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    bossa_trfy

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    bossa_trfy

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    いつか出せたらいいな~とぼんやり思ってる22軸解釈本のプロローグになるかもしれないもの。これが基になるかもしれないし、全然違うものになるかもしれない

    アポカリプス、じゃあまたね――1999年 7の月。恐怖の大魔王がやって来て、人類は滅亡するだろう。
     そんな、今となっては根拠も確証もない妄言にすぎない〝大予言〟に怯えていた頃。正体もロクに分からない〝大魔王〟の存在に怯え、眠れない夜を過ごしていた頃。自分の枕だけを持って潜り込んだ布団の中、大丈夫よ、と隣で苦笑まじりに俺を撫でてくれていた母親に、興味本位で訊いてみたことがある。
    「もしも本当に世界が終わっちゃうとしたら、母ちゃんは、最後に何がしたい?」
     母さんはそれを聞くと、世界の終わりには到底釣り合わないような朗らかな笑みを浮かべながら、そうだねえ、と呑気に呟いた。まだ七つの俺の頭を何度も往復していた手のひらがそうっと顔に伸びてきて、ぴたりと頬に触れた。
    「母ちゃんは、千冬と一緒にいられたらそれでいいな」
     三日月のように細められた目で、優しく見つめられる。その視線が、あまりにも真っ直ぐで、端然としているものだから、至極単純なことを言っているだけなのに、なんだかひどくくすぐったい気持ちになった。だけどその感覚が何なのかを、まだガキの俺が正しく理解できるはずもなかった。むず痒さが胸を過ぎてしまえば、あっという間に幼い思考が優位になってしまう。
    「……それだけ?」
    「うん。それだけ」
    「つまんねえの。超フツーじゃん」
    「いいんだよ、それで。〝普通〟が母ちゃんの幸せだから」
     ニコニコとどこまでも楽しそうに微笑む母さんの顔を見ながら、俺は、ふうん、と気のない返事をした。よく、分からない。だって、最後って、特別なことがしたくなるものじゃないのか。パアッと派手にお祝いするものじゃないのか。普通でいたいと、穏やかでありたいと望む母の気持ちが、この時の俺にはいまいちピンと来なかった。
    「俺はねえ……」
     訊かれもしないうちから、俺はいくつもの〝特別〟をポンポンと頭に浮かべた。両手の指じゃ数えきれない。それでも、思いつく限り一つずつ羅列していく。
    「腹いっぱいになるまでごちそう食べたい。まだ読んでないけど読みたかった漫画もぜーんぶ読んで……ここら辺に住んでる野良猫を百匹集めて一緒に遊びたい。あとずっと喧嘩で負けっぱなしだった五年生のコウくんとも俺が勝つまで勝負するんだ。それから……えっと、それから――」
    「ふふっ、そりゃ大忙しだねえ。絶対に一日だけじゃ足んないよ、千冬」
     無邪気に目を輝かせる俺を見て、母さんが肩を揺らしてからからと楽しそうに笑った。笑う時、猫みたいに釣った目が下がるところとか、ニッと口角を引き上げて歯を見せるところが、鏡の前で笑った時の自分によく似ているなあと、俺は幼いながらにぼんやりと思った。
     ひとしきり笑った母さんが、はあっと短く息を吐く。それから程なくして、千冬はさ、と話しかけてきた。夜の空気に溶けるように落ち着いているのに、どこか弾んでいるようにも聞こえる。不思議な声風だった。
    「学校に好きな子とかいないの?」
    「は、……はあっ!?」
     何を言うかと思えば突拍子もない。さっきまでの話と何ら関係のない話題に思わずひっくり返ったような声が出た。耳が熱い。別にやましいことなんてないのに、心臓がどくどく暴れている。
    「な、な、なんだよ突然! いねえし! い、いるわけねーしそんなん!」
    「そう? 残念」
     必死に否定すると、母さんはさらりとそう答えて、もう一度クスッと笑った。
     ふい、と視線を逸らしてから頬を膨らませ、前歯で下唇を噛む。揶揄われているようで面白くなかった。
    「それじゃあ、千冬にはまだ分からないかもね」
     ふくれていた頬を指でツンと押された。頬の内側に溜めていた空気が不意に漏れ出て、うっかりいつもの顔に戻ってしまう。母さんの声はさっきの茶目っ気など感じさせないほど凪いでいて、言葉の続きを待とうと、無意識に息を殺した。
    「でも、きっといつか分かる日が来るよ。母ちゃんにとっての千冬や父ちゃんみたいに、大好きな人が――いつか訪れる最後の時まで一緒にいたいなって思えるくらい大切な人が。きっといつの日か、千冬にも現れるはず」
     そうしたら、母ちゃんの気持ちも分かるかもしれないね。
     さっきのちゃらけた雰囲気からは想像もつかないほど真剣な声で言うと、母さんはもう一度、指先で髪を梳くように俺の頭をひと撫でした。
     気がつけば、人類滅亡なんていう漠然とした予言に感じる得体の知れない恐怖は、いつの間にかすっかり消え去ってしまっていた。

     不自然なくらい鮮明に残っている、幼少時代の記憶。母の言葉。
     二六歳手前なんていい大人になった今、母さんがあの日言おうとしたことの核心を、ようやく、本当の意味で分かったような気がする。

     誰よりも、何よりも。自分さえも投げ打って大切にしたいと思う人がいる。
    死が、運命が、もしかしたらそれよりももっと不思議で理不尽な何かが、俺たちを分かつその刹那まで、隣にいたいと思う人が。手を繋いで寄り添っていたいと思える人が。

    ――ねえ一虎くん。俺は。
     明日にも、――いや、もしかしたら数時間後にも終わるかもしれないこの世界で。
     ただ、アンタと一緒にいたいよ。
     それだけでいい。きっとそれがこの未来の俺が望む、最後の願いだから。
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    bossa_trfy

    PROGRESS2月発行予定の全年齢とらふゆ本『この夜が明けたら』より、プロローグのみ。
    千冬が死ぬ日の朝、夜明けの海に行く二人です。
    今夜きり 肌寒さに、ふと目が覚めた。
     ぼんやりした視界いっぱいに艶のある黒が映る。静かな空間には、放置されたパソコンのシーク音だけがジリジリと遠慮がちに響いていた。フロアライトの心許ないオレンジに照らされた部屋は薄暗く、それは暗に、俺が今日も千冬の帰りを待っているうちに寝落ちてしまったことを物語っていた。
     いったいどれくらい眠ってしまっていたのだろう。
     お世辞にも寝心地がいいとは言えないソファからのっそり身を起こす。ひじ掛けに手をついて体重を支えると、ギシギシと革の生地が擦れる音がした。重厚で肌ざわりのいい絨毯も、裸足で踏めば当然冷たい。十一月も半ば。季節は秋なんてさっさと追い越して、もうすっかり冬の空気になってしまっていた。その証拠に、寝ている間、なんとか寒さに耐えようと無意識に丸めていた背中には、ジンジンと鈍い痛みが纏わりついたままだ。せめて上に何か羽織っておけばよかった、なんてどうしようもない後悔をしていると、追い討ちをかけるように冷たい夜風が吹いて、さあっと肌を撫でつけていった。
    11225

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