【ハイバラユウの事】(さしすゆけ)【ハイバラユウのこと】
「灰原っていたじゃん」
突然出された名前。
七海建人は呪術界の復職手続き的なものにペンを走らせていたが、その動きをピタリと止めた。そして、暫しの沈黙を含んでから口を開く。
「いましたよ」
低く静かで、それでいて凛とした答えが、談話室に灯る。
八頭身どころではないでかい図体に必死に耐えていた椅子がキイと鳴り、問いかけの主である五条悟は七海が出戻りの手土産として持ってきた大福を三個平らげ、まだ足りないと包みに手を伸ばす。七海はそれを承知のうえで、手土産を二つ用意していた。一度疎遠になったというのに此処での彼ら個々の癖を覚えているなんて、と高専の門を潜りながら苦笑いしたのはつい数時間前。灰原が居れば、有名なおにぎり屋の詰め合わせなんかも用意しただろうし、日本酒も勿論用意している。
「僕ね、ちゃんと覚えてないんだ。いや、確かに居たよ。歓迎会とか、すげー元気なヤツが入ってきたなって。でもさ、あの頃の僕は誰に対してもそうだった。居た。それだけ。みんなで色んな事したのにさ。薄情だね」
「アナタはいつだって薄情でしたよ」
「フォロー無しかよ」
空白の期間になにがあったのか知らないが、目元包帯グルグル巻きになってしまった先輩の表情は読めない。それを横目に、再び書類に意識を戻す。
「灰原。灰原雄。なあ、オマエが知ってるアイツを教えてよ」
「………嫌ですよ」
「ケチ」
小学生か、とツッコミを入れたくなるような膨れた顔をしたかつての先輩は、大福を全て平らげていた。粉一つ口の周りに付けずあの勢いで大福を平らげる。甘いものを大量に接種いる時は脳の回転を早めている時。この人が、灰原の事を必死に思い出そうとしてる。滑稽だと、思った。
「お前らさ、夜中によく米炊いて握り飯作ってたよな。オマエは嫌々付き合わされてた感じだったけど。でさ、ある夜、任務帰りの俺がたまたま通りかって、握りたてのそれを全部食っちゃって。フフッ、そん時さあ、オマエはスゲー怒ったのに、灰原は」
『任務ご苦労様です!お腹空きましたよね!良かった!先輩がそんなにバクバク食べてくれるなら、気合い入れてもっかい炊きますね!』
「って、目を輝かせて笑っててさ。今からもっかい炊くのかよ、寝ろ!って。そん時、あー俺、コイツ好きだなあって。思ったんだよね」
七海の脳内に夜中の食堂の光景が広がる。灰原は米派でお弁当はいつも山盛り。任務がきつかった日は腹が減るのか、夜食におにぎりを作ろう!と、よく付き合わされたものだった。いつも全力で、素直で、元気で。あの笑顔に何度救われた事か。
「一人称、俺になってますよ」
「あっ。………ははっ、相変わらず細かいヤツ」
今日の昼はおにぎりにしよう。
五条さんから灰原の名を聞く日が来るなんて。
灰原、君は今もみんなの心に生きてるんですね。
ハイバラユウ。
此処での唯一の同級生。
------ 私の 大切な ------
《ハイバラユウノコト(五条悟)》
あー、マジでごめん。正直アイツら程ちゃんと覚えてない。いつも声デケーし、明るいし、めちゃくちゃ飯食うし、傑の事リスペクト?尊敬?してて、いつも七海を引っ張り回してて、でもそんなアイツに振り回されるの、みんな嫌じゃなかったんだよな。アイツ居ると楽しくてさ、ムードメーカーってやつ?真っ直ぐで素直で、あーこーゆーヤツもちゃんと居るんだなって。ほら、呪術師って明るいハッピーな職種じゃねーし、僕の実家なんてガチガチの呪術家系だったろ?だから珍しかった。そんで傑がさ、俺らから離れた時「全力で自分が出来ることをやる」って感じのこと言ったんだよね。あれ、灰原がよく言ってた台詞。アイツの中にも灰原がちゃんと居るんだなって、後々思った。
あ、なんだ、俺、ちゃんと灰原の事覚えてるじゃん。
楽しかったな。ちゃんと青春もしてた、俺達。
忘れてた。色々有りすぎて、忘れてたんだ。
【ハイバラユウのこと】
「お前の顔を見ると懐かしくなるな」
目の下が真っ黒な所は社畜時代の自分と瓜二つ。元々美人な先輩ではあったが、不健康そうな目元によりアンニュイな雰囲気がプラスされている。結局此処も社会もクソ。まあ、人生とはそんなものか。
「ご無沙汰しております、家入先輩」
「同業なんだ、先輩はいらないよ」
(続く)