生まれ変わってもいつかまた。昔、ある国の話。アーサーという美形のヴァンパイアがいた。余りの美しさに、アーサーが住んでいた町の女達は自らアーサーに己の血を与えていた。
その事が深刻化し、困った町の住民達はアーサーに一人の人間を生贄として捧げた。その人間の名前は菊。菊は男性なのだが、女の服を着せたれた。その姿はどう見ても女にしか見えなかった。そして、菊は不治の病を患っていた。そう、菊は厄介払いの存在だったのだ。
菊は、精神的にも肉体的にも重い足取りで、アーサーの居る所に向かった。
「へえ、お前が菊か」
振り返ると、アーサーがいた。菊はアーサーの美しい容姿に見惚れてしまった。白い肌、ブロンドの髪、エメラルドの瞳、そしてそれらを引き出させる特徴的な眉毛。女性が彼に血を差し出すことも仕方ない容姿だ。
「貴方が、ヴァンパイアのアーサーさんですか」
「ああ、そうだ」
「それで、ですね……」
「知ってるぜ。お前が俺の生贄ということは」
「知っていましたか」
「ま、そんなことはどうでもいい。菊、首を出せ」
「こう……ですか?」
菊は着ていた服のボタンを外し、首を見せた。
「そう、そんな感じだ。じゃ、血を頂くぜ」
カプッと噛み、そこからアーサーの牙が、菊の細い首筋に刺さった。
「……っ!」
アーサーは、菊の血を美味しそうに飲んでいく。
「あ……っ」
そして、暫くしてアーサーが飲み終えた。「食事」に満足したらしい。
「はぁ……っ」
「菊、お前、男なんだな」
「!どこで気づいて……」
「血を飲めば分かったさ。それに菊、お前、病に掛かっているんだろ?」
「そこまで分かり、ましたか……」
血が足りなくなり、菊は眩暈に襲われる。本当に体力が無いなあと、朦朧とする意識の中で菊は思った。
「成程。だから町人達は菊を差し出したんだな。菊の病気が移って俺が死ねばいいと。だが、計算が正しくないな。人間の病気はヴァンパイアには効かない」
「……」
「菊、どうかしたのか」
「いえ……少し、眩暈が」
「あぁ。菊の血が美味し過ぎて、飲み過ぎてしまったみたいだな」
「え……?」
「菊の血じゃないと、満足しないみたいだ」
「そう、ですか……」
青白い顔の菊は精一杯答えた。それを見たアーサーは、
「菊、死ぬなよ」
と言った。
「どう、でしょう」
それから、アーサーは菊の血だけを飲むようになった。菊の甘い甘い血を。
「アーサーさ……っ飲み、過ぎ……です……っ」
「甘いな、菊の血は……」
「~~っ」
「菊……」
「あーさー、さ……」
吸う顔から、いきなりいつもの顔になったアーサーは、菊を目の前にして涙目になりながら言った。
「菊、死なないでくれ。一人ぼっちはもう、嫌なんだ。だから、死ぬ時は、一緒だからな……」
「はい、私も分かります。私も一人ぼっち……でしたから」
息が苦しい。もう、そう長くないだろう、と菊は思った。この愛すべき人と一緒にいたいのに。
「菊、大丈夫か……?熱があるし……。ごめん、俺が無理させたな……」
泣きながら謝るアーサーは、どこか子供のようにも思えた。
「大丈夫ですよ……アーサーさん……」
霞む意識の中で菊は言った。
だが、菊は確実に少しずつ衰弱していった。
「菊、俺は血を飲むのを我慢したらいいのかなぁ?」
「ダメ、です……。アーサーさん。私は元々長くない命でしたから」
「良くないさ……ばかぁ……っ」
お互い、自分が死んでもいいから、相手は生きて欲しい。一人ぼっちだった二人が本当の愛を知り、一緒にいたいと思う相手が出来た。
これが、最初で最後の恋。どうしようもなく、好きになる。互いの優しさを知ってしまったから。
「菊、菊っ!置いていくなって、言ったのに……っ」
ある晴れた日の午後、菊はこの世を去った。静かに、アーサー一人にだけに見守られて。
「菊……、俺達、もっと早く知り合っていたら……。もし、俺が人間だったら、菊がヴァンパイアだったら……良かったのにな……」
アーサーは菊が生き返ることは無いと分かっていてもなお、菊に話しかけた。
「菊、俺も、もう少しで、菊の所に行くから。だから、来世で会えるといいな……」
アーサーは毎日、毎日、菊に話しかけた。
「俺達、二人とも人間で、そしたら恋人になろうな……絶対、だからな……」
そして菊の死から数日経って、アーサーは菊の後を追うように――……。
何百年経ったある年に、アーサーと菊はもう一度出会う。そして今度こそ、一緒に生きていこうと二人は永遠の誓いをする。それはあの日、果たせなかった約束を守るために。
「久しぶり、菊」
「こちらこそ、久しぶりです。アーサーさん」
「今度こそ、一緒にな」
「えぇ、勿論です」
二人はまた、来世でも――……。
運命ならば二人はまた巡り合うだろう。
『ずっと、一緒だからな――……』