ジワジワ暑い夏。
誰もが涼しさを求める暑い夏。
自分だって例外ではなく、何か涼む方法はないかとぼんやり店の玄関先で外の風に当たっていた。
すると夏を背負って歩いているような少年に声をかけられる。
「兎和!あっちぃな!なんか冷たいもんちょうだい!」
「…お前が静かになれば少しは涼しくなるだろうよ」
大人気なく嫌味を投げると、どういう意味だ?と心底分かっていなさそうな顔で打ち返される。
静かにしてくれたら、ジュースくらい出してやるよって意味だよと答えて夏を迎え入れた。
★
「ピート、お前暑い暑い言う割に元気だよな」
少年、ピートの前に置かれた透明のグラス。
その透明を染めていくようにオレンジジュースが流れ込んでいく。
じっとその様子を見ていたピートは「そうかなあ」と兎和を見上げる。
ダイニングチェアの上、プラプラと揺らしていた足を止めオレンジに染まりきったグラスを両手に掴み一気に煽る。
徐々に透明に戻っていくグラスに、いい飲みっぷりだなとへらへら笑う兎和。
軽快な音を立ててテーブルに置かれたグラス。
礼を言われ、それくらい別にとピートの頭を軽く撫でてやる。
「そういやぁ、何か用事があってきたんじゃなかったのか?」
「あ、そうだった!あのさぁ、海連れてってくれよ!」
海。
広く広く果てのない大きな水たまり。
エンフィールドは残念ながら海に面した場所が無く、少しだけ遠出をしなくてはならない。
そこへ行くにはピートのような子供だけでは許可がもらえないのだ。
「ええ?川か湖でいいじゃん」
「やだ!オレ海って行ったことねぇもん!」
「そうなの?」
そういえば、少し前にリサが海に入りたいという話題を出したときパティがきょとんとしたのを思い出す。
一緒にいたマリアもだ。
パティは泳ぎたければそれこそ湖にでも行くと言っていたし、マリアはそもそも泳げないので水は嫌いだとむくれていた。
あの調子ならばおそらくエンフィールドから出たことのない子供に海を知る人間は少ないのだろう。
ピートもそのうちの一人だったようで、こうして交渉に来たようだった。
「兎和は海見たことある?」
「もちろん。だけどわざわざ行くのはなぁ…」
面倒くさい。と、言葉にはしなかったがピートには伝わったようだ。
面白くなさそうな顔をして、ケチと一言。
「なーあー!!」
ぐいぐいとイスに乗りながら兎和の服を引っ張る。
ピートの揺れに習ってイスもガタガタと音を立てて軽く揺れていた。
危ないからとピートの手から服をひったくる。
行き場のなくなった両手をふよふよと漂わせながら、ぐしゅと顔を歪めたピート。
それを見てはぁとため息一つ。
「移動には結構時間かかるだろ。オレは仕事が」
「あら、お仕事なら私ひとりでこなせそうだから大丈夫よ兎和くん」
「アリサさぁん!」
いつの間にいたのか、ジョートショップの女主人アリサがにこにことピートの味方側に回る。
「そう言っても、長距離移動には向いてないですってピートは」
「オレ大人しくする!兎和の言うこともちゃんと聞くよ」
「…じゃあ今聞いて欲しいんだけどなぁ」
「今はダメ!海に行く間だけ言うこと聞く!」
「は~…」
真剣な瞳。
ぱちぱちと瞬く赤は夏の太陽の色。
そこに海のような青色をうつせばさぞかし綺麗だろう。
兎和は、海へ行くメンバーはピート一人じゃ収まらないであろうことを予想してまたため息をついた。
せめて引率する大人も数人連れて行こう。
END
エンフィールドがどんなところにあるかはわからないけど…海とは離れてそうなイメージ。
夏を連れて走るピートくん。
2020/06/23