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    うすや

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    @usu_6458

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    うすや

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    晴信が風邪を引いた話。
    無自覚な晴(←)景。沖田さんが出てきます。続きます。

    晴信が風邪を引いた話カルデアはいつでも賑やかだった。本来なら交わることのない英雄たちがサーヴァントとなって共同生活を送っている。景虎は自室で起床し、今日は何をしようか考えた。今日は素材集めのメンバーにも選ばれていないため特に予定はない。食堂で朝から酒盛りをしているサーヴァントたちに混ざって酒を飲んでもいいし、シュミレーションルームで誰かと戯れのような殺し合いに興じてもいいだろう。
    だが、まずは朝餉だろうと次の行動を決める。サーヴァントには食事も睡眠も必要ないが、魔力を補うため、また生前の習慣が抜けないため、スタッフやマスターと同じように自室で夜には眠りにつき、食事を摂るサーヴァントが多い。それに、このカルデアには料理に長けた者も多くいることもあって、シンプルに美味しい食事に舌鼓を打つのは皆の娯楽にもなっている。
    (今朝は何を食べましょうかね。お酒に合うものがあればいいんですが)
    景虎は部屋を出て、食堂へ向かうべく長い廊下を歩く。時折すれ違うサーヴァントに朝の挨拶をしながら、食堂に辿り着いた。そこは既に多くのサーヴァントで賑わっており、遠くの方に顔なじみを見つけた景虎は彼らの方へと進んでいく。
    「おはようございます。相変わらず朝から騒がしいですね」
    「私だって好きで騒いでいるわけじゃありませんよ。ノッブが私のデザートを盗るから」
    「さっきから懐の狭いやつじゃな、いいじゃろ一つや二つくらい」
    「一つや二つって……一個しかなかったんですよ! 返してください私のゴマ団子!」
    「ははは! もう食べちゃったもん」
    「斬ります」
    本当にこの二人は仲がいい。生まれた時代も場所も違うのに、まるで幼い頃から共に過ごしてきたかのような独特な距離感を持っている。こっちのことはそっちのけで言い争いを続ける二人を見て、景虎は無性にあの男に会いたくなった。こうなれば早速行動するべし、と未だ言い争いを続ける二人と朝餉を無視して景虎は目当ての赤色を探しにいく。
    この時間に食堂を見回してもいないということは、まだ寝ているかシュミレーションルームか、あるいは図書館という可能性もある。彼は今日の素材集めのメンバーには入っていなかったはずだから、カルデアのどこかには必ずいるはずだ。
    (まずは部屋に押しかけてやりましょうか)
    景虎は長い髪をさっと翻して元来た道を戻っていく。カルデアに召喚された時期が近いせいか二人の自室は近かった。自分の部屋を通り過ぎ、目的地に着くと景虎はノックすることなく勢いよくドアを開ける。
    「晴信、川中島しましょう!」
    だが、そこには誰もいなかった。
    「読みが外れましたね……ならば、本でも読んでいるのでしょうか」
    そうして景虎は次の目的地へと向かう。相変わらず薄暗いこの部屋を景虎が私用で訪れることはあまりない。専ら人探しのために来るだけの部屋だが、改めてじっくりと部屋を見回してみるとなんとも立派な施設だと感じる。所せましと本棚が並んでいるため人を探すのも難しい。すると、入口近くの本棚の前にこれまた見知った顔がいたため景虎は話しかける。
    「もし、晴信見ませんでした?」
    「……上杉殿、ここでは小声でお話ください」
    「あぁ、すみません。で、晴信見ました?」
    読書の最中に突然声をかけられた三成ははぁ、とため息を一つついた。手にした書物を読むのに集中していたところに急に話しかけられて嫌がっているというのもあるが、「図書館では静かにする」というルールを景虎が破って話しかけてきたことに呆れているのだろう。彼はこの手のことには酷く敏感だ。
    「いえ、生憎ですが本日はまだ見かけておりません」
    「そうですか……分かりました」
    「お力に慣れず申し訳ない」
    プライベートな時間を邪魔されたのにそう言ってみせる目の前の男は確かに気遣いの男だった。景虎はこの手のタイプはあまり得意ではないが、主君を支える素質は十分に持っているのだろうと彼への認識を改めた。
    「いえ、それでは」
    しかし、図書館にもいないとなると次はシュミレーションルームだろうか。景虎は自分に二回も空振りをさせた晴信を心の中で一発殴り、次なる目的地へと向かう。シュミレーションルームには毎日血気盛んなサーヴァントたちが集まっていて、今日も今日とて彼らは己の技を磨いていた。
    そんなサーヴァントたちの中に珍しい顔がいたので景虎は思わず声をかけてしまった。
    「貴方がここにいるとは珍しいですね、確か……山南といいましたか」
    「これは長尾殿、確かに私がシュミレーションルームにいるのは珍しいかもしれませんね」
    「日常的に誰かと戦いたいと思うタイプには見えませんが……やはり新選組の人間は皆血気盛んなのですか?」
    「いえ、私はたまに剣が鈍らないように稽古するくらいです。今日は長倉君を探していまして」
    「そうですか。でも偶然ですね、私も今絶賛人探しの最中です」
    見るからに優男の山南だが、その腕には剣士と呼ぶに十分な筋肉がついているし、些細な身のこなしも幾多の戦場を生き抜いてきたのだなと感じさせるものだった。今日は思いもしない発見がよくある日だと景虎は思う。山南はこちらが同じ目的を持っているのだと知ると、人当たりのいい顔で誰を探しているのか尋ねてくる。
    「それで、誰を探してらっしゃるのですか? よろしければ力になりましょう」
    「これは助かります。実は晴信を探していまして……どこかで見かけませんでした? どこを探しても全然いなくて」
    景虎はこれまで幾度も空振りを食らったことをつい愚痴るような声色でそう言った。まるで幼子が駄々をこねるような口調の景虎に思わず山南は微笑みを溢し、そういえば、と口を開いた。
    「ここに来る前に医務室を覗いたのですが、その際に彼のものらしきコートが椅子にかかっているのを見ましたよ」
    「医務室ですか? それは予想外の場所でしたね……情報感謝します。では」
    「はい、お役に立てたようで何よりです」
    そう言って山南は優しい笑みで景虎を送り出した。
    まさかあの男が医務室なんて似合わない場所にいるなんて思いもしなかった景虎は、少し面食らいつつも足取りを早める。医務室にいるということは怪我でもしたのだろうか、医者の世話になるほどの怪我をしたならば存分に笑ってやろう。そう決めて、景虎は目的地へと急ぐ。
    「晴信! 川中島しましょう!」
    「おい、ここは病室だぞ。声を抑えろ」
    部屋に入った途端に叫んだ景虎はまたもや注意を受けてしまう。椅子に座ってカルテを書いていたアスクレピオスは景虎をじっと見つめて頭の先からつま先まで観察する。
    「どうやら患者ではないらしいな。用がないなら出ていけ」
    「晴信がここにいると聞いたもので。すぐ連れて帰るのでお構いなく」
    「それは出来ないな」
    アスクレピオスはカルテを書く手を止める。
    「何故です?」
    「それは彼が僕の患者だからだ。完治していない患者を帰す医者などいない」
    「……それほどまでに重篤なんですか?」
    てっきりシュミレーションルームで戦いに耽って怪我でもしたのかと思ったが、どうやらアスクレピオスの顔を見るに晴信は余程重症らしい。
    「患者の情報をそう簡単には洩らすわけにはいかないが……そうだな、彼は魔力異常による頭痛、噴嚔、眩暈、発熱等の症状が見られる。要するに風邪の症状だ」
    「風邪?」
    景虎が聞き返すと、アスクレピオスは興奮したように早口でまくし立てた。
    「サーヴァントは魔力異常によってその身体に何らかの影響を受けることはデータにあったが、まさかこのように風邪の症状を訴えたのはこれが初めての症例だ。風邪とは本来ウイルスに罹患した場合に免疫の防御機能が発動して起こる症状だが、魔力異常によってウイルスに感染した際と似たような状態になるなんてこれまで前例がない。僕は一刻も早くこの未知の症例の原因究明に取り掛からなければならない。よって、彼を引き渡すわけにはいかない」
    「…………つまり、晴信はしばらくここで養生するということですか?」
    景虎の声は無意識に少し震える。
    「そうなるな」
    「晴信はいまどこに……?」
    「向こうのベッドで休んでいる。見舞いなら構わんぞ」
    そう言われたので、景虎は医務室の奥にあるベッドへと近づく。何台も並べられたベッドの中で一つだけカーテンが閉められているベッドがある。きっと彼はここにいるのだろう。景虎はそっと白いカーテンを開けた。
    「…………晴信?」
    そこにはいつもの赤いコートを脱ぎ、ベッドに力なく横たわる晴信がいた。景虎の気配に気が付いたのか、それまで閉じられていた瞼がそっと開き、虚ろな瞳は声の主を探して彷徨った。
    「晴信」
    「……なんだ、お前か…………笑いにでもきたか」
    「最初はそのつもりでしたが……そんなに悪いんですか」
    「こんなの、大したこと……ない」
    晴信はそう言って見せるが、その顔はまさしく蒼白という言葉が正しいほどに白く、声もいつもの堂々としたものとは程遠いくらいに細々していた。それになにより、彼が景虎の前で横になったままの姿を晒していることが、彼の重篤さを如実に表している。晴信は気だるそうに布団から片腕を出すと、ベッドの脇で立ちすくむ景虎の頬をそっと撫でた。
    「……おい、そんな顔……すんじゃねぇ、よ」
    頬から伝わる晴信の体温は氷のように冷たく、まるで死人のようだった。
    「…………そんな顔って、どんな顔ですか」
    「迷子の童みてぇな顔」
    何とか絞り出した言葉に返って来たのは到底信じられない回答だった。
    「童? この私が?」
    毘沙門天の化身たる自分がそのような顔をするわけがない。きっと晴信は目までおかしくなってしまったのだろう。そう思ったが、晴信は辛そうな表情を隠して、まるで幼子を相手にするような優しい声色で景虎に語り掛ける。
    「心配……するな。俺が、この程度で……くたばるわけない、だろう……」
    「晴信……」
    そう言うと、頬に触れていた手がぱっと落ちて離れていく。景虎は思わずその手を掴まえてベッドの方を見ると、晴信は眠ってしまったようだ。そっと握っていた晴信の手を景虎はベッドの中に戻すと、彼の胸元に耳をあてた。ドクドクと鼓動の音を聞くと何だか安心する。
    何故自分がこんなことをしているのか景虎自身にも分からなかった。だが、景虎は柄にもなく不安に襲われていた。初めての感情にどうすればいいのか検討もつかない。頭の中がぐちゃぐちゃになりながらも、景虎はアスクレピオスに面会時間の終了を告げられるまでずっとそこから動けなかった。

    ***

    次の日もその次の日も、晴信は医務室から出てくることはなかった。やはりそれほどに具合が悪いのだろうか。生前から一度たりとも寝込んだことのない景虎にはよく分からない。だが、あの日ベッドで弱り果てていた晴信の顔が忘れられなかった。あの顔を思い出すとどうも心が落ち着かなくなり、焦燥感から辺りなんて気にせずに槍を振り回したい衝動に駆られる。
    だから、景虎はアスクレピオスに晴信を早く治すように詰め寄った。
    「早くなんとかしてください。貴方、医神なんでしょう?」
    「僕だって患者の一刻も早い回復を当然望んでいる。だが、この症例は特殊過ぎる。この僕でさえも対処療法しか出来ないのが現状だ」
    「そう簡単には治らぬ病だと?」
    「そうなるな。だが、僕が診ている以上、治らないなんてことはありえない」
    アスクレピオスはいつからそこにあるのか分からない冷めたコーヒーを一口飲んで、分厚い医学書に目を落とした。
    「よって、僕は病の原因究明に忙しい。もう用がないなら帰ってくれ」
    「…………私になにか、出来ることはないのでしょうか」
    ふと、景虎はぽつりと溢した。その言葉を聞いたアスクレピオスは医学書に目をやったまま、「医学の知識のないものに治療は不可能だが、看病くらいは出来るだろう」と言った。
    「看病?」
    「あぁ、彼の病は伝染するものではないことは確認済みだ。出来ることといったら、見舞いと簡単な看病くらいだろう。生憎このカルデアにはナースがいないからな」
    「よく分かりませんが、毘沙門天の化身たる私に出来ぬことはありません!」
    アスクレピオスの提案に一二もなく頷くと、景虎はさっそく準備に取り掛かろうと、医務室を後にした。しかし、途中で看病のやり方を聞くのを忘れていたことを思いだした。
    (まぁ、なんとかなるでしょう)
    分からぬことは聞けばよいのです、と景虎は一人呟いてまた歩き出した。
    「……で、私のところに来たと?」
    「えぇ、病弱サーヴァントなら看病もされ慣れているでしょう。で、どうやるのですか?」
    医務室を出た景虎が向かった先は沖田の所だった。生前から病を患っていたという彼女ならきっと病人が何をして欲しいのか分かるはずだという発想の元の行動だ。
    「病弱サーヴァントって……まぁ、事実なので何も言い返せないんですけど。そうですね……まずは晴信さんの病状にもよると思うんですけど」
    「私が見たときは真っ青な顔をしていました。まるで血を吐いた時の貴方のような」
    「なんかさっきから一言多くないですか?」
    景虎の歯に衣着せぬ物言いに沖田はツッコむが、当の本人は聞いていない。
    「で、私は何をすればいいのですか?」
    「はぁ……そうですね、まずは病人が寒がっていたら布団を足したり、薬を飲ませたり……ですかね? あ、昔私が寝込んでいてお花見に行けなかった時に皆が桜の枝を部屋に飾ってくれて、松本先生には内緒だぞって言って金平糖もくれたんです。あれは嬉しかったですね」
    「桜の枝と金平糖ですか? 晴信は欲しがりそうにないですけど」
    考え込む景虎に、沖田はびしっと少しドヤ顔で教えを説く。
    「要するに、気持ちが大事という話です。その人が喜ぶものを差し入れてあげるという心遣いが肝なんです」
    「なるほど……分かりました。さっそく試してみましょう」
    そう言い残すと景虎は風のように沖田の元を去っていった。その後ろ姿を見つめる沖田はどこか懐かし気に昔のことを思いだす。自分の病は決して良くなるものではなかったため、何をすれば回復するのかというのは正直分からなかった。だけど、あの頃新選組の皆が自分のためにしてくれたことを沖田はすべて覚えていた。
    「今度シュミレーターを借りて新選組でお花見でもしましょうか」
    きっとちゃんと花見をするのは山南くらいで後の連中は花より酒に興じるだろうけれども、皆沖田の誘いを断ることはないだろう。彼らが自分に甘いことは知っている。
    「そうとなればさっそく誘いに行きましょうか!」
    そう言い残すと、沖田は仲間を探しにその場を後にした。


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