人狼パロ「こっちに来て」
そう言って、好きな子を連れ出した。
村より少し離れてるけど、ここまで来れば冷やかしてくる奴らも来ないだろう。
今日は村の繁栄を祝う祭りだ。普段なら恥ずかしくて言えないけれど、村の賑やかさに乗っかって、彼女に想いを伝えようと思う。
目の前にいる女の子…玲はきょろきょろと辺りを見渡している。そりゃそうだ。人気のないところに連れてきたんだから、何事か気になるだろう。もうちょっと早まる心を落ち着かせたかったけど、腹を括って想いを伝えなければ。
「あ、あのな、俺、お前のことが好きだ!」
びゅうっと風が吹く。
よし、言った、言ったぞ!達成感と緊張で心臓がバクバクしてる。玲の顔は流石に恥ずかしくて見れなかったけど。
「な、夏樹くん…」
玲の声は動揺していた。それを聞いたら、達成感と緊張より、振られるんじゃないかという不安に駆られた。
まあ、そうだよなぁ。遊びに誘うのはいつも俺だったし。玲はいつも俺の後をついて来ただけだ。…そういう対象として見てなかったんだろうな。
ごめん!気にしないで、と言おうとした矢先だった。
「キャーーーー!」
「!?」
村の方から叫び声がした。それだけじゃなく、人間とは思えない別の何かの声もする。
何かあったのかもしれない、そう思って村へ行こうとしたが何かが俺の服を引っ張った。
「玲?どうした?村の様子がおかしいから早く行かないと。」
「…。」
「玲?」
玲はぎゅっと服を握るだけで何も言わない。本当にどうしたのだろう。様子を伺おうと玲に一歩近づいた。その時だった。
「ーーー。」
「ーえ。」
身体が動かない。まるで自分が石になったようだ。首も、目ん玉さえも動かせない。
玲は俺の頬からそっと右手を離す。もう喋ることもできなくて、意識も朦朧として来た。玲は俺に向かって何か言ったようだったが、全ては分からなかった。
そして、玲が背中を向けて走り出した時、俺の意識は完全に落ちた。
「...き、夏樹!」
「!」
ハッと目を覚ます。どうやら俺は寝ていたようだ。
「…しっかりしろ。教官に見つかったら怒られるぞ。」
「はは、そんなヘマしないですって。...で、今どこまで行きました?」
「今は...」
彼は蒼生さんといって、歳は一個上で狩猟者として先輩だ。そして、先輩後輩関係なく実力に合わせて振り分けられる実技訓練のグループで一緒で、何かと面倒を見てくれるいい先輩だ。
「最近寝不足なのか。」
「いや〜そういうわけじゃないんですけど。他の人の見てるとどうにも眠くなって。」
「...自分の番が終わったからって気が緩んでんじゃねーのか。」
「それもあるかもしれないですね〜。なんせ、俺らのグループ優秀な人の集まりですからね。」
このグループを形成するのは蒼生さんの他に貴臣さん、亜貴くんの2人がいる。貴臣さんは既に養成機関を卒業し現役で狩猟者として仕事をしているが、空いた日にはこうして訓練生に混ざって鍛錬として参加している。亜貴くんは俺と同期で、貴臣さんの昔からの知り合いだとか。話を聞けば、たまに貴臣さんの仕事のサポートをすることがあるらしい。
「自分で優秀って言うのか...。」
「そりゃ言いたくもなりますって。現役に現役補助、そして蒼生さんは一個上の代のトップですよ。その中にぶち込まれたら自惚れますって。」
まぁ自惚れるも何も、実の所自分の代の中では自分がトップなので謙遜はしない。
「そこ!私語は慎め!」
教官に見つかり、叱られる。
俺は呑気に「すみません。」とだけ謝って、退屈な時間をただぼーっと過ごした。
「はー、やっと終わった。」
退屈な訓練を終え、ぐいっと全身を伸ばす。
結局、実技訓練は俺ら優秀組が圧倒的力を見せただけのようなもので、ほかのグループは教官にみっちり指導を受けていた。
「まったく、結局君は最後まで寝てたってわけね。」
呆れた様子の神楽くんは片腕に狩猟道具を抱えながら隣を歩く。正直なところ他の男より細腕で華奢に見えるのに、意外と重い狩猟道具(銃は勿論、大縄や弓、ボーガンなど様々)を片腕で持ててしまうのを見ると(さすが現役補助なだけある)と感心する。…普段はそう思えないことも多いが。
「えー起きてたよ〜?まぁ確かにウトウトはしてたけど。」
「これでも実力は確かなのだから感心するな。」
俺と神楽くんより先を歩く貴臣さんが少し笑いながら会話に参加する。…最も、その両手には狩猟道具の他に防具が入った鞄(めっちゃ重い)を持ってるのに関わらず平気そうな顔してあるいてるのが意味わからないが。
「…あのー、気になってたんですけど、2人ともなんでそんなに荷物多いんですか?俺と蒼生さんほぼ手ぶらですよ?」
「お前と一緒にすんな。そもそも訓練に手ぶらなやつがあるか。」
「そーですけど。にしても多すぎません?」
俺と蒼生さんは自分の銃とその備品、捕縛用の縄くらいしか持ってない。
ああ、と貴臣が反応する。
「この後任務があるからな。ついでだ。」
「これ全部貴臣くんの道具だからね。ひとりじゃ持ちきれないから持ってるだけ。」
「えっ…」
「これが…全部…?」
俺に釣られるように蒼生さんも驚く。
それもそうだ。そもそも、多くの狩猟者は基本1つの道具(武器)を使いこなして任務にあたる。大半が遠距離で対応でき、攻撃に適した銃を使いこなし、その他にもさっき言ったボーガンや弓だったり、短剣や太刀だったりと人によって専門武器が異なる。かく言う俺と蒼生さんも銃を使いこなすガンマンタイプではあるが、オールマイティに使いこなす狩猟者はそうそういない。なんせ武器の習得にかなり時間がかかる。
「貴臣さん…バケモンじゃん。」
「それを本人の目の前でいうもんじゃねー。」
「褒め言葉として受け取っておこう。」
貴臣さんと神楽くんの足が止まる。ここから俺たちと別行動らしい。
「そういえば、言ってなかったことがあるな。」
「?」
俺と蒼生さんは首を傾げる。
「1年ほど任務で訓練から離れる。神楽もおなじだ。」
「俺らが任務を終えた1年後、君たちには養成機関を首位で卒業し俺がつくる狩猟部隊に入ってもらうからそのつもりでいるように。」
…別れ際。そう言って貴臣さんと神楽くんは人狼が住まう森へと消えていった。
━━━━━━━━━━━━━━━
目の前の背中を眺める
これから起こることを知らない、純粋な人
ただ、言われたことに従えばいい
それが自分を守る手段
どうか、許さないで
お願いだから憎んで
どうか、なんて自分勝手な奴なんだと
その記憶に刻み付けて
さようなら、私の…
━━━━━━━━━━━━━━━
約束の日。
あの唐突で衝撃的な発言から1年が経った。
「養成機関を首位で卒業」という謎の条件に戸惑ったが、どうにかこうにか首位で卒業した。
それぞれの代でトップを維持していた俺と蒼生さんだが、貴臣さん達が訓練から離れてからは維持するのがとても厳しくなっていた。
というのも、現役と現役補助が訓練に来なくなり「自分たちにもあの優秀グループに入る勝算ができた」と考えた訓練生が数多く発生し、今までのは何だったのかと言うぐらいメキメキと力をつけてきたからだった。
勿論、そう易易とトップを譲られるほどの実力では無い俺らだが、思ってた以上に力をつけてきた訓練生に焦りを感じたのも事実だった。
それがきっかけか、訓練で体を張ってたら思いっきり体を打ち付けるわ、頭から落ちるわ、切り傷は当たり前。そんな様子の俺に蒼生さんに何度呆れられたことか。
かく言う蒼生さんも、普段より傷が多いな、と思うぐらいには必死だったらしい。
そんなこんなで首位を維持したまま卒業を迎えた訳だが、今は訓練生数名のみが教官に呼び出され、よく分からない広場に集められている。状況が呑み込めないやつも1部いた。
そこに、ざわついた空気を切るように一人の男がやってきた。訓練生全員がよく見えるように前方中央に立ち、とても通る声で、
「お前たちは今日から狩猟者少数精鋭部隊として任務にあたってもらう。」
といった。
また広場がざわつき始める。しかし、男はそれを機にしてるのか否かまた言葉を紡いだ。
「俺は、この少数精鋭部隊を創設し、精鋭部隊指揮官にあたる。桧山貴臣だ。」
「えっと…貴臣さん…ですよね?」
集会が終わり、それぞれが散り始めた頃。久しぶりの再会となるはずの貴臣さんを目の前にして、どうにも信じられない気持ちでいた。
「そう名乗ったはずだが。」
「いや…桧山姓とか初めて知ったんだけど…」
「桧山って…あの桧山…なのか?」
蒼生さんも驚きを隠せないようだった。なんせ、桧山といったら『王家の血を引き、今の狩猟者の基盤を作った一族』である。…そう言われてみれば、貴臣さんが狩猟者として一線を引いているのになんだが納得してしまう。
「お前らの言う桧山がどんな認識なのかは知らないが…。そうだな、俺は狩猟者のいろはを叩き込まれ、生きてきた。…役に立つ日が来るとは思っていなかったがな。」
「桧山くん。」
見知った声が聞こえる。声の先にはあの時と変わらない姿の亜貴くんがいた。
「神楽か。」
「えっ!神楽?!」
「神楽…だと?」
亜貴くんは嫌そうな顔をした。
「はぁ…だから嫌だって言ったのに。」
「そう言うな。この部隊を動かす以上必要になる。」
神楽姓…桧山の一族には劣るが、神楽姓もまた狩猟者の一族であった。そして何より、神楽の一族は桧山家に仕える家系だった。
「…つまり、亜貴くんがが補佐として一緒にいたのは…」
「当然の役目ってこと。僕しか務められないし、他の人にはできない。」
「…そうなんだ。」
訓練生として今まで一緒にいたのに、それを隠されていたと思うとなんとも言えない気持ちになった。…俺も人のこと言えないけど。
「そういうことだ。それと、まず2人には俺たちのことは桧山、神楽で呼ぶように。」
「それは…なんでですか?」
「さっきも言ったが、部隊を動かす以上必要になる。それと、牽制だな。」
「牽制?」
貴臣さん…もとい桧山さんは声を抑えて言った。
「元々、この精鋭部隊は狩猟者組織本部にはいい顔されていない。桧山と神楽という名は狩猟者全体に通じるようだからな。好き勝手させない為の牽制だ。」
…つまり、この精鋭部隊は非公認であり、部隊解散を図る連中に対し『狩猟者の中でも凄い人の傘下に置く部隊だから、手を出したら分かってるよな?』と言ってるようなものである。
「…でも、精鋭部隊ってことは、普通の狩猟者達があたる任務とは別で何かあるってことか。」
「むしろ、あった方がいい気もしますけどね〜。過去の狩猟データとか見た事ありますけど、年々討伐数とか捕獲数とか減ってますし。あと被害件数が増加してましたね。」
「理由はまさにそれだ。成果を上げられてないことを認めたくないんだろう。そこで横から新しい組織ができたら『自分たちは無能だ』と言ってることになるからな。どうやら今の本部は民の平和より己の保身しか目にないらしい。」
語気は至って普通だが、桧山さんの表情には幾分苛立ちが見えた。
「任務はどこから与えられるんですか?普通は本部から来ますけど、いい顔されてなかったら任務をこっちに渡すなんてことしないんじゃ。」
「あの腐った本部にも、一応桧山くん側の人もいる。その人たちが上手くやってくれるとは聞いたけど。…どうなの桧山くん。」
「そこは大丈夫だ。信頼出来るやつが2人いる。機会があれば会うかもしれないな。」
そう言うと、桧山さんはあの時と変わらない大量の狩猟道具を抱え、こちらに向き直った。
「では、早速任務に向かう。…俺たちがいなかった1年の成果、見せてもらうぞ。」
あの頃のチームメイトではなく、指揮官としての桧山さんと補佐の神楽くん。2人の圧倒的な存在感は、狩猟者としての自分を鼓舞した。それは蒼生さんも同じようで、
「…っはい!」
と大きく返事をした。