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    6rocci

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    6rocci

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    ふゆとら「オレはオマエが怖い」
     たとえばオレが一虎クンをぞんざいに扱って、顔を合わせるたびに舌打ちをして、来る日も来る日もオマエのせいだオマエが悪い、オマエがいなければこうはならなかった、オマエが死ねばよかったのにとでも責め立てれば、一虎クンがオレのことをこんなふうに思うことはなかったんだろうか。
     考えて、きっとそうだろうなと自答する。オレがもし一虎クンの立場なら、オレもオレを心底怖いと感じるだろう。なによりも大事なものを奪われた人間が、朝から晩まで一緒に仕事して同じ家に帰って隣で笑って、奪った人間に世間話の最中、突然キスなんかしたら。
     理解が追いつかなくて、目を見開いてパニックに陥るだろう。
    「オレはオマエがわからない。もしオレがオマエならオレを殺す。殺さなくたって二度と顔も見たくねえし一緒に働いて同じ部屋に住むなんて虫唾が走る。ましてや、ましてやキスなんか」
     一虎クンはひゅっと息を吸い込んで、薄いくちびるを震わせた。
    「千冬オマエ、ぜってえおかしいよ」
    (……おかしい?)
     一虎クンの言葉を頭の中で復唱して、オレは少し考える。まさか一虎クンに「おかしい」と言われる日がくるなんて、言われた言葉そのものよりもその言葉を吐いた本人にオレはまずびっくりしてしまった。端的に、オマエにだけは言われたくないって意味で。
     でも実際のところ、一虎クンみたいな人間の言う「おかしい」のほうが信憑性がある。誰から見てもおかしいやつはもちろんおかしいけど、おかしいやつから見ておかしいやつって、本当に救いようがないんだろうなって思うから。
    (……やさしくすることが、おかしいってことなのか)
     オレは一虎クンの身元引受人になってから、わりとよくしてきたほうだと思う。でもむかつくことがあればむかつくって言うし、仕事上の注意だってはっきりする。喧嘩だってすることもある。それはたぶん、普通のことだ。
    (でも、一虎クンにとってはきっと普通じゃない)
     ……いいや「オレと一虎クン」に限って、オレのしていることが〝普通じゃない〟んだ、きっと。
     オレのやさしさを一虎クンは怖がっている。オレのキスを一虎クンはおかしいと言う。
    「千冬オマエ、オレをどうしたいんだ」
     オレがさっきから相づちさえも打たないから、一虎クンは焦れたように核心を突く質問をひとつ口にした。確かに究極、そういう話だ。どうしたい。オレは一虎クンをどうしたい? 答えろよと言われている。オレは答えを考える。
     でもすぐに答えは出てこなかった。オレは一虎クンをどうしたかったのか、これからどうしたいのか。
     考えてみてもよくわからない。
     ただ、
    「……アンタは、場地さんが守りたかった人だから」
     それが根底にある。それは間違いないと断言できる。場地さんがいなければ、オレは一虎クンのことなんてどうだってよかったし興味もなかった。それを誤魔化す気はない。隠す気も。そうしたところで、簡単に嘘だってわかっちゃうし。
    「場地さんが大事にしてた人だから、オレは」
    「それは知ってるよ。それはわかってる」
     でも、と一虎クンはぎゅっと瞳を細めた。

    「オレは、場地とキスしたことなんか一回もねえぞ」

     そんなのオレだってねえよ。
    (……あれ?)
     じゃあなんでオレは、一虎クンにキスなんてしたんだろう。考えて考えて、一虎クンが聞きたかったのって結局このひとつだけだったのかと唐突に理解する。
     一虎クンはわかってるんだ。オレの行き場のなくなった感情を押しつけられていることを、誰にも向けられない何もかもの掃き溜めにされていることを。そしてそれを甘受しているんだ。自分にできることなんて、それしかねえって思って。
    (……でもキスされた理由はわからないから、今こういうことになってる)
     キス……キスした理由。キスした理由?
     別に、そんなものない。ただいつもどおり二人でソファに座りながら酒飲んでテレビ見て笑って、たまたま同時にお互いが顔を見合わせた。それが不意打ちでびっくりして、一虎クンのびっくりした顔が妙に間抜けでなんでかかわいいと思ったから、ついっていうか……。

     いや「つい」でキスはしない普通。
     オレこわ。
     こっわ。

    「え、オレ一虎クンのこと好きなの?」
    「だからオレはさっきからそれ聞いてんだよ!」
    「聞いてねーだろ回りくどかったっスよ!」
    「は!? じゃあ今はっきり聞くわ! オマエオレのこと好きなの!? なんでキスなんかしたんだよ!」
     一虎クンの叫びに頭が真っ白になる。その真っ白なキャンバスに、オレは絵を描いて事の経緯を整理する。
     酒を飲んでいた。既に空き缶がいくつか転がっていた。でも少し頭がぽーっとしてるくらいで別に酩酊するほどじゃない、一虎クンを女に見間違えるとかこれを夢だと思うとか、そういうこともない、ない、ない?
     ないならなんで?
    「……なんとなく」
    「はぁ!?」
     一虎クンがぶちぎれる。いやわかる。もしオレが一虎クンの立場ならオレだってぶちぎれる。でも本当に「なんとなく」としか言いようがなくて、なにをどんなに振り返っても答えを探しても、それ以外の言葉が出てこなかった。我ながら最低だと思うけどでも、
    「なんとなくっすね……」
    「しみじみ言ってんじゃねえよ……!」
     なんなのオマエ、と一虎クンがぐったりとうなだれる。意味わかんねーとかタラシとかもう酒禁止とか、一人でぶつぶつと。
     でもその横顔は不満げで不機嫌ではあったけど、さっきまであった「恐怖」はすっぽり抜けているように見えた。感情の起伏が激しい人だから、大声を出したらスッキリして「なんとなく」落ち着いたのかもしれない。
    (つーかキスしといて「なんとなく」って……少女漫画じゃねえんだから)
     学生時代読みふけっていたそれらがふわりと浮かんで、なんだか恥ずかしくなって苦笑する。
     思えばそれには大体後から理由がついて、その大体は「恋」だったはずだけれど、正直オレが一虎クンに恋をしているかというとそんなことは普通にない。
     でも一虎クンとの生活を案外悪いものじゃないと思ってるのは事実で、もし人が人にキスする理由が「恋」以外にあるんだとしたら。
     きっとオレはそれなんだ。その感情の名前は知らないけど、でも。
    (……それってやっぱ、「おかしい」のかな)
     一虎クン以上に、おかしいことなんてあるのかな。
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