妙な男だった。
長い黒髪を黄色のリボンでひとつにまとめた、中性的な面立ちの男である。
旅行用のトランクの他に、大きな、それこそ両手で抱えなければいけない大きさの箱を持って、この宿の戸を叩いた。
なにぶん寂れた宿であるので、泊まりたいという客を拒否するようなことなど出来ない立場だ。
男が纏う陰鬱な雰囲気にのまれつつ、部屋に空きはあるか?という問いに頷いてしまったことを、今は後悔している。
男自体が不気味である、というのもそうなのだが、なにより肌身離さず持ち歩いてるらしい箱が恐ろしい。
ある日の午後のことである。
客室の清掃のために宿の中を移動していた男は、ふと部屋の中から話し声が聞こえることに気が付いた。
ひとりはあの男だ。チェックインの際に声を聴いたから間違うことはない。不思議なことに会話の相手の声には聞き覚えがなかった。
耳触りのよい低音。ささやき声だというのに、よく通って、話していることがすっと脳に入る。
はて、友人でも呼んで、部屋に招き入れたのだろうか。
カウンターで受付も担当しているから、だれかが訪ねてきたのだったらさすがにわかるはずだが。
そんな風に疑問に思ったのもつかの間、部屋の中から漏れ聞こえてきた内容に思わず口元がひきつる。
箱の中では観光もままならんな、と笑いを含んだ声が言う。
箱とは、あの箱だろうか。男が抱えていた箱を思い出す。丁寧な飾り細工が施された箱であった。大きいとは言っても、人をいれるとなると無理があるサイズだ。
あって子供だろうか。手足を折り曲げて、箱の中につめられた子供を創造してしまって、慌てて首を横に振る。
すくなくとも、部屋の中から聞こえてきた見知らぬ声は、大人の男のものだ。
しかしそうなると、ますますおかしい。
あの箱は、よくて胴体が収まるかどうかといったサイズだ。嫌な想像ばかりが浮かんでくる。手足を落としたら、まあ、入るかもしれないが……。
なにも聞かなかったことにして、その場を離れた。
妙なことに巻き込まれたくはない。
男が箱を手にして出かけた後――観光に行くらしい――、しぶしぶとあの男が泊っている部屋の清掃をしにいった。
なにがとび出てくるか分からない恐怖に震えつつ、掃除をしていると、長い金の髪を見つけた。
シーツの上に落ちていたそれは、きらきらと輝いているように見える。
「……いいや、これは……、これは髪ではなく、そう、糸」
こんな金の長い糸がどこから湧いて出たというのだ。と思わなくもないが、まあそういうことにしておく。
早く別の宿に移動してくれないかな、と切実に願った。