配信者のアーサーさんと視聴者の菊さんの話30歳に届きそうなサラリーマンである本田菊にはある好きな配信者がいる。名前はArthur。顔は殆ど出ないが、紅茶のおすすめ等を紹介している配信者だ。
週に一回配信されるそのArthurの動画を見ることが、社畜気味の菊にとって癒やされる時間だった。
何より彼の声が好きなのだ。程よい低音で、聞き取りやすい。
後はArthurの説明は分かりやすい。動画で美味しい紅茶の淹れ方を実践してみると、同じ茶葉でもいつもより美味しく作ることが出来た。
菊にとってArthurの配信はとても好きなのだが、有名では無い。（ただ殆ど絶対的なファンなので極端に再生回数が変わらない）菊は有名になって欲しいような欲しくないような気持ちだった。とある配信で彼のリスナーの質問で『俺は有名にならなくてもいいかな。むしろ知る人ぞ知る穴場の店くらいで丁度いいんだ』と言っていたので、少し安心した。

その日も残業で疲れ果てていたが、今日はArthurの配信日。菊の週一回のお楽しみの日だ。

「この日のために仕事を頑張っている気がします」

『今日はこの茶葉のことについて話そうと思う。この茶葉の名前は……』

「今日の配信も紅茶について勉強になります。さすが英国人ですね。いつも思いますが日本語上手ですね〜」

『……にはこのような歴史があって……』

「次はこの紅茶を試してみたいですね」

楽しみにしていた配信に菊はいつものように仕事の疲れが吹き飛んだ気がした。


因みに菊は至って普通のサラリーマンである。職業的には印刷会社の組版オペレーター（DTP）。営業が取ってきた印刷物の仕事を黙々とパソコン上で作っていく現場仕事だ。また、この会社は菊がやっているような一般物（企業や学校関係）とは別に非公式な本……要は同人誌も印刷製本している会社で、製本が忙しくなるとそちらに残業で入ることもある。この間の夏コミの時期も15連勤をした。私も夏コミ行きたいな……と思いながら。

「あっ菊ちゃんこの仕事やってくれない？」
「社長。どのようなものでしょうか」
「俺の知り合いのいけ好かない英国人が紅茶のことを纏めた本作りたいんだって〜」
「どんな方ですか？」
「名前はアーサー・カークランド。紅茶のことを配信していたりするんだって」

（え、もしかして……）

「もしかして……この配信ですか？」
「あっそれだよ。菊ちゃん知ってるんだ」
「ええ……毎週見てるので……」
「じゃあじゃあ、やってほしいって言ったら？」
「やりたいです」
「よし！基本的にメールでPDFで校正送ったらいいからね〜。あいつにもここのメアドに送るように言っておくから」
「分かりました」

（アーサー・カークランドさんって言うんですね……まさかこんな形で関係を持つとは思いませんでした。この仕事やっててよかったです……。）

推しの配信者の本をDTPとして携わる事ができる。
菊の顔に少し笑みが溢れた。


数日して、社長のフランシス・ボヌフォアが参考にと紅茶の本を作るにあたって見本を持ってきた。

「こんな感じで本の中身をやってほしいんだって」
「分かりました」
「データは多分そろそろ送ってくれると思うから。手書きで渡されたから、ワードかテキストかで文字データにしてきてって言っておいたし」
「そうですね。打つのに時間がかかりますから。文字データがあればInDesignに流し込むだけで済みますし」

そして社長であるフランシスから渡された参考の本を元に菊はデータを作り、推しの配信者であるアーサーに校正をメールで送る日々が始まった。
やはり自分の本ということもあってかアーサーはかなり熱心に菊の作ったデータを確認してくれた。こだわり強すぎ……と菊が思ってしまう程だった。
そんなこんなで2か月程経ち、データは校了し印刷、製本された。

「製本チェックお願いします」
「ありがとうございます……はい大丈夫です。お願いします」

「はあ〜あっという間でしたね。製本チェックでの刷り取りでアーサーさんの本を既に持ってしまってますが、やはりファンとして本を買わなければ……！」