たしかに子供の体調は優れないようだった。赤く染まった顔。額に触れれば恐ろしいほど体温が高いのがわかる。
生まれつき体が弱いのだとカール・クラフトは言った。担当編集者として原稿の回収に来ただけだと言うのに、妙な事になったなとラインハルトは思考の片隅で思った。
自身の父を見上げる子供の目は憤怒で満たされているようだった。ぎろりとカールを睨みつけたあと、言おうとして口を開く。しかしかすれ切った、意味のある単語にさえ聞こえない声。喋れないことに驚いた様子で喉を押さえたあと、子供は舌打ちをして黙り込んだ。睨まれた父親の方は、やれやれとでもいいたげに肩をすくめる。
ベッドに寝かせられた子供の熱をはかりつつ、ラインハルトは彼の作家に問いかけた。
「薬はあるのか」
「ええ、こちらに」
受け取った薬を子供に飲ませつつ、ラインハルトは困惑を隠さなかった。
泊まり込んで子どもの面倒を見てほしいと頼まれたが、正直なところラインハルトも感情に詳しくない。しかし実の父親は家事全般をすることがなく、ラインハルトがいないと翌日には死んでいてもおかしくないと子供に言われてしまった以上、放って帰るわけにもいかなかった。
原稿を終わらせてくると言って自室に帰って言ったカール・クラフトを見ると、子供の懸念もあながち間違いではないように思う。
薬の効果か、子供はするりと眠りに落ちた。定期的に子供の額に滲んだ汗を拭ったりしているうちに、徐々に子供の体調は安定し始めた。体温も平均よりも多少高いくらいで追いついている。
多少安堵してラインハルトが立ち上がるやいなや、原稿を書き終わったとカールが戻ってきた。タイミングが良いなと思わずつぶやく。
返事はなかった。カールはにこりと微笑んだあと、熱は下がってよく眠っているようだから、我々も食事にしましょうと言った。ラインハルトはささいな違和感を抱いたが何に違和感を抱いたのか分からず、結局頷いた。
和やかな夕食を終え、シャワーを借りた。替えの服がないと悩んたが、なぜかサイズが合う服があったのでそれを借りることにした。ラインハルトが服に袖を通したとき、カールは妙に上機嫌なように見えた。
そして就寝時間。客間がないだの、寝台は十分に広いだのと言いくるめられて、気がついたらラインハルトはカールと寝台をともにしていた。思わず横になったまま首をかしげる。たしかにふたりが並んで寝ても窮屈ではないが……。
疑問に思いつつも、慣れない看病に疲れていたらしい。ラインハルトはすぐさまにまぶたが重くなって、意識は夢のそこに沈んでいった。