「──申し込ございません!」
自分たち以外の誰もいない専用応接室に、茨の大きな声が響く。きっちり九十度に腰を曲げて、綺麗に畳まれた制服をこちらに向かって差し出している。
「……ああ、やっぱり茨が持って行ってたの」
凪砂はそんな彼に目を向けて、小さく呟いた。
彼が制服の上着を間違えて寮を出てしまったのは、今朝のこと。朝イチで会議があるからと言ってボストンバッグに制服を詰めてスーツで出て行くのを見送った凪砂は、その少し後に自分も登校の準備を始めた時に気が付いたのだ。
そのうち気がつくだろうと思いシャツとネクタイだけ整えて上着を片手にぶら下げた状態で登校した凪砂の前に茨が慌てて現れたのは、昼を少し過ぎた頃のことだった。
以降は気をつけますという茨も凪砂と同じ出立をしており、やはり彼にこのジャケットは大きかっただろうなと思う。実際、凪砂が彼の上着に袖を通した時は着丈も袖丈も肩幅も小さかった。
「……べつに、それを着ないことで困ることは無かったからいいけれど」
茨の手からジャケットを受け取り、ソファに向かって放り投げる。綺麗に整えられていたそれは形が乱れ、自分が脱いで置いておいた茨のジャケットの上に重なるように落ちた。
「いつもありがとうね」
丸い頭を掌で撫でると、彼は戸惑ったように視線を彷徨わせる。しかし、「こんなに小さい体で」と言い足したら心外だと言わんばかりに眉をほんの少し吊り上げたので、労ったのにどうして怒るのかなと凪砂は首を傾げたのだった。