覚悟があるのなら(エルハン) 平日の酒場は空いていた。
カウンターに見慣れた金髪の後ろ姿を見つけて、私は足早に駆け寄ると、その大きな背中に軽く手を置いた。
「エルヴィン、ごめんね、待たせたかな」
エルヴィンは私をみて穏やかに笑うと、「俺も今来たところだ」と柔らかい声で言った。
「リヴァイには黙って来た?」
「そういう約束だったからな」
今日の事は、絶対にリヴァイには知られたくなかった。だから兵舎で話すことも避けて、こんな所にエルヴィンを呼び出した。
私はエルヴィンの隣に座ると、ウイスキーを注文して小さく息をついた。
「それで?どうしたハンジ」
エルヴィンが私を見る。薄暗い店内で見るエルヴィンの瞳は、いつもより深く暗い青色に見えた。
吸い込まれそうだと、私は思った。
「リヴァイは、さ。私に気があると思う?」
エルヴィンがふふふと小さく笑う。
「案外分かりやすいな、あれは」
「やっぱりそうだよね......」
「お前も、満更ではなさそうに見えるが」
私はうう、と小さく唸ると、俯いた。
「どうしよう、エルヴィン。私」
エルヴィンが優しげに目を細めて私を見る。
私はカウンターに肘をつき、両手で顔を覆った。
「ないんだ、そういうことを、したこと。この歳で一度も」
指の間からエルヴィンの顔を恐る恐る見る。
エルヴィンは表情を変えず、グラスに唇をつけて傾けた。
「時々、怖いんだ。リヴァイが。リヴァイの、目が」
私を見るリヴァイの目に、火のような感情が宿るのを時々見る。心底、私は、それが怖かった。
「お察しの通り、リヴァイの事は好きなんだと思う。一緒にいるとドキドキするし、嬉しい。でも......」
「怖い、か」
「うん。怖い」
エルヴィンは少し俯くと、笑い交じりに「そうか」と呟いた。
「あれの忍耐強さは俺が保証する。事情を話せばそう性急なことはしないと思うぞ」
私はエルヴィンの袖を摘まんだ。
「あの、さ。頼みがあるんだ、エルヴィン」
横目で私を見たエルヴィンの顔は、私のこの先の言葉など全て見透かしているかのように、ほんの少し笑みを含んでいた。
「エルヴィンは、そういう意味では......怖くない」
「そういう意味では、か」
「別の意味では怖いよ、ゾクゾクする程」
エルヴィンの厚い唇が、ぐっと笑みの形に歪む。
「それは、光栄だな」
私はグラスの酒を一気に呷ると、エルヴィンを真っ直ぐに見て言った。
「今夜、泊まりたいんだ。エルヴィンと一緒に」
エルヴィンは穏やかな顔のまま、どこか前方を見ている。
感情は、読めない。
だから私は少し、不安になった。
「エルヴィン、私は──」
何を言いかけたのか、自分でもよく分からない。
ゆっくりと私の顔に移ってきたエルヴィンの視線は、そんな私のいい加減な発言を遮るのに十分な力を持っていた。
ゆるゆると伸びてきた大きな手が、私の頬に触れる。
エルヴィンは少し悪戯っぽい顔で笑うと、親指で私の唇をなぞりながら、言った。
「覚悟が、あるのなら」