無無明尽 浜辺にいた。傾きかけた太陽。黄昏色に染まった世界。潮騒。
目の前には知っている後姿がある。濡れた砂浜に立っている男の長い金髪は風にあおられて浮き上がり、光に溶けていきそうだった。見慣れた黒い外套をひるがえして男が振り返る。
その後ろで夕日に照らされて金色に輝く波が盛り上がり始めていた。予感があった。
男は金の瞳をやわく笑いの形に蕩けさせて、いたずらっぽく笑う。
「地獄で待っているぞ、カール」
その声が聞こえるや否や、金色の波に押し流される。
男の姿は波にさらわれてどこにもない。
呼吸ができないくらいで苦しむはずもないのに、妙に胸がさわがしい。苦しいのだと一拍遅れて理解する。苦しかった。訳もなく叫びたくて仕方ない。怒りも涙も渇き果てたこの身にいまさらそのような激情があるはずもない。しかし周囲の海水を取り込むたび苦しさが増していくような気がする。
苦しい。胸をかきむしる。いっそこの心臓を抉りだしたかった。
猛る波にただ翻弄される。
こんなものを愛と呼ぶというのか?