ここにあって、ここにない 金色の瞳の中に私がいた。
こつんとチェス盤に駒が音がする。盤面を眺めていたラインハルトが視線を上げて、私を見た。盤面に置かれた駒を見れば、今回も私の勝ちで終わるだろうという予想とともに、同じことを思ったことがあると既知感が忍び寄る。それはきっと相手にも同様に。
同じ手順、同じ手触り、同じ勝敗、同じ会話。繰り返し続けた流れ。いずれ飽きられてしまうだろうか。
「永遠にこのままだったら、どうなされます? ずっとこの部屋で、ふたりきりになって。我々の計画も関係なくなったら」
大したことのない雑談だ。ふと思いついた事を口にした。
対面に座る男はぱちりと瞬いて、面白がるように微笑んだ。
「さて、卿は繰り返しから逃れたいのだと思っていたが」
「既知を打破するのが我々の目的ですが……、こんな物は他愛のない、もしもの話。あり得たかもしれない未来を考えるのは人の常でしょう」
「人の常と来たか」
ラインハルトは声にだして笑い、背もたれに寄りかかった。金色の視線が周囲を撫でて、私に戻る。
金色の瞳の中に私がいた。
「私は卿とこうしてチェスを続けるだろうな」
「なぜ?」
正直なところ、面白みのない男だという自覚がある。必要もないのに自分が選ばれ続けることが想像できない。
「なぜって、卿とこうしているのは楽しいからな」
今度は私が瞬く番だった。意味もなく立ち上がりたくなる。実際腰を浮かしかけて、誤魔化すように座り直した。
「卿は見えないものを見たがる時があるな」
「まさか。私に見えないものがあるはずがない」
「ああ、そういうことでなくて。つまり……卿が見たいものは誰にも分からないんだ。私にも分からないし、卿にも分からない」
つまり、いまどう思っているのか? と私が思ったことを指しているのだろうか。
「永遠は、今、ここにしかないよ、カール」
ラインハルトが悪戯気に満ちた笑みを浮かべる。
「ここにしかない。後にも、先にも、ずっとずっと長い時間の間にもない。ここにいる私たちだけにしか分からない。ここにいる卿が感じ取れないのなら、どこにもないのだろう」
永遠の刹那を求める未来に存在する息子のことが泡のように浮かび上がってはじけた。
「……謎掛けですか?」
「まさか! 私が卿に出題できるわけもないだろう?」
ラインハルトは身を乗り出して、机に肘をついた。
金色の瞳の中に私がいた。私の瞳の中に彼がいる。そのまた彼の瞳に私がいて、合わせ鏡を覗き込んだような気がした。