リヴァイの話 ハンジ・ゾエ氏の見解 リヴァイは全く不思議な男だと思う。
まず強い。
とにかく強い。
巨人は普通、一体につき兵士ニ人が連携して戦ってようやく倒せるかどうかだ。
補佐無しの単身で巨人を一体でも倒せる兵士は、それだけでなかなかの精鋭と言える。
それをリヴァイは、刃とガスが続く限り、一人で何体でもサクサクと倒してしまう。
驚異的なことである。
天才という言葉を安易に使いたくはないが、戦いという点において、彼はまさしく天才という他ない。
いつだったか酒の席で、『壁は巨人から人類を守るためにあるんじゃない。リヴァイから巨人を守るためにあるんだ』と冗談を言った者がいて、私は息が出来なくなる程笑ったものだった。
そんなに強い彼なので、一般の人にも人類最強の英雄として名が知られている。
幸か不幸か、顔形はわりに整っているリヴァイである。マントを翻した爽やかな美丈夫、のようなイメージで見られることも多いのだが、しかしそれは、彼の実態とはいささか乖離したものであると言わざるをえない。
英雄という言葉に見あった豪気さや大胆さは、普段の彼からは全く感じられないのだ。
基本的に、リヴァイはとても繊細な男なのである。
例えば、リヴァイは非常に小柄なのだが、そのことを滅茶苦茶気にしている。
彼の前でチビ、小さい、低い、といった類いの言葉を使う際には、かなりの配慮をする必要がある。それが明らかに自分に対して発せられた言葉でなくても、露骨に殺気を発したり傷ついた顔をしたりするからだ。
いつだったか、エレンが「チビ親父」という単語を彼の前で発した時など酷かった。私は笑いを堪えるのに苦労したものだ。
そういう、気にしても仕方ないようなことをウジウジと気にする、ある種の気の小ささをリヴァイは有している。
話は変わるが、英雄色を好むという諺がある。
リヴァイは既述の通り紛うことなき英雄なのだが、しかし、色を好む様子は全くない。
女っ気がないのだ。
調査兵団の兵士には、特定の恋人を作らない者が多い。いつ死ぬかわからない身の上だからだ。
しかし、いつ死ぬか分からない身の上だからこそ、自らの欲求に忠実な者もまた多い。
娼館に通ったり、兵士同士で割り切った関係を楽しんだり、皆わりと開放的にやっているようだ。
しかし、リヴァイがそういうことをしている様子はない。
無論、特定の恋人などいる気配は皆無である。
酒の席などで、娼館や一夜限りの関係に誘われている姿もよく見かけるが、私の知る限り全て断っている。
兵団内ではリヴァイの女っ気のなさを訝しがる者も多い。
名誉なことに、私と出来ているという噂が一部であるらしいが、それよりも、エルヴィンに操を立てているという噂の方がまことしやかに囁かれているようだ。
私は一度、リヴァイに、女遊びに興味はないのかと聞いてみた事がある。
すると彼は眉根を寄せて、
「御免だ面倒くせぇ。一人でマスかいときゃそれで十分だ」
と答えた。
おそらく本心なのだろう。
生まれ育った地下街でどんな経験をしてきたのかは私などには知るよしもないが、心底懲りているといった様子だった。
しかしその割に、世の女性達が、皆遠巻きに見るばかりで一向に近寄ってこないことは、少し不満なようである。
どういう精神状態なのか全く理解できないが、ヤル気はない癖にモテたいのはモテたいらしい。
なぜ女性たちが寄ってこないかというと、リヴァイの愛想が恐ろしく悪いからだ。
私もリヴァイとは長い付き合いだが、彼の笑顔らしい笑顔を見たことがない。
そういえば以前、彼の班のコニー・スプリンガーという少年が、
「ハンジさん、兵長が笑いました」
と勢い込んで教えてくれたことがあった。
冷笑か嘲笑かと訊くと、
「優しい微笑みです」
と言うので、私はひっくり返りそうになった。
何故笑ったのかと問うと
「ヒストリアに殴られた時に、笑いました」
と言うので、私はことの真相を本人から聞くまでの数日間、リヴァイに対して酷い誤解をしていた。
そして何より彼を語る上で欠かせないのは、彼の潔癖過ぎる性格である。
チリ一つ、抜け毛一本のゴミも彼は決して見逃さない。
そして、そんな潔癖な自分基準の衛生観念や清掃を他者にも強いる。そのため、彼の班の子らは、姑にいびられる新嫁よろしく、苦労の日々を送っているようだ。
ところで、団長職を引き継いだ今でこそ、それなりに頻回に風呂に入るようになった私であるが、分隊長時代は、研究に没頭するあまり長期間風呂に入らずにいることが多々あった。
私自身は特に疑問も不自由も感じずに過ごしていたのだが、リヴァイにはとても許せるものではなかったらしい。
ある時、異様な形相をしたリヴァイにあっという間に締め落とされて、気がついた時にはすっかり体が綺麗になっていたことがあった。あれは確か、十一日間風呂に入らなかった時だった。
流石に抗議すると、風呂の世話は女性兵士に任せたと、心底嫌そうに言われたのだった。
さて、こんな風に書き連ねると、まるでリヴァイが、やたらと強いだけの根性のひん曲がった変態のようであるが、それもまた少し違う。
リヴァイは本質的にとても優しい男である。
親分肌、兄貴肌というには細やかで優しく、私は彼から母性すら感じる事がある。
エルヴィンを亡くし、団長の職務を引き継いだばかりの頃、あまりの心労から彼の前で泣き崩れてしまったことがある。
今思い出しても恥ずかしくて穴に埋まりたくなるのだが、リヴァイはただ何も言わず、服が涙と鼻水で汚れるのも厭わず何時間も抱きしめていてくれた。
あの時のリヴァイの温もりは、きっと死ぬその瞬間まで、私を支え続けてくれるだろう。
リヴァイはそういう男なのだ。
戦いの世界に生きるには、優しすぎるメンタルの持ち主だろう。
そんなリヴァイが、今私の横で茶をすすっている。
ヒイズル国から、緑色をした珍しい茶が届いたので、無類の茶好きであるリヴァイを呼んだのだ。
最初は怪訝そうに茶の匂いを嗅いだり、急須に残る茶葉をじっと観察したりしていたリヴァイだが、意を決したように一口啜って眼を見開いた後は、二口三口と飲み進めている。気に入ったらしい。
「君は食べないだろうと思って出してないけど、茶菓子も色々届いたよ。珍しい東洋の菓子だ。皆にあげたらどうだい」
私は部屋の隅に置いてある大きな木箱を指差して言った。
サシャなど、とても喜ぶだろう。
リヴァイは立ち上がると、難しい顔をして木箱を覗き込み、大きな包みを四つ程見繕って両手に抱えた。
「午後の訓練の後に配る」
「いいパパだねぇ」
「うるせえ」
そう言いつつも、満更ではなさそうな顔をして、リヴァイはいそいそと去っていった。
そう。もし、平和な世界に生まれて平和に育っていれば、きっと彼はいい父親になっただろう。
彼の去っていった扉を見つめながら、私は小さく溜め息をついた。