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    ヤガミ🎉

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    射抜いてオレの恋心3
    展示SSです。最終軸です。
    🐶と🥥がバースデーケーキを買って帰る話

    バースデーケーキを買って帰る話 澄んだ色の空には薄い雲が流れていた。時折吹く静かな風が、ぼうっと空を眺める乾の金糸を揺らした。
     チリンチリン、とベルの音が鳴るのと同時に、乾の隣で木製の扉が開いた。店内から出てきた幼馴染は焼き菓子の甘い香りを纏っていた。

    「お待たせイヌピー」
    「ん」

     九井の手には大きな紙袋があった。中身は予約していたバースデーケーキだ。今日は十月十八日で、乾の誕生日だった。

    「今年のケーキってどんなの?」
    「帰ってからのお楽しみだよ」

     九井はベ、と舌を出して歩き始めた。追いかけて、ケーキを持つ手の反対側に並ぶ。見慣れた道の街路樹は、葉の色が変わり始めていた。酷暑と呼ばれた夏が終わり、束の間の秋が訪れていた。
     建物の影に差し掛かったとき、ひゅうっと冷たい風が吹いた。街路樹から葉が舞い落ちる様子を目で追っていると、隣の九井がぶるりと身を震わせた。

    「さみー」

     この幼馴染は寒さが苦手だ。冬になるとたっぷりと着込むし、手は常にポケットに突っ込んでいる。本人曰く、末端冷え性なのだそうだ。だから外で携帯電話を使った後には、冷えた指先で乾の手や腕を掴み、乾のことをカイロのように扱った。
     乾は昔から体温が高い。小学生の頃なんかは、真冬でも半袖半ズボンでいられるタイプの子供だった。一緒にいる九井がしきりに「見てるこっちが寒くなる」と言うから、半袖半ズボンで登校したのはただの一度きりだったが。
     今だって、乾はタンクトップの上にジャージを緩く羽織っただけだ。ゆとりのあるオーバーサイズのジャージは、乾が足を進めるたびに肩の辺りが滑り落ちていく。ついに二の腕が完全に露出すると、隣を歩いていた九井が仕方なさそうにジャージに手を伸ばした。
     
    「風邪引くぞ」

     そう言って滑り落ちたジャージを持ち上げ、冷たい外気に晒された肩を覆う。そんな世話焼きの幼馴染に対し、乾は「引かねぇし」と言って舌を出し、九井の仕草を真似た。乾のからかうような態度を見て、九井はムッとした顔で口を開いたが――声を発する前に乾の携帯電話が鳴った。メールの通知音だった。

    「赤音からだ」

     ポケットから携帯電話を取り出した乾は、背面のサブディスプレイに表示された名前を口にした。そのまま片手で携帯を開き、新着メールを確認する。画面を折りたたみながら顔を上げた乾は、あからさまにうんざりとした表情をしていた。

    「赤音、家に着いたって。寄り道しないで早く帰ってこいって」

     乾の姉、赤音は大学進学を機に一人暮らしを始めていた。そのため、乾は空いた赤音の部屋を勝手に使い、物置のように扱っていたのだった。家を出たとは言え、何かの用事で実家に泊まる時には、赤音はその部屋で生活をする。だから見つかる前に片付けようと思っていたのだが、今の今までそのことをすっかり忘れていた。赤音からのメールの文末には、拳をグーに握った顔文字が付いていた。間違いない。帰ればきっと、赤音の長い説教が始まるだろう。例え誕生日であっても、姉という生き物は弟に容赦がないのだ。

    「そっか。急がなきゃな」

     乾の心情を知る由もない九井は、自分の携帯電話で時間を確認し、僅かに歩調を早めた。九井は昔から、赤音の前では優等生ぶるところがあった。だからきっと九井は、帰るなり乾が赤音に叱られたとしても、それはオマエか悪いよな、とか何とか言って赤音の方につくに決まっているのだ。

    「イヌピーの誕生日にわざわざ帰って来てくれるなんてさ、赤音さん、優しいよな」

     乾がわざと遅れて歩いていると、そう言って九井が振り向いた。叱られることが確定している乾に反して、九井の表情は明るい。今の乾にとってはそれがなんとも面白くなかった。

    「誕生日っていうか、ケーキが食いたいだけだろ」

     子供のように口を尖らせ、そっぽを向きながらつぶやく乾。僅かな苛立ちが込められた言葉を、九井は聞き逃さなかった。

    「オマエ、そんな言い方すんなよ」

     乾と赤音の姉弟仲が良いことを、九井はよく知っていた。実家を出ると決めた後、赤音はこっそりと「青宗のことをよろしくね」と九井に頼みに来るほどに、弟のことを心配していた。だから、当の乾が赤音のことをそんなふうに言うのは我慢ならなかったのだ。

    「ああ? 人の誕生日に託けて、赤音と会えるの楽しみにしてるくせに」
    「ハァ!? それの何が悪いんだよ。昔っから世話になってんだから、会えたら嬉しいのは当然だろうが!」
    「オレと同じツラしてんだから珍しくもねぇだろ」
    「いやいや、昔は確かに似てたけどさぁ、今のイヌピーと赤音さんはもうぜんっぜん違ェから! いつまでも過去の栄光に縋ってんな!」

     売り言葉に買い言葉。今にも取っ組み合いの喧嘩を始めそうなふたりの行手には、いつの間にか柄の悪い若者達が待ち構えていた。しかし道の途中で立ち止まり、不良らしく額が触れ合うほど近くで睨み合っていた乾と九井は、その先にいる襲撃者達には気付いてもいなかった。

    「オイコラ! 乾と九井! ちょっとツラ貸せや!」

     モヒカン頭の男が両手の指を鳴らしながら乾と九井に近付いた。いつまで経ってもやって来ないふたりに痺れを切らしたのだ。
     怒鳴り声を聞いた乾がようやく襲撃者の存在に気付いた。九井を睨みつけていた視線をそのままモヒカン男に向ける。
     
    「あァ? 誰だよオマエら。今虫の居所が悪ィんだよ。失せろ」
    「忘れたとは言わせねェぞ!  オレ達はこの前テメェらに潰されたチーム、安本丹じゃコラァ!!!」

     一方的な宣戦布告をしたモヒカン男が、駆け出しながら右拳を大きく引いた。力任せのストレートが乾の顔面を目掛けて放たれる。乾はチッと舌を鳴らし、腰を落としてその拳を避けた。

    「なっ!?」

     相手の拳が空を切る。その隙に乾は右手を握り、身体の捻りを加えた渾身のボディアッパーを打ち込んだ。言葉にならない叫びを上げ、呆気なく地面に倒れ込むモヒカン男。その姿を見下ろした乾は、不機嫌そうにフンと鼻を鳴らした。

    「言ったろ。虫の居所が悪ィんだって」
    「イヌピーさっさと終わらせろよ。赤音さんが待ってんぞ」
    「ココ、テメェも加勢しろや!」
    「オレはケーキ持ってるから無理」

     いつの間にか距離を取っていた九井が、ケーキの入った紙袋を免罪符のように持ち上げた。そのまま茶化すようにベ、と舌を出すと、乾はギリギリと音が鳴りそうなほど強く拳を握った。

    「クッソ……覚えてろよテメェ」

     またもやふたりが口喧嘩を始めると、モヒカン男の後ろの控えていた二番手が飛び出してきた。他の兵隊を鼓舞するように、大きな声で指示を出している。

    「おい! 何か知らねェが乾はキレてて手がつけられねぇ! 九井から行くぞ!」

     二番手は宣言通りに九井へと突撃した。勢いを乗せた拳が九井を襲う。ケーキの入った紙袋を抱えていた九井は、おっと、と言いながら攻撃を躱した。

    「オレはこっちの方が得意なんでね」

     九井は避けた反動を利用し、身体を回転させながら硬い革靴を相手の側頭部に蹴り込んだ。成す術もなく吹き飛ぶ二番手。九井がふうと息をつくと、近くで別の男の胸ぐらを掴んでいた乾が「オイコラ!」と声を上げた。

    「ココ! ケーキ崩したら承知しねぇぞ!」
    「あぁ!? 加勢しろとかケーキ崩すなとか注文が多いんだよ! つーかオレがそんなヘマするわけねぇだろ! 誰かさんと違ってよ!」

     九井の言葉を聞いた乾は、額に青筋を立てて手元の男を投げ捨てた。やんのかコラ、と九井に詰め寄ろうとした、その時――!

    「死ねや九井ィ!!」

     突如、九井の背後に金属バットを振りかぶった男が現れた。

    「ッ、ココ!!!」

     咄嗟に乾が駆け出した。九井の身体を力任せに押し退け、代わりに男の前に飛び出す。そして金属バットが振り下ろされるよりも先に、ガラ空きの胴体に鋭い蹴りを繰り出した。呻き声と共に身体をくの字に曲げる男。男はそのまま吹き飛ぶようにして倒れ込み、金属バットは鈍い音を響かせながら地面に落ちた。



     ――金属バット男を伸した後は、消化試合のようなものだった。完全に萎縮した三下共を千切っては投げ千切っては投げ……そうこうしているうちに、立っているのは乾と九井のふたりだけになった。九井は近くに落ちていた金属バットに近付き、誰の手にも届かないところに蹴り飛ばした。

    「……さっきの、悪かったな」
    「あ? オレをバカにしてたことか?」
    「ちげーよ。いや、まぁそれはそれとして……金属バット野郎だよ。助かったわ」
    「ああ、それか。なんつーか、身体が勝手に動いただけだし」
    「……あんまり無茶すんなよ、頼むから」

     そう言う九井の声には、隠しきれない不安が乗っていた。
     不良をやっていると、怪我をすることなんて日常茶飯事だ。勝っても負けても何処かしらを負傷するし、それを互いにからかい合ったりもする。不良に怪我は付きものだ。それは九井だってわかっている。それでも――それでも九井は、自分のせいで乾が傷付くことだけは、耐えられなかった。
     九井には、昔から何度も繰り返し見る夢があった。自身が危険に晒されたとき、乾が必死になって九井を守ろうとする夢だ。夢の中の乾は何度殴られても立ち上がり、命の危機を感じてしまうほどボロボロになっていた。その姿はまるで、九井を助けるためなら、自分の身などどうなっても良いと思っているようだった。
     九井にとって、それが正夢になってしまうことが何よりも怖かった。乾が傷付くことが――乾を失うことが、なぜだかどうしようもなく怖かった。

    「心配すんなよ。オレがココを置いて死ぬわけねぇだろ」

     凄惨な夢を思い出して俯いていた九井に、乾はなんでもないように言った。心を見透かされたような気がした九井は、思わず「は……?」と聞き返したが、乾は「それよりさ」と言って九井が持つ紙袋を覗き込んだ。

    「ケーキ大丈夫か? さっき思い切り突き飛ばしたけど」
    「あっ、ヤベェ。どうだろ」

     乾の言葉が気になる九井だったが、それよりも今はケーキの方が心配だった。喧嘩の最中は極力箱を揺らさないように気を遣っていたが、乾に突き飛ばされたときは、勢いのあまり地面に尻餅をついてしまったのだ。
     恐る恐る箱を開け、ふたり同時にケーキの箱を覗き込む。

    「あー……」
    「ダメだな」

     ケーキは大きく傾いていた。箱の一面に寄りかかるようにして、何とか形を保っている状態だった。九井がケーキ屋で受け取った時には行儀良く並んでいた苺達も、今ではまるで学級崩壊でもしたかのように思い思いの場所に転がっている。

    「ヤベェな」
    「ああ。これはマズイ」
    「いや、でも傾いてるだけだし、こっち側から押せば戻るんじゃね?」
    「いやー無理だわ。諦めようぜ、イヌピー」

     そう言いながらふたりが思い浮かべていたのは、ふたりの帰りを待ち侘びているであろう赤音の姿だ。言わんとすることを互いに汲み取り、ふたりは揃ってため息をついた。

    「ココ、さっきオレが赤音はケーキ食いたいだけだって言ったらキレてたくせに」
    「〝だけ〟ってことはねぇだろうけど、まぁ、ケーキ〝も〟楽しみにしてんだろ」
    「あーあ、赤音キレるだろうなぁ」
    「キレるって……イヌピーじゃねぇんだから」
    「いやいや、オマエは赤音に夢見すぎなんだよ。アイツだってキレるときはキレるし、特に食い物の恨みはヤベェ……」

     そう言って、乾は昔のことを思い出して身震いをした。その様子を見た九井はふっと息を吹き出し、目を細めた。

    「仕方ねぇ。一緒に叱られようぜ」
    「……おう」

     乾もゆるりと口角を上げる。叱られるのは憂鬱だが、九井と一緒なら悪くない。ふたりで一緒に体験したことはきっと、いつしか笑い話になるのだから。
     乾の携帯に赤音からの着信が入ったのは、それからほんの数秒後のことだった。


    happy birthday イヌピー🎉
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