【クージィ】エーデルワイス父の店で、花を買った。息子が買い物に来たのは初めてであるアズゴアは一瞬戸惑い、それから何かを悟ったように優しく微笑んだ。
イエローの花柱に、白く尖った花弁をつけた名も知らない花。闇の世界で彼女がつけている、腕の装飾に似ている。だからそれを選んだ。
「これの花言葉は『初恋の感動』だそうだよ」
父の、さりげない言葉が胸に溜まる。初恋の感動。雪のように白い花は丁寧にラッピングを施され、クリスの手に渡った。飾るリボンは、艶のあるスミレ色を選んだ。
「なんだよ、急に呼び出しやがって」
誰も開けたことがない扉が眠る森の中で、彼女は待ち合わせの時間ぴったりに立っていた。
ゲームをしようとか、闇の世界に行こうとか、ダイナーに行こうとか、様々な理由で呼び出しては、彼女は律儀にやってくる。その日もいつものようにだぼだぼのジーンズを履いて、見慣れた白いシャツと着古したジャケットを着て、クリスがやってきたのを見るとほんの少しだけ頬を緩ませた。
「はい、これ」
「……は?」
丁寧に包まれた、小さな花束を渡す。まるで、彼女が忘れた教科書を渡すときみたいに、何気なく。
クリスの手の中にある白い花を認めたスージィは、丸く見開いた目を何度かぱちくりさせた。
「なんだ、これ」
「花だよ」
「親父さんの店の余り物か?」
「ううん。僕が選んで、買った。君にあげるために」
「はあ……」
彼女は、変な形の小鳥でも見たような顔で首を傾げている。スージィの胸元までぐいっと花束を押しやると、彼女はやっとそれを受け取った。
「……これ、どうすればいいんだ?」
「さあ……花瓶に水を入れて、挿しておけばいいんじゃないかな」
「うちに花瓶なんかあるわけねぇだろ」
「それは困ったなぁ」
スージィは、にこりともしない。ただただ、状況が飲み込めずにぼんやりしているようだった。いつもくるくると変わる表情が、ちっとも動かない。
……やっぱり、おかしかったかな。スージィに、花を愛でる趣味があるとは思えない。それも、なんでもない日に、前触れなく花を贈るなんて。
「……ふっ……へへへ……あは、あはははは!」
突然、スージィは大声で笑い出した。額に手を当てて、仰け反って豪快に笑う彼女は、いつもの快活な姿と変わらない。
「そ、そんな笑わなくたって」
「いや!おかしいだろ!花?アタシに?贈り先間違えてんだろ!」
盛大にツッコミを入れつつ、彼女はクリスの肩をバシバシ叩く。しかしもう片方の手では、小ぶりな花束の根本を優しく掴んでいた。
「おふくろさんにやれって!ア、アタシなんかより、よっぽど似合うだろ!」
からからと笑いながら、彼女はそっと花束を返そうとする。確かにママなら、なんの疑いもなく率直に喜んでくれるだろう。
「嫌だ」
「へ?」
はっきりと言い切ったクリスの口振りに、スージィが少しだけ笑いを引っ込める。
「これは君のために、君に似合うと思って、君に贈りたくて選んだんだ。他の誰にも、そんなことしない」
「……はは……」
スージィは、固まってしまった。自分の手元にある花束に目を落とし、黙っている。何かを言いあぐねて、口はぽかんと開いていた。
「君に受け取って欲しいな。……ダメ?」
彼女の目線が揺れる。白い可憐な花弁をじっと見詰めて、俯いて。紫色の薄い鱗に覆われた頬が、緩やかに紅潮していく。
「……その……男から……花、もらうなんて……そんなの、まるで……」
続きを聞く前に、クリスは彼女の大柄な体に抱きついた。急に、二人の体温が近くなる。
「まるで、何?」
「……う」
どきどきと、心臓が高鳴っている。彼女の心音と重なる。
スージィは、なんて言おうとしたのだろう。まるで、浮かれたカップルみたい?まるで、恋人同士みたい?まるで……自分が、花の似合う女の子みたい?
「君に似合ってるよ。真っ白で、小さい、可愛い花」
「…………」
クリスの腕の中で、彼女はすっかり大人しい。スージィは何か言おうと息を吸い込み、言いかねて、ちょっとの間、息を止めていた。
ざわ……と、木々のざわめきが吹き抜けていく。まだ冷たい風から、彼女を守るように腕を回した。スージィは、応えるようにクリスの背に手を添えた。
「…………ありがと」
小さな小さな声が、耳に届く。クリスは微笑んで、そっと彼女の背を撫でた。
咲き誇れ、僕の想い人。僕に愛されて、愛されて、少しずつ気づけばいい。君が、可憐な女の子だってことに。二月の寒空に咲く、健気な花のように。