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    6rocci

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    イザナの誕生日

    カクイザ 屋上のアスファルトの上で仰向けに寝そべりながら、イザナはよく星に手を伸ばす。でもその手で星を掴もうとしたことはない。
     それは星には手が届かないとわかっているからなのか、届いたところでどうしようもないと思っているからなのか。
     隣で片膝を立てながらイザナと同じように星を眺めていた鶴蝶は、その声に視線を下ろした。
    「どうした?」
    「オレ、明日誕生日なんだ」
    「え、」
     …………知ってる。当たり前すぎるくらいとっくに知っていることを自己申告されて、鶴蝶は逆に言葉に詰まった。
     こんなふうに言ってくるということは、イザナは鶴蝶が忘れてると思ってるのだろうか。毎年ちゃんとお祝いしているのに。だからもうすぐ日付が変わるこの時間、こうして一緒にいるというのに。
     毎年鶴蝶が誕生日におめでとうと言ってプレゼントを渡すと「暇人」なんて悪態をつくくせして(それでも満更でもなさそうな顔をしている)、今年はどうしたのだろう。
    「あ……何か欲しいもんがあるとか?」
    「オマエ」
    「は?」
    「オマエの心臓」
     ぐしゃ、と星に伸ばしたイザナの手が握り潰される。一瞬時間が止まってイザナはその手をゆっくりとひらき、折り返して手のひらを見つめた。当然空虚なその手の中に、鶴蝶の心臓はない。
     鶴蝶はゆっくりと呼吸し、左胸に触れた。赤い特攻服越しにとくとくと心臓の音が聞こえる。
     これを、あげればいいのだろうか。胸を裂いて鷲掴み、抉り出して差し出せば、イザナは喜ぶのだろうか。もしイザナが本気でそれを望むなら、そうしてやりたいと鶴蝶は思う。
    (でも、そしたら死んじまってイザナのそばにいられなくなる)
     それは嫌だな。よく死んでも心の中にいるだなんて陳腐な表現があるが、結局は生きてるやつの勝ちだ。生きてるからこそ目を見れて肌に触れて言葉を伝えられて、身も心も差し出せる。
     黒川イザナは愛に飢えている。永遠の愛、無償の愛、変わらぬ愛。そしてそれは、血の繋がった家族からしかもらえないものだと思ってる。だから家族のいない自分は、生涯誰からも愛されることのない人間なのだと。
     そう、思い込んでいる。
    「……いいぜ」
     そうすることで、イザナがオレの愛を受け取ってくれるのなら。
     このまま一生受け取ってもらえない愛なら、心臓を受け取ってもらえるだけ本望だ。
     そう思ってイザナを見ながら少し笑ったら、イザナは自分で言ったくせに驚いたような顔で鶴蝶を見た。わずかに頭を浮かし、大きな瞳を瞬かせる。
     まさか鶴蝶が首を振ると思っていた、のだろうか。イザナの考えていることは時折わからないと、鶴蝶は少し困ったように首を傾げる。
    「なんだよ。ほしいんだろ?」
    「死ぬだろ」
    「そうだな」
    「死んだらオレの下僕がいなくなんだろうがバーカ」
    「めちゃくちゃ言うな」
    「うるせえバカ」
     ああ、照れてるのか。ようやく気づいて、鶴蝶は笑う。
     イザナはごろんと寝返りを打って鶴蝶に背を向けてしまったから、もうどんな顔をしているのかはわからない。覗き込みでもしたら本気でキレて冗談じゃなく死を見ることになるだろうから、鶴蝶はイザナが見ない代わりに星を見ることにした。
     星が瞬くなんて表現を時折聞くけれど、東京じゃ星を見つけること自体がむずかしい。瞬く瞬間なんてなおさらだ。

     黒川イザナは愛に飢えている。自分だけに向けられるあたたかな視線を、ずっとずっと求めている。
     それは手の届かない星たちと同じ。いくら瞬いても気づいてくれない。星屑にもなれない自分のふがいなさに、せつなさを感じることもある。
    「鶴蝶」
    「ん」
    「日付変わった?」
    「……まだ」
    「帰ったら殺すからな」
    「帰らねえよ。ここにいる」
     それでも鶴蝶は、こうして二人星空の下、イザナの誕生日を静かに待つ時間が、胸が苦しくなるくらい幸せだと思う。息が詰まって吐き出せないのは、胸がいっぱいになって心が満たされてゆくのを感じるからだ。
     どうしたらこの幸福を伝えられるのだろうと考えて、いつも答えが出てこない。

    「──誕生日おめでとう。イザナ」

     イザナがまた寝返りを打って、鶴蝶のほうを向く。伸びた銀色の髪が頬に流れて、けれど口もとはほんの少しやわらいでいた。うん、という短い声に鶴蝶は目を細めて笑い、今日この瞬間を大事にしまいこむ。
     もしこの瞬間星が流れたとして、鶴蝶の願い事はふたつだ。いつかイザナに幸福が訪れますように。こんな人生も悪くなかったと思いながら、死んでいけますように。
     星なんて見えなくても、不思議と明るい夜だった。
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