り返った私は、隣にいたはずのロナルドがいないことにすぐに気づいて。──、そしてすぐ、残骸と化した工事現場の鉄の骨組みを見た。
     ぞくりと、心臓が冷たくなる感覚……。脳内で警鐘が鳴って、心の底で誰かが「見るな」と叫ぶ。
     けれど、そういうわけにはいかなかった。……、だって、ロナルド君はそこにいるのだから。
     私は息も上手くできないまま、よろめくように地面に積み重なった鉄骨の方へと近づいた。何かからこどもを受け止めた姿勢のまま、足が竦んで立ち尽くしている母親の横を通り過ぎて。
     私は、そこへと、片膝を付く。

     そこには、鮮烈な「赤」が咲いていた。

     かぐわしいほどに芳醇な赤を滴らせて、鉄骨の下敷きになっているのは見知った美丈夫の姿。
     ぐったりと、弛緩した上半身が見えた。けれど下半身は、鉄骨の下敷きになっていて全く見えない。──、見えなくとも、そこから香る芳醇な「血」の匂いを嗅いでしまえば、どういう状況下は手に取るように分かった。
    「あ、死ぬな」
     心の中の、何故か冷静な部分がぽつんとそう呟いて。……、その瞬間、スローになっていた時間の流れが戻ってくる。
    「きゃ─────!!!!」
     女の子の母親が、狂ったように叫んだ。……、耳障りだな。
    「うわああああん」
     女の子が、火のついたように泣きだした……、ちょっと黙ってよ。
     周囲の喧騒、誰かが駆け寄ってくる気配。そんなすべての音が邪魔で煩わしい。
     だって、お前たちではもう、彼をどうすることもできない。
    「駄目だよ、ロナルド君」
     だから私は、死にかけている彼の名前を呼ぶ。
     決心は一瞬だった、私の中で、するべきことはもう確定している。私は誰かが何かをするよりも早く、地面に這いつくばるようにして、アスファルトに広がる真紅を啜った。
     彼を飲み込もうとした死ごと、私は口いっぱいに彼の血を含んで、胃の腑の底まで嚥下をして。──、そして、毒腺に彼の血を覚え込ませる。
     誰かが止めようとする、邪魔だな。
     分かってるとも、この行為に同意を得た事は無い。
     けれど、いつか彼を血族に迎え入れるという願望はあった。それは、半世紀先の未来におねだりしようとしていたこと。吸血鬼の感覚であれば、それは明日のような日常だ。
     ならば、今『変わる』のも明日『変わる』のも一緒じゃないか。
     彼は、こんなところで、死んでいいはずがないのだから。
     彼に人間としての時間が残されてないのならば、せめて私達の時間を与えてやらなければ。
     彼の血を舐めたのは今が初めだという、それだけが少々呪わしいけれど。──、私は、我が血と誇りにかけて、彼を夜の世界に迎え入れてみせる。
     人間達に引き剥がされかけ砂になりかけようと、首だけは形を保って。
     そうやって。
     私の鋭い牙は渾身の力で彼の肉を咬み、精製した『毒』を彼の中に注ぎ込んだ。

     私の全てを賭けて、君を生かしてみせる。

     ロナルド君、だから、だからどうか、死なないで。

     いつまでも、私と一緒に、踊るような時間を過ごそうじゃないか。

    【我が竜の血にかけて】

    【真祖よ、彼を救い賜え】

     命を注ぎ込むほどの、懸命な願いとは、それはもう呪なのではないのだろうか。
     偉大なる闇の純血を継いだ吸血鬼の悲願は、確かに聞き届けられた。
     倒壊する鉄骨から、小さな少女を助けて、代わりに下敷きとなった男の、止まりかけた心臓が脈打つ。
     青白く変わりかけた肌に血の気が戻り、ぐちゃぐちゃになった身体は元の形へと。
     そうして、瀕死の男は、何事も無いように、重厚な鉄骨を紙のように捻じ曲げながらその場から立ち上がった。
     居合わせた人々は息を呑む……、立ち上がった青年の銀の髪が月の光を弾く様を。微睡から目覚めるように、ゆるりと開いた青い双眸に赤が混じって覆い隠していき。やがて、瞳孔が、鮮烈な金色に染まるのを見届けて。
    「────────!!!!!!」
     間髪入れずに放たれた、喉が爆ぜるような凄まじい雄たけびに、彼等は畏怖して意識を失った。
     その戦慄の幕間を、全て見届けたのはドラルクの丸き使い魔だけ。
     その、生まれ出でた美しい吸血鬼が、瞬く間に背に竜の翼を生やして、夜闇の中へ飛び去って行く姿を。ジョンというアルマジロは、震えながら見届けると、意識を失っている主人を必死に揺さぶった。
    「ヌヌヌヌヌヌ……、ヌヌヌヌヌヌ」
     呼びかけに、ドラルクは目覚めない。それはそうだろう、ドラルクはロナルドを転化させるために持てる力の全てを投げうった。
     ──、そう。全身全霊の願いは、産まれたての『こども』に力を与えすぎたのだ。

     ほら……、今も遠くで。闇の中、凶悪な竜の遠吠えが聞こえる。

     退治人ロナルド……、のちに吸血鬼死なないと呼ばれる畏怖すべき吸血鬼は今、暴走している。


      ★★★


     ドラルクがロナルドを吸血鬼化させた。

    その知らせを受けた時、ヒヨシはドラルクを二度と再生できない果てまで念入りに殺してやろうと決意し、けれどすぐ、そうせざるを得なかった経緯の報告を受けて抱いた殺意を鈍らせた。
     鉄骨に押しつぶされて、命の灯が消えかけたロナルド。
     自分達人間であれば、看取る事しかできない状況下で、ロナルドの命を繋ぐという選択があったのはドラルクが吸血鬼だったからで。
     自分がその状況におかれたとして、はたして、ロナルドの死を受け入れる覚悟ができたろうかと。
     いやきっとできなかったと、たった二人だけの家族の笑顔を思い浮かべながら、ヒヨシは藁にも縋る思いでドラルクに縋る自分の姿を幻視した。危険な仕事に身を置くことを赦している癖に、きっと極限の状況では本人の望まぬ方向に舵を切る自分の姿が見えたのだ。
     だから、ヒヨシはドラルクへの殺意を飲み込んで。覚醒と同時に暴走を始めたという『ロナルド』の捕縛を行うための指揮をとるべく動き始める。
     突如現れた強大な吸血鬼の報告は、街に住むダンピールや吸血鬼達から既に報告が上がっていた。
     竜の翼を生やし、新横浜の空を翔ける吸血鬼……。畏怖を撒き散らすその脅威は、銀の髪に赤い目の人型をしているのだという。
     なんで、あんなすぐ死ぬ吸血鬼から、ラスボスみたいな吸血鬼が生まれるのだという疑問は、ドラルクの血筋を考えれば氷解していく。
     竜の一族と呼ばれる危険度Sランクの吸血鬼集団、その超新星としてロナルドが爆誕したのだと。
     ともすれば、人類への脅威として弟が討伐されかねない展開に、冷や汗が禁じ得ないヒヨシだった。
     この極限の事態を招いたドラルクは、まだ目を覚まさないのだという。
     ロナルドの転化のために持てる全てを投げうったが故に、スリープモードに陥っているのだと。使い魔のジョンからの要請を受けて駆け付けたという、ドラルクの父親は吸対の職員にそう説明したらしい。
    『ロナルド君のことは自分たちに任せるように』
     部下にそう言い残して、姿を消したという吸血鬼ドラウス。それを青い顔で報告した部下の様子と、蚊帳の外にされようとした事実に苛立ちを覚えながら。
    「俺は、兄ちゃんじゃぞ」
     たった二人の肉親という、一線を画す事実を免罪符に掲げた。ヒヨシの呟きは、荒々しい靴音によって夜の闇にかき消されていく
    「隊長!」
     現れたのは、ロナルドの同級生であるダンピールだった。
    「半田か!」
    「あっちです!」
     吸血鬼の探知能力に優れた部下は、鋭い口調でそう言って走り始める。突然現れた危険度Sランクの正体不明の吸血鬼、という名目で吸血鬼対策課からその行方を追われているロナルドは、竜の翼を持つ異形な見た目でありながら、まるで闇と同化するかのようにその姿を晦ましては、その姿をランダムに夜空に現していた。
     一所に留まる時間はだいたい10分ほど、夜空に完全顕現したロナルドの気配を察知した半田のあとを追っていけば、奇しくもそこはハンターズギルドの真上で。
    「あ、れは、……、」
    「ロナ、ルド……?」
     見知った顔のハンターたちが、困惑した様子で夜空を見上げていた。ギルドマスターゴウセツが、駆け付けたヒヨシを見て何かを察したように眉を寄せる。
     その光景は、悲痛を呼ぶには充分だったから。
     ロナルドの……、彼等にとって馴染み深い赤い外套を、より深い赤に染めた人型が。その背に竜の翼を生やして、赤く変わった目の瞳孔に荒々しい金の光を浮かべて。円形の卵のような半透明の殻の中で、雷光を生みながら中空に留まっている。
     その姿の、なんと荘厳な事か。
     創世記を思わせる、美しき魔物の顕現に、その存在から溢れるオーラに、退治人たちは少しばかり慄きながら。なにより、その魔性が、見知った男と同じ顔をしている事に動揺した様子で。
    「ロナルドっ!!」
     きっとロナルドと仲が良かったのだろう、サテツという名前のハンターが吠えるように名前を呼んだ時。胡乱な顔のロナルドが、きろりと目を動かして、己の足元に集まっている人間達の姿を『視た』のが分った。──、次の瞬間、悪寒を感じたのはきっと正しい生命反応だ。生まれたての吸血鬼が、ごくりと喉を鳴らす音を、ヒヨシは確かに聞いた。
    「麻酔銃、撃て!」
     ドドドドドッ!!!
     ヒヨシの号令に応じて、サギョウ達がロナルドに麻酔弾を撃ち込んだ。高等吸血鬼にも効果のある、強力な麻酔銃であれば、きっと生まれたての吸血鬼に対抗し得るだろうと。
     その予測は、外れる事になる。
     ロナルドは、無事だった。……、打ち込んだ弾丸は全て、彼を追おう殻のような卵の膜に阻まれていた。パラパラと、勢いを失った弾丸が雨のように落ちてくる。
     人間の攻撃は一切通用せず、それどころか、ただ浮遊していただけだった『脅威』が、こちらに興味を抱くきっかけを与えてしまったらしい。
     ロナルドは無言で、翼を羽ばたかせた。
     その瞬間、半透明の卵の殻のような膜が割れて、内側からオーラのような金色の筋が吹き出した。
    「っ、」
     吹き飛ばされそうな衝撃に、思わず腕を前に出して頭を保護する。それぞれが、それぞれの方法で吸血鬼の放つオーラをやり過ごしている中で。
     じっと、その様子を見ていたロナルドは、楽しそうに笑った。
     無邪気に蟻を踏みつぶす幼子の残酷な笑み、そのあとに、ロナルドがゆっくりと降りてくる。
    「ロナルドぉ!」
     最初に我に返ったのは、ダンピールである半田だった。彼は、そのロナルドのオーラに耐えながら、その傍に駆け寄ると、日本刀を抜いて切りかかった。
     韋駄天の如き一撃は、危険度Sランクの吸血鬼にどれほどのダメージを与えるか……。

     コトン。

     その一撃は、なじみ深い男の首を跳ね飛ばして。あまりに無防備に、あっけなく、その一撃が通ってしまったことに、刀を振りぬいた半田が、呆然とした顔でロナルドの方を振り返る。……、ゴロリと転がったロナルドの首は、瞬きもせずに半田を見つめていた。
    「ロナ、ルド……?」
     半田が、刀を取り落として、そろそろと首に向かって手を伸ばす。殺してしまったかもしれないという、恐ろしい想像に顔色がサアッと青ざめていく。
     しかし、直立に立ち尽くした身体から、血が吹き出すことはない。
     転がっている首もまた、断面は黒い霧のように揺らめいている。

     ニイッ……。

     ロナルドの首が、笑った。
     呆然と立ち尽くす人間達を見て、ソレは愉快そうに笑った。ケタケタ、ケタケタと愉快そうに。前衛的なアートよりも、いっそう醜悪な姿に、人間達が畏怖するのは当然で。
     闇に畏怖したが最後、次の瞬間には犠牲者がでる。
     首が、飛んだ。
     半田の首筋を目がけて、ロナルドの首は飛び。鋭い牙を剥いて、その肌に噛みつこうとした瞬間に。
     割り込んだのは、吸血鬼だった。
    「やめなさい、ロナルド君!」
     半田桃を弾き飛ばし、ロナルドの首に掌底を叩きこむ。
     その瞬間、生首だったものは霞へと姿を変えて、瞬きの合間に置き去りにされていた肉体と繋がっていた。
    「やめなさい、幼い子」
     ダンピールの身体を、食い破れなかったことに。悔しそうに、顔を顰めるロナルドに対して。
    「正気に返った時、罪悪感で死んでしまう」
     あやすように、語り掛ける男。
     それが、ドラルクの父である吸血鬼で。彼がこの場に間に合ったということが、幸運にもロナルドによる犠牲者を0に抑えることへと繋がった。
     吸血鬼ドラウスの介入によって、人に牙を剥きかけた魔性の意識がそちらに移る。
     まるで縄張りを荒らされた獣のように、ロナルドが牙を剥けば、その両手にはメキメキと白い竜の鱗が浮かびあがり、赤い外套と一体となりながら竜の腕へと形を変えて。
     グギャアアアア……!!! 咆哮が、上がる。
    「私が、時間を稼ぐ」
     半竜化したロナルドに相対するように、ドラウスの姿もまた白銀の狼へと変貌していく。雄の巨大な狼は、唸り声のようにそう叫ぶと。
    「人間よ、逃げろ」
     次の瞬間、突貫してきたロナルドと激突した。
     竜の翼を踏みしめて、抑えつけるドラウスと。目を爛々と輝かせて、無邪気に愉しそうに抵抗するロナルド。
     牙と爪が交錯する、彼等の攻防は明け方まで続き……。
     そして、夜が明けた。
     朝の陽ざしが浮かんでなお、日の光の下で灰になることなく、上空に舞い上がって飛び去って行ったロナルドの姿。
     その姿は、応援として駆け付けた職員たちに目撃され。
     誰が呼んだか、吸血鬼『死なない』
     生まれたての異形は、その不死性とともに、人々に畏怖されることとなった。



     ★★★





     時は少し遡る。

     ロナルド君を吸血鬼にした、ドラルク様が目を覚まさない。
     ジョンからの悲痛な連絡を受けて、風よりも早く闇を翔けたドラウスが。倒壊した瓦礫の傍で倒れている愛しい息子と、その息子に取り縋っているジョンを見つけたのは世界が夜を迎えてすぐのこと。
     ジョンから聞いた概要で事の次第を理解したドラウスは、その場にかけつけた吸血鬼対策課の職員に端的に指示を出し、息子を抱えて主人不在の事務所へと向かった。
    「大丈夫、ドラルクはちゃんと目を覚ます」
     ほろほろと泣き続けているジョンにそう伝えて、息子を見守るように言い聞かせた後。ドラウスが操作したのは、スマートフォンのトークアプリだった。
     全ては、この場を収束できる唯一人を呼ぶために。
     そして自らは、その人物が到着するまでの、時間稼ぎをするため、再び闇の中に身を投じ……。
     辿り着いた人垣、見つけたのは凶行の現場。
     眠れる雛を刺激して、竜を解き放とうとする愚かな人の子達。暴走している幼子から彼らを護るべく、ドラウスは今まさに食わるところだった半田を弾き飛ばした。
     首だけのロナルドに掌底を叩き込めば、想像通り手ごたえは無かった。
     霧へと形を変え、人の形を取り戻した幼子が。玩具を取り上げられた子どものように、不服そうに顔を顰めたのに悪い予感が的中する。
     これは、ただの暴走で無く……。芽吹き出でた吸血鬼の本能が、その残虐な無邪気さでもって人間達を玩具にしようとしていたのだと。
     解ってしまったがゆえに、止めねばならないと思う。
     ドラウスは別に、人間に対してさほどの愛着があるわけではない。けれど、一族として、人間と友誼を結ぶと決定しているからこそ。そしてなにより、本能に呑まれているロナルドの、その本当の心を知っているからこそ。
     止めてやらねばと、ドラウスは、我が子を想うような心地で、赤い目を爛々と光らせているロナルドを見つめた。
     縄張りを荒らされた獣のように、ドラウスに牙を剥いたロナルドが、その両手を竜化させていく……。アルビノの白い竜、闇に在りながら光を宿すような姿は、ドラウスの父が竜化した時と対極のような形で。
     嗚呼、なんという素質だと、思わず感嘆の息を零しそうになる。
     竜の一族、そう呼ばれる由縁である竜の姿。父である真祖が、何度か変じてみせたことのある形をとれるロナルドには、まさしく素質があったのだろう。
     もしくは、ドラルクの願いが、彼をそこに導いたのかもしれない。
     死なないでほしいと言う、強い願いは呪いと成り、ロナルドの命を救った。だが、代わりに狂乱をもたらしている……。
     まるで、悪趣味な童話のようだ。
     そんなことを思いながら、ドラウスもまた白銀の狼へと変じた。そして、人間達に忠告を投げかけて、突貫してきたロナルドを迎え撃つ。
     爪と牙が交差する。
     互いに強大な高等吸血鬼であるがゆえに、その戦いに容赦は存在しなかった。
     白銀の狼は竜人に飛び掛かり、押し倒してその腕に喰らいつく。けれど、硬化したロナルドの腕に狼の牙は通じず、ロナルドは身を捩って爪を振り回そうとする。
     狼の身体を切り裂こうと、その肉を食いちぎろうと。暴れるロナルドの動きは、その俊敏さと凶悪さに反して、野原を駆ける小鹿のように愉しげだった。
     そう、ロナルドは、遊んでいるつもりなのだ。
     強大な力を有する者にとって、その行動の全ては『じゃれあい』に過ぎず。殺すことも、害することも全て、ただ野花を毟るような何気ない行いに過ぎない。
     だからこそ、止めなければならない。
     ロナルドの意識を、目覚めさせなければならないのだ。
     ましてや、人間を傷つけさせるわけにはいかない。
     このままでは、この子は、害することにしか喜びを見いだせない、ただの怪物に成り果ててしまうから。
    「ロナルド、目を覚ませ!」
     竜爪の一撃を霧化して避けながら、ドラウスはロナルドを再び地面に抑えつけた。背中を踏みつけて、全体重をかけて押し留める。
     ロナルドは、翼を大きくはためかせて、不服そうな唸り声を上げた。身をよじり、アスファルトを引っ掻いて、凄まじい怪力で起き上がろうとする。

     ああもう、早く来てくれないかな!

     ベネズエラに行っているはずの某人物を心の中で呼びながら、ドラウスはドンドンドンと自分を奮い立たせる。逃すわけにはいかず、負傷させてこれ以上暴走させるわけにもいかず。見た目以上のギリギリの攻防戦を強いられているがゆえに、心に住み着いた劣等感がじくじくと呪わしそうに弱音を吐くのだ。
     真祖に、自分が叶う筈が無いと。
     真祖の息子である自分は、竜化するような大層な能力は無く。
     ロナルドは、確実に『真祖返り』としての能力を覚醒させている。
     そのことに、嫉妬することはない。そんなものが無意味であることは、長い長い生の中で知っている。ドラウスはただ、ドラウスにできることをするだけなのだ。
     そう、だから今も、こうやって、ロナルドを止めている。
     敵わないよぉと、弱音を吐きそうになるけれど、そんなことはないと自分に言い聞かせている。

    『 はなれて、ドラウス 』

     そんな、ドラウスの心に届いたのは、待ち望んでいる人物の声。
     テレパシーで語り掛けてきた人物の、その言葉に目を見開いて。ドラウスは、ロナルドの上から飛びのいた。解放されたロナルドが、体を起こして再び唸り声を上げる……。
     その刹那、闇より『■■』は現れた。
     それは無数の蝙蝠の群舞……、小さな影はロナルドを取り囲み、翻弄するように周囲を舞飛んだ。ドラウスから、腕を振るっても纏わりつく蝙蝠へとロナルドの意識が逸れていく。

    『帰るよドラウス、夜が明ける』

     その言葉に、ドラウスは空を仰ぎ見る。だんだんと星たちが遠のいた、端の方はうっすらと白くなり始めた群青色の空を。
     群青はもうじき、橙色に焦がされることだろう。
     ドラウスはギリっと牙を鳴らすと、狼から人へと姿を変えた。そうして、待ち望んでいた人物……、父である真祖に言われるがまま、薄れ始めた闇の中へと退却したのである。
    「お父様、ロナルド君は……、」
    「大丈夫」
     すぐ隣から、返答が帰ってきた。器用に鬼ごっこを興じたあと、蝙蝠から人の姿へと変わった真祖は、感情の読めない顔でロナルドの気配がする方向を見つめた後。
    「あとは任せて」
     そう言って、ウインクをしてみせたのだった。

     事態が動くのは、それから12時間後のこと。



     ★★★



     まるで、夜の帳のように。

     まだ闇が訪れていない、夕暮れ時でありながら上空に現れた恐るべき吸血鬼。
     その背には昨晩のような翼は無く、恐ろしくもこの短期間で念動力を使いこなして浮いているようだった。
     吸血鬼『死なない』……、まだ生まれて日が浅いにも関わらず、人に忌まれる呼び名を与えられた荒れ狂う同胞の前に。
     ソレもまた、同じく唐突に現れた。
    「おヒマ?」
     夜の闇とは程遠い、端の方が僅かに黄昏を帯びた空の上に。太陽の黒点のようにじわりと滲んだ黒色は、すらりと背の高い人の形をしている。暴走する銀色が『真祖返り』と呼ばれるモノならば、その『真祖』そのものである吸血鬼もまた、太陽の光に肌を焼かれることはない。
     闇の眷属でありながら、陽光でもっても退けることができぬ二つの怪物は、新横浜の上空200メートルほどの場所で相対した。
    「ねぇ、ポール君」
     真祖は再び、目の前の灼華の銀色に問いかける。銀の髪と青い目の、真祖の懐古の中に焼き付いた存在とよく似た魂を持つ青年は、きろりと目を動かして真祖を見るものの。
     暴走した心に、彼の呼びかけは届かない。
    「ガァ────!!!!」
     人間を容易く卒倒させる、ロナルドが放った衝撃波を。真祖は夏の夜風のようにひいらりと受け流し、ワルツを踊るような足どりで距離を詰めた。
     そうして、真祖は片手を掲げる。呼応するように空から現れたのは黒い鋲、念動力によって練られたそれは、手の動きに合わせて青年に向けて射出された。
     10を超える鋭利な刺突に、青年は穿たれるも……、すぐにその姿が無数の白い蝙蝠となり崩れ落ちていく。
    「──、───、」
     蝙蝠は再びロナルドの姿をとったものの、その姿には片腕がなかった。
    「ガァァァ!!!!」
     片腕があるべき場所には、小さな蝙蝠の群れが一つ。それは、ロナルドが咆哮を上げると同時に一頭の翼ある獅子へと姿を変えて真祖に喰らいつく。
     獣の牙と爪を、避けることは容易かったろう。
     同時に、掌から血の刃を生やしたロナルドが、真祖の喉笛を狙って刃を振るった。
     赤い歪な剣を受け止めたのは、硬化された真祖の片腕。
     そのまま、彼は念動力でロナルドを弾き飛ばし、翼ある獅子の額を拳で打ち据える。
     獅子は蝙蝠へと姿を変えて、再びロナルドの片腕に繋がった。
    「───!!!」
     その瞬間、ロナルドが真紅の爪を振るう。鋭利な影が生じたと思えば、血潮は赤い斬撃へと変わって。真祖はそれを躱した物の、ローブの端がスパッと切れた。
     明らかに、昨夜よりも能力の扱いが上手くなっている。
    「やるねぇ」
     切れた服の端が、ひらひらと落ちていく……。それを横目に、賛辞を紡げば。
     にぃっ……、青い目を赤く染めた青年が、他者を害したことへの喜びを、口の端に宿した。
     その禍々しい姿に、真祖と呼ばれる吸血鬼はただ淡々とした眼差しを向ける。
    「戻っておいで、新しき我が同胞よ」
     声は、──、まだ、届かない。
     黄昏が先ほどよりも青を食んだ空の上で、『真祖返り』と『真祖』は人智を超えた戦いを繰り広げようとしている……。


     声が、聞こえた。


     眠っていた、こんこんと、こんこんと。
     眠り続けていた、深く、深く、深く……。
     もう二度と光が届かない深海の底に沈んでいるように、身体がどうしようもなく重たくてぴくりとも動かない。
     けれどずっと、声が聞こえていたのだ。
    『    』
     小さく、か細い声で。迷い子のように、頼りない震えた声音で。
     君が。
     ずっとずっと、私の名前を呼んでいる。

     だから、目覚めなければならなかった。

     ドラルクが目覚めた時、世界はまだ夕暮れの中で泣いていた。
     夕焼けが届かない場所に置かれた棺桶の中で目覚めたドラルクは、直後に使い魔であるアルマジロに縋りつかれてうっすらと目を細める。
     愛らしいマジロが、どうして泣いているのか。
     ドラルクには充分、その心当たりがあった。
     思い出すのは、赤でありながら忌まわしい色彩。積み重なった鉄骨と、その下で倒れ伏した人の子の姿。
     彼に、自分が何をしたのかを知っている。
     そして、その後、彼がどうなったかも、なんとなくわかっている。
    「ジョン、心配かけたね」
    「ヌヌ……、」
     ひとまず、ドラルクは、泣き疲れた顔のジョンの頭を優しく撫でた。そして、ゆっくりと起き上がって傍のソファベッドに視線を向ける。
    「……、お父様」
     ロナルドが普段使っているソファベットで、ドラウスが寝づらそうに身体を丸めて横たわっていた。その表情は疲れていて、夢を見ているのか瞼の下で眼球が動いている……。
    「ジョンが呼んでくれたのかい?」
    「ヌヌヌヌヌヌヌ、ヌヌヌ!」
    「えっ、お爺様……? ……、なるほど、」
     使い魔の説明で全てを理解したドラルクは、父親の方へと足を踏み出した。……、身体はやはり、まだ重たく。辿り着くだけで、三回は死ななければならなかったが。
    「お父様」
     ようやく眠る父に触れて、ドラルクはゆっくりとその身体を揺さぶる。
    「起きてください」
    「んっ……、んむっ、おとうさ、んぐっ、」
     くわっと、ドラウスの目が開いて跳ねるように起き上がった。
    「はっ!お父様の紅茶を飲んだら寝ていたっ、っ、ドラルク──!!」
     バネのように飛び起きたドラウスに驚いて、ドラルクはもう一度砂になり父親を泣かせることになる。
     けれどすぐ、ドラルクは人の形に戻って。
    「行きますよ、お父様」
     父親を感激させる、凛々しい表情でそう言った。
    「ドラ、ルク……、」
    「ロナルド君を止めないと、暴走してるんでしょう?」
    「うん。……、もしかしたら、御真祖様がもう止めているかもしれない」
     父親を起こそうとするドラルクに、ドラウスは眠る前のことを思い出しながらそう言った。そう、真祖であるドラルクの祖父は、ロナルドについて「あとは任せて」と言い。ロナルドの事務所に戻ると、疲弊したドラウスをソファベッドに座らせて紅茶を飲ませたのだ。眠りに落ちる寸前に、御真祖様が形容しがたい表情でドラルクを見下ろしていたことを覚えている。……、だから、もしかしたら、もう、御真祖様が全て解決しているかもしれない。
    「駄目です」
     ドラウスの言葉に、ドラルクは子どもの駄々のような言葉を吐いた。
     嫌です、でもなく、ドラルクは「駄目」と。息子は、祖父によって騒動の幕が引かれることを厭っている。
    「彼は私の眠り姫なんだから、私の声で目覚めさせないと駄目です」
     顔を歪めて、苦しそうに、独占欲と呼ぶべき感情を滲ませて、言い切った。
     息子の様子に、ドラウスは大きく目を見開いて。
    「行こう」
     そう、言った。
     外を見れば、黄昏時は既に終わりを迎えて、ノクターンが聞こえてきそうな夜が訪れようとしている。父は子を背に乗せると、両手をオオコウモリのそれに変えて飛翔し始めた。


     そして、『真祖』と『真祖返り』が戦いを繰り広げ始めた頃、二人はその場所に辿り着く。


     空間を軋ませながら、白と黒の念動力がぶつかり合う。
     斬撃が、炎が、氷が、空を彩って燃え残った夕陽を反射する。
     片手から生やした赤い血の剣を、勢いよく突き出したロナルド。その一撃を、ロデオのように真祖が軽やかに避けた時。
    「お待たせ」
     真祖はそう言うと、無数の蝙蝠へと姿を変えた。
    「ガァ?」
     ロナルドが、首を傾げる。それは、昨夜と同じ状況。素早く動き回る大軍を相手にしては、なかなか狙いを定める事ができない。
     ロナルドは己を取り囲む蝙蝠をきょろきょろと見渡し、ぶんぶんと闇雲に血の剣を振るった。衝撃波を生む斬撃は、蝙蝠の羽根を掠るも、分身はすぐに形を取り戻す。
    「グルルルル、」
     不快さを感じたのだろう、ロナルドは青筋を浮かべて唸り声を上げた。……、その、顔に竜の鱗が浮かび、背中を突き破って翼の骨格が生えてくる。両手もまた白い竜の爪を宿した怪腕となり……、一匹の白いドラゴンが、新横浜の空に翼を広げた。
     どうやら剣の攻撃をやめて広範囲に向かった攻撃を繰り出そうとしているようだった。
     自分を取り囲む蝙蝠を蹴散らして、下界の人間達で遊ぶつもりなのだろう。
     嗜虐的な色を浮かべたピジョンブラッドの双眸が、蝙蝠を早く蹴散らしたいと焦れている……。
     白竜が翼を広げて、衝撃波を放とうとした、その時だった。
     パッと、蝙蝠が姿を消して。その黒い大軍に身を隠すようにして、接近していた誰かが竜の上に落ちてきた。
    「ガ……、ァ?」
     その誰かは、ぽかんと、口を開けた竜の、鱗で覆われた手の甲に己の手を重ねる。
    「お待たせ」
     それは、真祖の孫であり、貧弱な存在であるはずのドラルクだった。
     ドラルクは、砂になることなく、恐ろしい白いドラゴンの前で微笑みすら浮かべて。
     こつんと、額を寄せる。
    「グギャアアアア!!!」
     真祖返りは、煩わしそうに、爪で目の前の吸血鬼を切り裂こうとした。
    「ロナルド君、」
     けれど、──、動きが止まる。
     爛々と金に輝く瞳孔の赤い目が、まるで親を見つけた幼子のように目の前の吸血鬼を視界に縫い留めて。……、次の瞬間、思い出したように、ぽろりと一筋の涙が零れ落ちる。
    「ロナルド君」
     ドラルクは、再び名前を呼んだ。……、ぴしりと、ドラゴンの表皮に無数の罅が入った。
    「ロナルド君、迎えに来たよ。……、私と一緒に帰ろうよ」
     そうやって、真祖の孫が夕飯に誘うような柔らかな声を紡いだ時……。
     竜の口が、ちいさく、動いた。
    「──、ど、」
     白竜の唇が、懸命に、声を紡ごうと何度も何度も喉を震わせて。
    「──、ど、ら、こー?」
     ようやく、紡いだ言葉は、たったの三文字。
     けれど、それは、ロナルドが目覚めた証。
    「そうだよ」
     ドラルクは、ふにゃりと、笑った。
    「帰ろう、ロナルド君」
     ───、パキン。何かが割れる音がした。
     鎧のようだった白い竜化した部分が、粉雪のように散りながら空気に融けていった。
     そうして、蛹が羽化するように、ナカから現れたのは、ロナルドと呼ばれる人間だったもの。
     吸血鬼化した彼は、僅かに15.6くらいの幼い見目となり。ぶかぶかの赤い外套に包まれたまま、ドラルクの腕に納まる。
     転化の影響か、僅かに幼い見目となったロナルドを、ドラルクは愛しそうに抱きしめると。
    「……、御真祖様、着地は任せました」
     そう言い残して、遠い顔で垂直落下を始めた。
     すぐさま、二人は、真祖の念動力で掬い上げられる。終幕をあらわすように、ドラルクのマントと、ロナルドの外套がひいらりと揺れたのだった。


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