部屋に戻るとオベロンは見慣れない服装で立っていた。
見たことのない黒い服だ。オベロンの服はブリテンにいた時から自分が選んでいたから分かる。見たこともなければ自分では選ばないようなシックな装いのものだった。
ベルベット生地の分厚いコートは黒い布かと思っていたら濃い緑色だった。品を感じる緑色の生地に金色の刺繍で植物が描かれていた。長いコートから見える足は白いヒール付きのものを履いていた。彼に履かせたことのない結構高さがあり、普段わずかに目線が高い自分を見下ろしている。
「やあ、ヴォーティ」
「あ、ああ…」
いつもと違う雰囲気にまるで他人のように感じてぎこちない反応をしてしまう。
正面を向いたオベロンはコートの下に肌が透けて見えるシルクのような素材のブラウスを着ていた。それを見つけて視線の行き場に困り、目を逸らす。
返事をして中途半端に上げたままの腕も下ろして、ヴォーティガーンはまるで好意を寄せている相手を目の前にした少女のようにしおらしくなっていた。
カルデアの冷たい床をオベロンのヒールの音が鳴らした。それすらも美しい音だと聞こえてしまうのだから仕方ない。
逸らしていた顔を身を屈めて覗き込んでくる。分厚いプラチナブロンドの髪に隠されていた赤い宝石のピアスが顔色をよく見せている。が、オベロン個人も薄い化粧を施している。
薄い化粧はオベロンをまるで人形のように見せている。あまりに整いすぎているのだ。
眼前に迫る整った顔にヴォーティガーンはみるみるうちに顔を真っ赤に染めあげる。
その反応を知りながら、オベロンは細い白い指で彼の顎をなぞり、指先で軽く上を向かせた。
「似合わないかな?」
どう聞いたって自信しか感じられない言葉だった。似合わないなんてつゆ程も思ってはいないだろう。
悔しいがヴォーティガーンは頷いた。
その答えにオベロンは上機嫌に口角を上げて見せた。
それさえもヴォーティガーンの目には美しく映っていた。
まるで別人だ。彼と同じ存在だと認められなかった。
空色の目も、光に反射していっぽんいっぽん反射して輝くプラチナブロンドも、透き通った肌の色も。何も違う。
謙遜とか卑下とかもうそんなものではなくて、比較するのも烏滸がましいと思う。
照れて赤くなっていた顔はだんだんと暗いものへ変わっていく。オベロンはその表情の変化にむ、と表情が固まる。
「ヴォーティ」
ちょっと怒ったように声をかけると、彼は眉を下げたままなんでもないよ、と言った。
彼がそう答える時は大体何かある時だ。経験則でわかる。
同じ存在ではあるがオベロンとヴォーティガーンはそもそも考え方もモノの捉え方も違う。オベロンに及ばないことを彼は理解できるし、オベロンが自覚していることを彼は意識できない。
同一霊基であっても、何もかもを共有できるわけではなかった。でなければ本来2つの霊基は共存できるはずがないのだ。
小さな鼻を引っ張ると「いたい」と悲鳴をあげた。
「変なこと考えないでよ」
「考えてないよ」
目を細めるとヴォーティガーンは「変なことは考えてないぞ…」と目を逸らしながら小さな声で弁解する。
「オベロンはやっぱりかっこいいなあって」
言い訳のように急いで口から出た言葉をヴォーティガーンは自覚していない。
ぽかんと口を開けて硬直するオベロンにヴォーティガーンはどうした?と首を傾げる始末だった。
「きみ、」
「ん?」
無邪気に首を傾げてくる彼にオベロンは頭を抱えてため息を吐いた。呆れとも取れるその態度にヴォーティガーンは怯えはじめる。
呂律が回らなくなり、非常に困った様子でソワソワしながら顔を覗き込む。
「オベロン…?」
淀んだ暗い瞳が丸い形をしてオベロンを見つめている。無防備な表情にオベロンは更に眉間に皺を寄せた。
「怒ってるのか?……そりゃ、俺に言われても嬉しくないのはわかるけどそんなに怒らなくても…」
「本当、怒りたいよ。君のその自覚のなさにね」
「えっ!?」
自分の前でしか見せない姿というのも理解しているけれど、やっぱりもやもやとさせてくれる。だって彼が本当に誰にも姿を見せていないと絶対には言い切れない。
「オベロン、自覚ってなんのことだ」
「鏡見て考えて」
「お前と比べたことか?悪かったって」
「そうじゃなくて」
「じゃあなんだよ…」
見惚れていたのも忘れるくらいヴォーティガーンはオベロンが苛立っていることを不思議に思う。首を傾げる仕草に「また」と声を上げるオベロンがますますわからなくなった。
「君がかっこいいと言ってくれるのはとても嬉しいよ。君に1番見て欲しいから」
「はぁ、それで?」
頭にハテナマークを浮かべながらオベロンの話を聞いている。彼の察しの悪さに眉がぴくりと上がる。
「でも本当はそれだけじゃなくてさ、ぼくが誰のためにこんな格好してると思ってるの?」
「………?」
眉間に皺を寄せながらまたも首を傾げるヴォーティガーンの両頬を引っ張った。
「鈍感な方がまだ可愛げがあるってものだぞ!?もっと自分を見なさい!」
「いたい」
「ヴォーティには、オベロンに似合うのは自分しかいないな、くらいに思っていて欲しいんだよ」
「それ、は」
オベロンは照れ隠しのように俯いて顔を隠した。つねられた頬を撫でながらヴォーティガーンも顔を隠したオベロンのつむじを眺めていた。
「むりかも」
「だよね」
オベロンが顔をあげた時には真顔になっていた。照れているのも馬鹿らしいと思ったのだろう。
「でも、そうなんだって覚えて欲しい。君に落ち込んで欲しくてこんな格好してるんじゃないんだよ」
「落ち込んではいない。ただもっと似合のやつが他にいるだろうって思ったりして」
「いないよ。いるはずないだろ、僕は君のためにしか着飾ったりしないんだから。もっと誇っていいんだよ。俺の恋人はこんなにかっこいいって、みんなに自慢してくれてもいい」
胸を張って語るオベロンに「それはいいや」と正直に答えた。けれどその表情は困惑や焦りのようなものはなく、柔らかなはにかんだ顔だった。
「せっかく綺麗な顔なのにもったいないやつ」
「そんなふうに思うわけないだろ」
「そうかな」
「どう?かっこいい僕を独り占めできるのは?」
「俺なんかがお前みたいな奴を尻に敷いてるっていうのは悪くないかも」
「いや、尻には敷かれて無いよ?あれ?敷かれてるかな?」