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    くろねこ

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    くろねこ

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    最終的に家族になる甚五

    #甚五
    veryFifth

    華が咲く 季節は夏を過ぎ、秋の気候を楽しむ期間も短くすぐに冬の風が吹いた。
     陽が登るのが遅くなり、沈むのが早くなった11月中旬。陽が出ている日中でも空気は冷たく上着を羽織っている人間が大半だ。早朝はさらに一段と冷え込みが強く、野外にいれば漏れる息は白い靄となって消える。誰もが身を縮こませ、暖かい我が家への帰宅が早くなり、外出することを控えるだろう。

     時間帯にすれば早朝。しかしまだ外は暗く、太陽も出てきていない。皆がいまだに布団でぬくぬくと暖をとりながら睡眠をとっている中、静かな住宅街で一人の男性が足を止めずに…目的もなく歩く足音が響いていた。
     ふわふわとした…日本人離れした白銀の髪を揺らし、コートのポケットに手を突っ込んで一人歩いている。
     大通りから離れたこの場所は車通りも少なく、今の時間帯なら人もほとんど見かけない。

    「んー……ここも静かでいいね」

     男は一人。誰に向けているわけでもない独り言をポツリと零す。声色は柔らかく、どこか弾んでいるようにも聞こえる。
     周りをグルリと見渡し、携帯で地図アプリを起動させる。住宅街を抜けると小規模の商店街があることに目をつけた。上がっている口角をそのままに男は携帯をポケットにしまって其方へ向かう。

     寂れている…というわけではない。今は時間帯が早朝のためどの店もシャッターが降り、住宅街と同じように静けさが広がっていた。何軒か開いている店もあったが、どれも居酒屋系の店だ。それには目もくれず、ど真ん中を歩き、進んでいく。
     と、ここで男性がようやく足を止める。横を向けた視線の先は狭い路地裏。数秒そこを凝視した後、そちらへ歩みを進める。躊躇いもなく奥へ奥へと足を動かす。

    「…………」

     酔っ払いか、それともホームレスか。
     決して広くはない陽も届かない、路地裏で。男が一人、壁に身を預けながら座っていた。顔は俯き、伸ばした足は動かず…腕も脱力して手のひらを見せている。
     こんな薄暗い場所で…見方によっては死体と思ってしまうだろう。でもその可能性は低い。男性の胸の呼吸に合わせて規則的に動き、口元からは白い息を吐いている。

    「お兄さーん」

     白銀の男が倒れている男性へ声をかける。顔が認識できるくらいに近づき、彼の傍らへしゃがむ。酒の匂いはしない。身なりは汚くはないが、何処か鉄の匂いがした。
     肩を揺さぶっても反応はない。寝ている…のではなく、もしかしたら意識を失っているのかもしれない。身に付けていたサングラスを外して裸眼で男を観察する。やや血生臭く感じる匂いの元を探すと、男の脇腹の服は破れ、目立ってはないが黒色の服がより濃くなっていた。
     男は怪我をしていた。喧嘩…にしては少々度が過ぎている。本来なら救急車を呼ぶべきだろうがどうも事件性の香りしかしない。そうなると問答無用で第一発見者である自分が疑われるのがオチだ。それは大変面倒であり、そこまでする必要性を感じなかった。
     怪我はしているが、真新しい出血はない。呼吸は乱れておらず、顔色が悪いわけでもない。

    「お兄さん 起きて」

     前髪で隠れている目元を覗き込む。冷たくなった指先で髪を梳くえば露わになる顔面。整った顔立ち。唇の端にある、小さくも目立つ傷跡。見た目での偏見であるが、絶対に堅気じゃないよなぁ…と男は呑気に考える。
     仮にヤのつく関係者…本人だった場合、彼が起きた時の方がもっと面倒な事になることだろう。だとしても今更放置することはしなかった。

    「起きて お兄さん。風邪引いちゃうよ?」

     血を流して倒れている人間など、ほとんどの人間が寄りつこうとしないだろう。こんな時間帯で…こんな場所で倒れているんだ。訳ありに決まっている…そう考えるのが普通である。
     しかし声を掛けた男性は、怪訝そうな態度も…怪しむ声色もしていなかった。かと言って心配をするような声でもなかった。

    「………ぁ?」

     ようやく、男が目を覚ます。低く出てきた声を聞いても側にいる彼は怯えることも、構えることもせずこれまた呑気に「やっと起きた」と述べるだけ。
     状況がまだ理解できていない男は顔を上げ、周りを見渡す。すぐに視界に入ってきた白銀の男性を見上げ、寝起きとは思えないくらいの鋭い眼光を向ける。

    「大丈夫?もう血は出てないみたいけど、お兄さん動ける?無理そうなら誰か呼んでこようか?それとも救急車がいい?あ、それとも警察の方が良かったりする?」

     ペラペラペラペラと、よく回る口。文字列だけみれば負傷した男を心配し、気遣う文面だ。しかし…先程と変わりない…抑揚のない声色は決して男を心配しての言葉ではなかった。
     その事に違和感を抱いたが、まだ正常に頭は動かなかった。質問されている内容を脳内で繰り返し、理解して、口を開く。

    「…………誰だ、テメェ…」
    「ん?僕?僕はただの通りすがりの人間。たまたま散歩してたら変な臭いがしてさ。こっち入ってみたらお兄さんが転がってたからどうしたのかなって。あ、もしかして自殺志願者だったり?」
    「……んなわけあるか…」

     何をどう言う思考回路だったらその結論に至るのか。少ない会話の中で脱力した男は目の前にいる男性に対して面倒さを抱き始めていた。どうも、調子が乱されてしまう。
     静けさ、薄暗さに見合わない組み合わせ。血が足りてないのか、これ以上凄む気力も削がれてしまった。
     大きくため息を吐き、深く壁に凭れる男。しゃがんだままの男性は眼前の人間が目を覚ましても立ち去ろうとはしなかった。

    「……大丈夫?傷が痛過ぎて動けないとか?」

     去ろうとしない……それどころか更に質問されるなど頭の片隅にもなかった。若干苛立ちはしたが口を開くことすら億劫で無視を決め込む。
     が、それがいけなかった。

    「よい、しょっ!」
    「っ!?」
    「お兄さんの家 どこ?」

     あろうことか、白銀の男性は自分よりも筋肉量の多い男の腕を自身の肩へ回させ、座り込んでいた体を引っ張ったのだ。
     長身、痩躯。そんな見た目の印象に過ぎなかったのに、服の下に隠された力に驚きを隠すことができなかった。
     本当に訳が分からなかった。男性の思考、そのものが。茫然とする男を放って、彼は歩き出す。それに釣られて前に出る足。支えなどなくとも男は自力で立つことも歩くことも出来る。でも説明するよりも先に男性が行動を起こした。

    「家どっち?」

     路地裏を出たところで足を止め、尋ねられる。この手を振り払うのは簡単だ。傷は負っているものの深傷ではない。とっくに血は止まり、流れていた血も服に染み込んだ血も渇いている。
     意識だってさっきよりマシだ。視界もクリアとなり、より鮮明に男性の顔を認識できる。ここが何処で、自分が座り込んでいた場所が自宅からどれほどの距離にあるのかも分かっている。
     けれど。思っていた以上に疲労は蓄積されているらしい。いや、この場合自分の腕を担ぐ男性の対応に疲れてしまった…と言う方が正しい気がする。

    「…………」

     男は反論も抗議もせず。男性の質問に対して指を差して自宅の方向を伝えた。


     まだまだ人通りは少ない。自宅に到着するまでに何人かとすれ違ったがこちらを気にかけている様子は微塵もなかった。早朝からペットの散歩をする者、ジョギングをする者、スーツを着て会社に向かう者。
     傍から見れば酔っ払いと、それを介抱する人物にしか見えないのだろう。
     分かれ道に差し掛かればまた男性から自宅の方角を聞かれる。それに答える。それを数回繰り返す。そうしてる間も、白銀男性の口は止まらない。こちらに質問することもあればまるで独り言のように唇を動かす。碌に返事もされない雑な対応であってもそのスタンスを崩すことはなかった。

    「ここだ」

     やがて男の家に到着した。築数十年は経っているであろう、外観も見るからに劣化したアパート。一番奥の部屋。そこが男の住まい。
     尻ポケットから剥き出しの鍵を取り出し、開錠してドアノブを捻る。

    「っ、お父さんっ!?」

     中は無人だと思っていた。ところが扉が開くと同時にドタドタと二人分の小さな足音と子供の声、発したであろう少女と、その後ろに少年が姿を現した。

    「え?お兄さん 子供いたの?てことはパパ?」

     子供の声にも、男性の言葉にも…いまだ担がれている男性はやはり返答しなかった。しかし漸く自ら足を進め、男の肩に回していた腕を外し、玄関先へ腰を下ろす。

    「ぁ、あの…」
    「ん?あー、ごめんね。僕は君たちのお父さんとは知り合いじゃないんだよ。たまたまね…倒れてるこの人を見つけて、僕が勝手に送り届けただけの赤の他人」
    「ありがとうございますっ」
    「いいの いいの。本当にお節介でやったことだから」
    「なにかお礼を…」
    「本当に大丈夫だから ね?」
    「で、でも…」

     素直で義理堅い少女は去ろうとする男性を引き留める。わたわたと焦る少女の様子を間近で見た…側にいた少年が動く。

    「、お茶だけでも、飲んでいってくださいっ」
    「んー…本当、気持ちだけで十分だよ?それにほら…知らない人に名前を教えたり、簡単に家にあげちゃダメって言うじゃない?」

     じゃ、お邪魔しましたぁ、と男性は踵を返し出て行った。室内に取り残された三人の空気は少しだけ冷たかった。
     そこで漸く男が動いた。ゆっくりと立ち上がり、履いてた靴を脱いで部屋に上がる。狭く、古いアパートに廊下なんてものは存在せず玄関を上がればすぐにダイニングに繋がっている。その奥に襖で仕切られている六畳の畳の部屋があるだけ。風呂もトイレも一緒になっており、脱衣所もない。洗濯機置き場はベランダにあり、家族で住むには向いていない。

    「……お礼、できなかったね…」

     あからさまに落ち込む娘の声と、息子の鋭い視線を背中に受ける。押入れからバスタオルと着替えを持って風呂に入る男。
     聞こえてきたシャワーの音を聞きながら二人の子供……少女の津美紀と少年の恵は納得いかない表情をしたままだった。男性に連れられて帰宅した自身の父親…伏黒甚爾の口数の少なさに呆れるしかなかった。

    「………ちょっと早いけどお父さん帰ってきたし、ご飯作っちゃうね」
    「…俺も手伝う」


     風呂場の前からいなくなった気配に伏黒甚爾はため息を吐く。頭からシャワーを浴び、つい先程のことについて思考を巡らせる。
     自身を自宅まで送ってきた男性のこと。
     あの路地裏で半分意識を失う直前のことは覚えている。大した原因ではない。己が関わる仕事のこと。子供たちには言ってないが限りなく黒に近い…いわゆる"危ない"仕事に携わっていた。そっちの方が収入がいいからだ。
     依頼された仕事をこなして、昨晩パチンコにでも寄り道しようかと思っていたが誰かに着けられていることに気付いた。人通りの少ない路地を通ったり、入り組んだ道を選択してもその人影が去ることはなかった。むしろ時間が経過するたびに増していく殺意。
     倒れていたあの路地裏を選択したのは本当にたまたま。完全に人の目がなくなった時に己を狙っていた人間は現れた。
     目は血走り、呼吸を乱れさせ、まともに会話も出来そうにない。姿を見せた男性を前にしても甚爾は焦りはしなかった。余裕もないもない……ただただ、憎悪に染まった顔を見て、哀れだな…と若干の同情心を持ったくらいだ。
     けれどそれがいけなかった。いくら危ない仕事をしていても自宅に帰れば自身の子供たちが出迎える生活。緩すぎる空気は脳みそまで溶かしてしまったかのように判断を鈍らせた。
     目の前の男に気を取られていたせいで、背後から投げつけられた刃物に気付くのが遅れてしまった。こんな失態、今までしたことがなかった。一瞬の隙をついて男が襲いかかってきたが、傷口は思ったより深くなく、体を動かしても問題はなかった。素人丸出しの、手に包丁を持った男の動きを止めるのに苦労はしなかった。
     背後から腕を回し、首を絞め忠告する。そこで仕留めなかったのは…たんに仕事ではなかったから。死体を後始末する人物も側にいない。そうなると後処理は必然的に自分で行う羽目となる。そうなっては面倒だった。
     忠告をしても男が簡単に引き下がらなかった場合、もっと面倒になる可能性も考慮できたが、それは免れた。あっさり怖気付いた男は悲鳴を上げることも出来ぬほど震え上がり、足を縺れさせながら逃げて行った。
     振り向いた際に、正面から脇腹を掠めた傷口から血が滲む。この程度だったら病院に行くまでもない。事件性を感じ取った医者が警察に通報しないという確証もない。
     ならば大人しくしているに限る。
     男の仲間がまだ自分を監視している可能性もある。自宅を特定されても、面倒事が増えるだけで…何より子供たちに危害が加わる可能性が高い。こんな仕事をしておいて、恨みを買われないはずもない。
     長く、深い溜息を吐いて、壁に凭れながら腰を下ろす。
     こんな事で傷を作ってしまった自分に呆れるしかない。もう暫くは動かない方が賢明だと判断して、甚爾は目を閉じた。

     次に目を開けた時、まさか自分に話しかける人間を目の当たりにするとは考えていなかった。
     今まで見たことがないくらい…恐ろしく顔の整った男。碧い瞳は光の反射などなくともキラキラが輝いて見えて、肌は吐き出されている白い息といい勝負するくらい色白。目立っているのはそれだけに留まらず、ふわふわと柔らかそうな髪を揺らしている色は白銀。
     一度見たら忘れることも出来ないような人間の知り合いなど、甚爾の記憶の中にはいなかった。初対面であるはずなのに己に声をかけ続ける男の口は止まらない。強制的に立ち上がらせ、自宅を聞き、まさか本当に送り届けられるとは…。
     意図や本性が分からない男は不気味で、違和感で……けれど見様によっては善人と捉えられる。短過ぎる時間しか接していないが、それに当て嵌まらないような気がした。
     人の意見や話を聞かない無遠慮な性格かと思えば、子供たちの恩はやんわりと断る始末。
     気まぐれとしか捉えられないその振る舞いに疲れが一気に押し寄せてきたのだ。

     冷水と温水。その両方を浴びた甚爾の頭はすっかり冴えていた。血を洗い流し、傷口は沁みたが開くことはなかった。水気をタオルに染み込ませ、居間へ向かえば既に二人が作った朝食がテーブルへ並べられていた。
     先に食べている津美紀と恵の前へ座り、自分にも用意されたメシへありつく。

    「お父さん 本当にあの人とは知り合いじゃないの?」
    「ああ」
    「そっか………ならもう会えないのかな…?」
    「……………」

     礼の言葉しか贈れなかったことが悔やまれるらしい。甚爾に肩を貸して自宅まで送り届けたのは事実でも、それを頼んだわけでもないため正直に感謝する気にはなれなかった。
     相変わらず息子からの視線は冷たいものであるが、こればっかりはどうしようもない。男はもう去った。今更、足取りを追うことも不可能。
     溢れそうになった溜息を、温かい米と共に飲み込んだ。
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