「やあ、"私"。今日は忙しかったな」
鏡から声が聞こえてきた。執務机に置いている卓上ミラーを手に取って、引き寄せる。
自分自身がうつっているはずの鏡面をのぞき込むと、髪の長い男が映っていた。顔立ちは同じだというのに、鏡の中の男はいつもゆったりと微笑んでいるから、あまり実感がわかない。
外を見れば、すでに夜空に星が瞬くころである。仕事をしているうちに、外が暗くなっているのはいつものことだった。
「もう良い時間だろう。帰るついでに、なにか菓子でも買って帰るといい」
自身の前髪をいじりながら話を聞いていたラインハルトは、その提案にすこし瞬いた。
「菓子?」
「そう、特に今日は悪戯好きが多いだろうからな」
「ああ、そういうことか……、とはいえ私にねだるのもいないと思うが」
カレンダーの日付を確認して、ラインハルトはいささか面倒そうな表情を浮かべた。イベントにかこつけてはしゃぎまわっている仮装野郎どもの後始末は毎年この時期の悩みの種だ。とはいえ、それはラインハルトが菓子を持ち歩く必要はないはずだが。
「ふふ、なに、私は忠告したぞ」
口元に手をあてて、くすくすと笑う鏡の中の男を睨みつけた後、ラインハルトは大きくため息をついた。
「"私"の言うことだ、ちゃんと買っておく」