「酒か……」
悩まし気に眉をしかめた金髪の少年に、影のような男は微笑んだ。
成長途中のアンバランスさの残る美貌が苦慮に歪むのは、妙な色艶があった。桜貝のような爪がガラスの表面を滑り、ワイングラスの中で深い色合いの液体が揺れる。
好んで飲んでいたのを知っているからわざわざ持ってきたわけだが、酒が飲めるような歳ではないのも知っている。そもそも今のラインハルトは酒が飲める歳まで成長しない。
「すこしくらい、良いではないですか。あなたが多少趣味を楽しんだところで、咎めるものはおりますまい」
蛇の誘惑であった。
禁断の果実は葡萄であるという説もあるらしいと考えながら、結局少年はワイングラスを手に取った。
ワイングラスを遡って香る酒精に少年は目を細める。匂いだけでその白い頬に赤が散る。グラスの淵にちいさな唇の痕がつけられた。
一口飲んだだけで、黄金の瞳がとろける。全身がほんのりと赤く火照った。
影のような男は、珍しく酔っている様子のラインハルトをにこにこと見守っていた。ラインハルトは本来酒をいくら飲んでも頬に赤みすらささないような酒豪である。酒で隙だらけになるのを見れるのは楽しかった。しかしこくこくと飲むうちに、小さな手からグラスが落ちて、少年がばったりと倒れてしまうと、さすがに超然とした態度を続けられなくなった。
「は、ハイドリヒ、どうした?」
小さい身体を素早く抱き上げるが、反応はない。
「ちょっ、ハイドリヒ! ハイドリヒ! ……し、死んでる……」
何度呼びかけようと、少年はぐったりと横たわったままである。なんなら呼吸も止まっている。そう、急性アルコール中毒である。
呆気ない死であった。
「あ? 何だって?」
藤井蓮は思わず耳を疑って聞き返した。
「だから、今回はもう死んだ」
「んなわけ無いだろ、早すぎるだろう。なんか持病でももってたのか、今回の身体」
父親はこれ以上ないくらい仏頂面だった。
「……急性アルコール中毒」
「は?」
「だから、急性アルコール中毒で死んだ」
「急性アルコール中毒ぅ!? ラインハルトが!?」
「カールよ、大丈夫だ。前回でだいたいのキャパシティが分かったからな」
酒を出せと言外に伝える少年に、影のような男は断固として拒絶した。
「駄目です」
「というか、アンタまさか前回はもうちょっとって欲張った結果死んだんじゃないだろうな」
親子にじっと見つめられて、少年は輝かんばかりの笑顔で沈黙した。