お返しは322日後に「……茨、これあげる」
そう言って凪砂が渡してきたのは、青いリボンと水色の包装紙で可愛らしくラッピングされた小さな箱。彼の卒業式も数日前に終わり、不要になった制服や私物の類を整理する手筈を整えている最中のことだ。
パソコンに向き合っていた手を止めてソファに座っている彼の方へと向かい、直立の姿勢で凪砂の手から箱を受け取る。見た目に違わずあまり重みを感じないそれを観察していると、ソファに座ったままこちらをじっと見つめてくる凪砂の視線に気が付いた。表情こそ普段通りぼんやりしているが、その瞳はどこか期待が込められているようにも感じる。
茨が箱を開けて中身を見るのを待っているのだろう。
「開けてもよろしいですか?」
「……うん」
断りを入れてリボンへ手をかける。簡単に解けたそれを落としてしまわないようにポケットに入れて箱を開いた茨の目に飛び込んできたのは、色とりどりの鉱石が詰め込まれた丸缶だ。紫や水色、赤や黄色など本当に様々な色が詰まっている。
なぜいきなり石をと思ったが、それを口にする前にその正体に思い至る。よく見れば形は不揃いだが色の透明度は均等で、重さも石が詰まっているほどではない。
「──琥珀糖ですか」
「そう。綺麗でしょう」
なんとも石の類が好きな凪砂らしい中身だ。さしずめ卒業に際して粉骨砕身のごとく尽くしてきた下僕への労いといったところだろうか。
「ああ! 閣下から贈り物を賜るとは、まさに人生最大の幸福! 全身が喜びに打ち震えております!」
「喜んでもらえて嬉しいな」
大仰に喜んで凪砂を見ると、彼も満足そうに頷いている。実際、本物の石を貰ったところでペーパーウェイトくらいにしか使い所がないので、砂糖の塊で助かったという気持ちもある。
「……今日はホワイトデーといって、好意を伝える日なんだって。飴を贈るのも『好き』という意味らしいから、好きなものの形にしたらもっと伝わるかなと思って」
微笑みながら告げられた言葉に、茨の表情が固まる。好意を伝えるプレゼントだと聞いて、ただの糖分と思っていたそれの重みが一気に増したような心地になった。
返答に困って目を彷徨わせている今も、凪砂の視線を強く感じる。好意といわれてもどう答えていいかわからない。
いや、そもそも──
「……まあ、茨からバレンタインデーの贈り物は貰えてないんだけど」
「ですよね」
期待してるとは思わないだろう、相手は乱凪砂だぞ。とは、さすがに言わないでおいた。