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    Natuめ

    東iリiべi武i道i受iけi小i説書いてます!

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    Natuめ

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    $パロ🐶🎍🥥
    Twitterで連載していたものに、おまけをくっつけたものになります。
    n番煎じ。ご都合主義。読んでからの苦情は受け付けません。
    誤字脱字無視して楽しめる方だけお進みくださいませ。

    噂の人だと気づいた時には遅かった 第一話
     仕事が好きかと聞かれれば、否と即答できる自信がある。なぜならやりがいなど皆無だし、面倒な客が多いからだ。
     今日も今日とて死ぬほど面倒な客をなんとか躱し、帰路へとつく。そんな明らかに面倒な仕事に就きたい人なんて中々おらず、常に人員不足であるため連勤なんてザラだ。今日も休みを返上して働きまくり、心身共に限界を迎えている。
     明日が休みでよかった。そうでなければ店で倒れていたことだろう。一日爆睡決定だけれど、仕事がないというだけで喜びが溢れ出てくる。周りに人がいなかったらスキップでもしたいくらいなのだが、女子高生の集団がいるので流石にできない。変人に見られ冷たい視線を送られること確定だ。
    「……」
     それにしてもと、一瞬だけ女子高生の集団へチラりと視線を送る。先ほどから似たような集団をよく見かけるのだが、なにかあるのだろうか?
     皆スマホ片手にあっちこっちへ走っていく。まああまり見つめて変なことになってはまずいと、家へと足を進める。
     今日の夜ご飯は惣菜の天ぷらに、家にある蕎麦を茹でて即席天ぷらそばにするつもりだ。それをつまみにビールでも飲めば言うことなしと、ワクワクしながら古ぼけたアパートへと到着する。
     とりあえず手紙が来てないか確認するため、階段の下にある集合ポストへと向かえば、その下にフードを被りうずくまっている人がいた。
     まさかそんなところに人がいるなんて思わなくて、驚きに小さく悲鳴をあげてしまう。すると声が聞こえたのか、伏せられていた顔が上げられた。
    「……あの、どちら様でしょうか?」
    「……ここの住人か?」
    「はい……」
     長い前髪がフードに押されているからか、顔がよく見えない。少なくとも見知った人ではないので、このアパートの住人ではないだろう。だとすると友人を待っているのかと、とりあえず声をかけた。
    「誰か待ってるんですか?」
    「……」
     なぜシカトされたんだ。せっかく気をつかったというのに。ポストの中身は明日でいいかと、くるりと踵を返す。そのうち住民なり大家なりがくるだろう。自分には関係ないと階段を上がろうとした時、塀の向こうから声がかけられた。
    「あのー、ちょっと聞きたいことあるんですけどー?」
    「はい?」
     先ほどまでここら辺をウロウロしていた女子高生の集団だ。明らかに校則違反だろう明るい髪をした女子に声をかけられ、思わず肩をびくつかせてしまう。何事かと警戒しつつも足を止めれば、女子高生は気だるげに口を開く。
    「ここらへんでー、フード被った男の人見ませんでしたー?」
    「フード?」
     それならそこにいると、視線だけをそちらに向ける。どうやら高い塀のせいで、道路側にいる女子高生たちには見えていないらしい。探し人はそこだと指さそうとしてぴたりと動きを止めた。
     なぜなら当人であるフードの人が必死に首を振っているからだ。どうやら彼女たちに居場所を知られたくないらしい。
     正直知ったことではないのだが、ここで変に言ってしまって男の恨みを買うのも馬鹿馬鹿しいと、女子高生たちに首を振ってみせた。
    「ごめん、知らない」
    「……使えねぇー。ほか行こ! まだ絶対近くにいるって!」
     使えなくて悪かったなと、まさかの返答に呆然としている武道を置いて、集団はどこかへと行ってしまう。
     なんだったんだ。なんで知りもしない人のために、知りもしない人に馬鹿にされたんだ。
     最悪すぎると大きくため息をついてから、階段を上がっていく。とにかく家で飲もう。そして寝てしまえばこんな嫌なことは綺麗さっぱり忘れられるはずだ。ポケットに手を入れ、古ぼけた鍵を取り出す。金目のものなんてないから、かけるだけ無駄かも知れないが一応だ。
     ガチャリと音を立てて解錠された時、不意に近くから足音がした。人の気配なんて感じなかったのにと振り返れば、真後ろにフードの男がいる。
    「うわっ!?」
    「……」
     ドアに背中を押し当てて、少しでも男から離れようとする。それほどまでに距離が近いのだ。
     驚き飛び跳ねた武道を見ても、男はなにも言わない。
     明らかに不審者だ。これはもしかしたら警察案件なのではと、尻ポケットに入れたスマホへと手を伸ばす。
     相手はほっそりとした見た目だが、いざ揉み合いになったら多分勝てない。ここ最近の筋力の衰えは悲しいかな著しい。運良く通報できても、その後どうしたらいいのだろうか。家の中に入れたらまだなんとかなるかもだが、追いかけてきたら終わる気がする。さてどうすると相手から目を逸らさず考えていると、男が徐に動き出す。手を上げフードを掴むと、そのままバサリと顔を出した。
    「――」
     やけに綺麗な男だ。額から目元にかけてのケロイドは気になるけれど、でもそれを抜きにしたって整った顔立ちをしている。気だるげな雰囲気も相まって、さぞやモテることだろう。
     だがしかし、なぜ今になって顔を見せてきたのか。あんなに深々とフードを被るということは、見られたくなかったはずなのに。というか隠す必要があったのか? アザは確かに気になるけれど、これだけ見目よければ武道だったら大手を振って歩き回るというのに。
     まじまじと見ていた男は、しばしののちへにゃりと眉尻を下げる。まるで捨てられまいとする子犬のようで、武道の心になにかが刺さった気がした。
     軽く胸を抑える武道を見つめながら、男は薄く艶やかな唇を開いた。
    「オレを飼ってくれないか?」




    「…………………………はい?」





     第二話
     犬を飼いました。
     嘘です。いや、嘘ではないんだけれども、犬ではないんです。
     フードの男の名を、乾と言うらしい。イヌピーと呼んでくれと言われたのが三分前。彼は今、武道の家で茶を飲んでくつろいでいる。
     なぜそうなったのか、簡単な経緯を話したいと思う。美しい男からオレを飼わないか? と問われた武道は呆然とし、反応を返すことができなかった。それをなぜか了解と捉えたらしいイヌピーが、鍵が開けられたドアから武道と共に家の中に入り、今に至る。
     流石にお茶まで出しているのはどうかと思うのだが、喉が渇いたと言われたのでしょうがない。
     いや、しょうがなくない。なんだこの状況は。
    「あの、一体なにが起こってるんでしょうか……?」
    「なにが? オレはオマエに飼われた。それだけだ」
    「いやそれだけじゃない!」
     そんな武道の心からの叫びを無視し、名前はなんて言うんだ? と聞いてきたイヌピーは多分空気が読めないタイプだ。
     一応花垣武道ですと答えた。
    「花垣はオレを助けてくれた。だから花垣と一緒にいたいと思ったんだ」
    「助けたって……。大袈裟すぎない?」
     ただ女子高生に少し嘘を言っただけなのに。
     というかなぜ女子高生から逃げてたのだろうか。
    「あの、なんで逃げてたんですか?」
    「追われたから」
    「……なんで追われたんですか?」
    「……オレのこと知らないのか?」
    「ん?」
     質問を質問で返すのはやめてほしい。女子高生に追われるなんて中々ないことなので、その理由が知りたかった。下手に犯罪に巻き込まれたくない。
     もしかして本当に犯罪者で、ニュースで取り上げれるほど有名だったりするのだろうか。
     ちょっとだけ後ろに下がった武道を無視し、イヌピーは部屋の中をキョロキョロと見回す。
    「テレビないのか?」
    「元々中古で買ってて、この間壊れたんですよ。新しいの買うお金もないし、とりあえずいいかなって」
    「ああ、だから……」
     だからってなんだ。もしかして本当に犯罪者として有名なのか?
     スマホで情報収集したいのだが、本人の前でやる勇気はない。どうしたものかと悩んでいると、不意に大きな音が響いた。
     ぐぅぅーっという、聞き慣れたもの。
    「……」
    「……腹空いた」
     どうやら彼の腹かららしい。腹の虫すら空気を読まないとか、凄すぎる。
     だがしかし、今の間抜けな音でいい意味で肩の力が抜けた。いざとなったら脅されてたとか言い訳をすればいい。
     ゆっくりと立ち上がると、諦めたように息をついた。
    「とりあえずご飯にしましょうか。天ぷら蕎麦にしようかなって思ってたんですけど食べます?」
    「食べる」
     目がキラキラしてる。幻覚なのはわかっているのだが、彼の後ろにぶんぶん振られるしっぽが見えた気がした。
    「天ぷらは惣菜なんですけど」
    「なんでも構わない。嬉しい、ありがとう」
     にっこりと微笑まれ、あまりの眩しさに大人しく口を閉ざす。本当になんでこんなに綺麗な人が、築うん十年のぼろアパートにいるんだろうか。合成だとしてもしても違和感しかないだろう。
     そんなことを思いながらもキッチンへと向かい、あまり使われていない鍋を取り出す。自炊などほとんどしないので、調理器具はそこまで揃っていない。その中でも最低限のものは一応揃えており、その一つがこの鍋だった。一人用の小さい鍋に水を張り、湯立つのを待つ。しばらくすると沸々と動き出すので蕎麦を三束手にまず持ち、ゆっくりと入れていく。いかんせん鍋が小さいため、下の方から柔らかくなるのを待つしかない。ある程度湯につけるとしなってくるので、そうなってから手を離す。菜箸なんてものはないので適当な箸でかき混ぜ、完全に茹で上がってからザルに流す。流水で冷やし、皿に盛り付ければ完成だ。
     味は麺つゆで十分だと、テーブルの方へと持っていく。そこには大人しく待つイヌピーがおり、自分の家なのに変な感じがした。
     彼の前に蕎麦と薄めた麺つゆ。タッパーに入ったままの天ぷらを出せば、夜ご飯はこれで完璧だ。あとは頑張ったご褒美のビールを手に、飲んで食べて寝るだけだ。
    「とりあえずご飯食べたら出てってくださいね? その頃には女子高生もいないでしょうし」
     女子高生から逃げるだけなら、あと一時間もすれば大丈夫だろう。だというのに、イヌピーは蕎麦を咀嚼しながら首を振った。
    「オレは花垣に飼われたから。ここがオレの家だ」
    「了承してないです……」
     なぜそうなるのだと、口端がひくついた。彼の中では飼われることが決定事項のことになっているらしい。
     そもそもだ、人が人を飼うってなんだ。
    「あの、それ止めません?」
    「それってなんだ?」
    「その、飼うとか飼わないとか」
    「……」
     なぜ黙り込むんだ。明らかに不服そうな顔に、新たな蕎麦を取ろうとしていた手を止める。
     同じように動かなくなったイヌピーを見つめること数秒後、彼がポツリと呟いた。
    「花垣はオレが嫌いか?」
    「好き嫌い以前によく知らないと言うか……」
     さっき会ったばかりなのだから、好きも嫌いもないと思う。だと言うのに、イヌピーは武道の返答を不思議そうに聞いている。
    「そうなのか? 知らないやつから飼いたいってよく言われるから、そういうものなのかと思ってた」
    「どんな世界で生きてるの!?」
     少なくとも武道の生きる世界に、よく知りもしない人に飼いたいなんて言葉を使う人はまずいない。なぜなら下手したら捕まるからだ。
     だがしかし、目の前にいるイヌピーは冗談を言っている様子ではなかった。
    「花垣は恩人だから、喜んでもらえるかと思ったんだが……違ったんだな」
    「……」
     お願いだからしょんぼりしないでほしい。頭の上にないはずの耳が垂れてるように見える。
     どうやらイヌピーとしては、一応武道を思っての行動だったらしい。かなりぶっ飛んではいたけれど、良かれと思ってしてくれたようだ。
     話してても思ったのだが、悪い人ではないように思える。少しだけ人と違う世界線で育っただけの、いい人なのだろう。
     いつまでも悲しげにされるのは心苦しいので、しょうがないかとため息をついた。
    「飼うことはできないけど、よかったら友達になりませんか?」
    「友達?」
    「あ、嫌だったらいいんですけど」
    「……それは、花垣のそばにいてもいいってことか? また会いにきても……」
     まあ別に、会いにくるくらいならいいだろう。なんだかんだ一人で食べるご飯は悲しいから、こうして一緒に食事をしてくれるなら嬉しい。
     武道が頷けば、目の前の顔が嬉しそうに微笑んだ。
    「そうか。なら、友達になる」
    「うん、よろしくね」
     ならこの話はおしまいと、改めて蕎麦へと箸を伸ばす。なんだか変な縁だが、友人ができたのは素直に嬉しい。結局それから一時間して、イヌピーは帰っていった。
     もちろん武道のスマホには、新しい連絡先が登録済みである。彼が帰ってから一時間後、メッセージが飛んできた。
     そこには改めてのお礼と、武道と友達になれて嬉しい。またすぐ会いに行くと書かれていた。
    「……変なの」

     

     くあっと欠伸をすれば、すぐに店長の鋭い視線が突き刺さる。はいはいサボりませんよと、返却されたDVDを元に戻していく。どうやらアイドル好きなお客だったのか、ほとんどがライブのものだった。
     ライブ系のがまとまっている場所へと向かえば、アルバイトの女の子がそこの陳列をしている。
    「お疲れ様でーす」
    「お疲れ様」
     彼女の隣に立ち、決められた場所へと返していく。大学生の彼女は、見た目も派手だが性格もキツめであまり得意ではない。さっさと仕事を終えて離れようと手を動かしていると、ちらりとこちらを見てきた女子の目が光る。
    「それ! BDじゃないですか!」
    「……BD?」
    「知らないんですか? テレビつけたらほぼ毎日映ってるってくらい有名なのに!」
    「テレビ壊れてて……」
     頼むから残念なものを見る目を向けないでほしい。年下からの同情を肌に感じながらも、武道は手元にあるディスクを見る。パッケージはまだ探せていないけれども、確かにBDライブ映像と記載されていた。
     よくこれだけで気づけたなと驚く。
    「好きなの?」
    「愛してますね! 次のライブも当たったので行くんですよー! 生の推しに会えるー!」
     本当に嬉しいらしく、頬を赤め天を仰いでいる。
     その状態でも口は止まらないのだから、流石だなと思う。
    「二人組なんですけどね、もうほんとビジュがいい。あ、私の推しはココ君なんですけど、なんてったって舌ペロが最高で」
    「下ぺろ?」
    「細身だけどダンスも上手いし、もちろん歌も最高。ファンのこと金蔓としか見てないんですけど、そんな人がたまに見せるデレが最高で……」
     したぺろってなんだ。あとファンのこと金蔓としか思ってないアイドルってどうなんだ。なんかとんでもないやつなんだなと、武道は自己解釈してディスクをしまっていく。
     まあテレビがいつ買えるかわからないし、そもそもアイドルにあまり興味もないので話を聞くだけだ。未だ話し続けている女子に軽く挨拶し、武道はレジへと戻る。するとそのタイミングで就業時間を迎えたため、バックヤードへと向かった。
     専用のロッカーにエプロンをしまいパーカーを羽織る。ついでとポケットに入れていたスマホを取り出し画面を付けると、無料通話アプリから通知が来ていた。
    「お、イヌピー君だ」
     どうやら今日も家に来るつもりらしい。ここ最近イヌピーが遊びに来る時は、彼が晩御飯を買ってきてくれている。一応お礼らしいので、そこはありがたく受け取っていた。
     ついでだしと、今日はカレーが食べたいなとリクエストすればすぐに返信がくる。
    「……ん?」
     どうやらイヌピーの友達も一緒らしい。今日は宅配にするつもりだから、家に帰ってきたら決めようと言われ武道は思わず口を歪めてしまう。
     この友達の友達は友達か問題は、だいぶ前から物議を醸している。まあイヌピーの友達をやれるくらいの人なのだから、多分大丈夫だろうとOKを出す。
     初対面で飼ってくれなんて言ってくる人と友達になれる人は早々いないだろう。
     とりあえず今日の晩御飯はデリバリーらしい。三人ならピザとかいいなーなんて思いながらリュックを背負い、ロッカーのドアを閉じる。
     夜ご飯にルンルン気分の武道は知らない。
     イヌピーの友達が一癖も二癖もあるやつだと言うこと。そして犬ならず猫も飼う羽目になることを……。




    三話
     第三話
     家に着いた武道を待っていたのは、やけに眩しい二人組だった。錆だらけボロボロのアパートの集合ポスト。そこにいたのはイヌピーともう一人。
    「ココでいいよ」
     そう挨拶してきたのは、黒髪猫目の男だ。イヌピーとは違うタイプのイケメンで、こちらもなんだか癖がありそうだ。もしかして似たもの同士の友情なのだろうかと、少しだけ警戒してしまう。
    「どうも。花垣武道です……」
    「花垣ね。よろしく」
     ひらひらと振られた手は、なんとなくやる気なさげだ。ココの視線も最初に数秒向けられただけであとは隣のイヌピーを見ているので、そもそも武道に興味がないのかもしれない。ならなぜ来たんだと思いもしたが、突っ込むのはめんどそうなのでやめた。
     鍵を回してドアを開け、中に二人を招き入れる。ココが物珍しそうに辺りを見回し、最後は鼻を鳴らす。
    「ウチのウォークインクローゼットより狭いな」
    「どんな家住んでるんですか!?」
     1Kとは言え、一人暮らしには十分な広さがある。だと言うのに、それよりも大きなクローゼットがある家とはなんだ。
    「……普通のマンションだよ」
     にっこりと微笑まれて、武道はそれ以上は追求しなかった。嘘くさすぎる笑顔に、明らかに拒絶の意志を感じたからだ。
     とりあえず話しも中断されたし、お茶でも出そうとキッチンへ行き冷蔵庫を開ける。冷やしてあった麦茶があるので、それを取り出す。コップも三つほど持って二人の元へ行こうとすれば、ちょうどココが座ろうとしていたタイミングだった。
     だがしかし、片膝を折り曲げようとしたくらいで、イヌピーから待ったがかかる。
    「ココ、そこは花垣の席だからダメだ。こっちならいい」
    「……」
     別に席など決まってないのだが、イヌピーはこだわりがあるらしい。目の前に武道が座ることを好むらしく、そこに腰を下ろそうとしたココを止めるほどだ。
     イヌピーの変なこだわりには慣れているのか、ココは対して気にした様子もなく場所を移動する。ただ最後にちらりと武道の方を見て口を開いた。
    「ずいぶん懐いてるのな。なにしたんだ?」
    「な、なにもしてませんよ……」
     先ほどからなんとなく感じていたけれど、どうやらココは武道を品定めにきたらしい。目は合わないのに見られてる感じがするのだ。
     イヌピーにとって害となるのかどうか、そんなところを見に来た感じだろう。まあ害になるつもりもないので、別に見られたところでどうということはないのだが。
    「麦茶ですけど、よければ」
    「どーも」
    「ありがとう」
     渡されてイヌピーは飲んだけれど、ココは手を出そうともしない。まあ礼を言うだけマシかと、武道は己のコップに口をつける。
     下手に取り繕ったところで怪しいだけなので、いつも通りにしようと決めた。そもそも変なことをする気もないので、どうということはない。
     ココの様子には気づいていないのか、イヌピーが思い出したようにスマホを取り出した。
    「そういえば、花垣なに食べたい? ココが頼んでくれるらしい」
    「お好きなのどーぞ」
     イヌピーから渡されたスマホには、様々な店のメニューが載っていた。有名な中華店だったり、お寿司なんかも頼めるらしい。羨ましいなと思ったこともあったが、送料が高くて諦めたことを思い出す。
     イタリアンとかも捨てがたいのだが、口はずっと前からピザになってしまっている。
    「ピザとかどうです?」
    「寿司とかでもいいんだぜ?」
    「いやぁ、宅配ってなるとピザが頭に浮かんで……。一人でだと頼むのもアレだったんで、久々に食べたいなと」
    「それならまぁ、いいけど」
     なんだか不服そうな反応に思わず首を傾げてしまう。もしかして嫌いだったりするのだろうか?
    「ピザ苦手ですか? もしそうならほかのにしましょうか」
     武道は中華とかでも構わない。むしろ美味しいものならなんでもいいと、画面をスクロールする。
    「ココ君なにが好きですか?」
    「……別にピザでも構わねぇよ。ただもっと高いのにすればって思っただけ」
    「え、ピザ高くないですか?」
     もちろんココだけに払わせる気はなく、ちゃんと割り勘するつもりだ。それでも三人で割ればまだ多少は安くなる。だから大盤振る舞いでピザにしようとしてたのだ。
    「……高くねぇよ。もっといいやつあんだろ。ステーキとかさ」
    「肉も好きっすけど、みんなで食べるならやっぱりピザじゃないっすか?」
     人数集まったらとりあえずピザを頼んでおけば間違いないと思ってた。だがココの反応を見るに、もしかしてローカルルール的なやつだったのだろうかと慌てる。
     だがそんな武道を見て、ココは首を振って否定する。
    「そうじゃなくてっ。タカってみせたらどうだって話だ。好きなもん食わせてやるから、遠慮せず言ってみろよ」
    「好きなもの……? ポテチが好きですけど、今はご飯食べたいかなぁ。お腹空いてきたから牛丼とかでもいいかも」
     ピザも腹に溜まるけれども、食べた気になるのはやはり米だ。丼ものは最高だと、ピザから牛丼へと口の中が変化していく。
     贅沢に温玉つけようかな、と考えていると視界の端に固まるココが映った。
    「……オマエ、本気で言ってんの?」
    「え? 牛丼ダメっすか?」
    「そうじゃねぇよ。……マジでオレらのこと知らねぇの?」
    「イヌピー君とココ君ですよね?」
     流石にこの短時間で名前を忘れるほど馬鹿じゃないと言えば、なぜかイヌピーが肩を震わせ始めた。「言ったろ、ココ。花垣は大丈夫だって」
    「マジかよ。イヌピーの嘘だと思ってたのに」
    「だからもう止めろ」
    「……へいへい」
     肩をすくめたココは、そのままスマホを操作し出す。二人にしかわからない会話を繰り広げられ、武道はただ黙るしかなかった。
     数秒後、スマホから顔を上げたココがテーブルの上にあるコップに手を伸ばす。
    「とりあえずピザと牛丼、あと寿司も頼んどいたわ」
    「え!?」
     急にどうしたのか。あとそんなに頼まれても食べきれないのだがと瞬きを繰り返すと、そんな武道を見てイヌピーが口を開く。
    「ココなりの詫びだろう。受け取ればいい」
    「詫び……?」
     一体何に対してなんだろうか。
     武道を置いてけぼりにして自己解決するところが、イヌピーと似ているなと思う。まあ食べれるならいいかと、ありがたく頂戴することにした。
     少し警戒心が解かれたのか、麦茶で喉を潤したココが声をかけてくる。
    「テレビとか見ねぇの?」
    「壊れちゃって」
    「スマホでニュースは?」
    「仕事忙しくてそれどころじゃなくて」
     家に帰ってきても死んだように寝るだけで、スマホでニュースを見ている余裕なんてない。外に出るのも職場から家、または近所のスーパーへ行くくらいで買い物らしい買い物はここ何年もしていない。
     そう考えると中々ひどい生活をしてるなと、悲しくなってくる。
    「なるほどな。だからオレらのこと知らねぇのか」
    「……イヌピー君も言ってましたけど、お二人有名人がなんかなんですか?」
     有名人がこんなところで麦茶を飲むはずがないかと思いながらも、とりあえず疑問に思っていたので聞いてみた。
     その問いに、ココはにこりと笑うだけだ。
    「さあ」
    「さあって……」
     答える気はないらしい。なんなんだと思っていると、突然チャイムの音が部屋に響いた。どうやらデリバリーが到着したようだ。立ち上がり玄関のドアを開ける。
    「お届け物でーす」
    「ありがとうございます」
     届いたのは丼物らしい。家の近くの牛丼チェーンからくると思っていたのに、見たことない容れ物だった。どこのだろうと首を傾げていると、今度はピザが届く。こちらも見たことのないものだ。
     二つを持って部屋に戻りテーブルの上に広げる。ピザは小さめのものが5枚ほど届いており、明らかにチェーン店のものではなかった。どちらかと言うと窯焼き的な感じに近い気がする。さらに牛丼はもっとわかりやすかった。あの薄くて硬めのお肉はどこにもなく、霜が綺麗に入った牛肉がお米の上に乗っている。
     もしかしなくともこれ、お高いやつじゃ……。
     そんなことを思っていると、またチャイムが鳴り今度は寿司が送られてきた。何人前だと言いたいくらいの量が届いたのだが、そのラインナップがまた凄い。大トロ、いくら、ウニ。どれをとっても艶々と光っていて、回転寿司のそれとは別物だ。
    「……ココ君、これ」
    「大丈夫。オレこれくらいなら一人で食えるし」
     そういうことを心配してるんじゃないんだが、本人が満足そうにしているのでいいかと肩の力を抜く。流石にあとでお金は払おうと、今はこの贅沢品を楽しむことにした。
    「いただきます」
    「どーぞ」



     結果から言うと、ココとは仲良くなれたと思う。
     なぜなら週に三日はイヌピーと共に来ているからだ。最初はイヌピーのことを心配してかとも思ったのだが、家でのくつろぎっぷりを見ていたらそんな考えはあっという間に消えた。
     ちなみによくくる二人に家の鍵は渡してある。あんな顔面偏差値が高すぎる人が、ボロアパートの前で待ってるとか目立ちすぎる。
     なので最近は武道が家に帰ると、布団の上で寝るココと玄関で待ち構えているイヌピーがいるのだ。
    「ありがとうございましたー」
     今日も来ると聞いていたので、家に帰ったらその光景が見れるはずだ。変な二人に懐かれたなと、返ってきたディスクを戻しながら思う。
     二人とも見た目がいいし、ココに関してはお金も持っているようなので、こんな冴えないやつの家に来るよりもっと楽しいこともあるだろうにと思う。
    「おつかれさまでーす」
    「あ、お疲れ様」
     ぼーっとしている間に、アイドル好きの女の子が同じようにディスクを戻しにきた。前回と似たような構図に、本当に人気なんだなと手元を見る。
    「それBDの新作ですよね!? 私は特典付きで買ったんですけど」
    「新作は回転早いからね」
     貸出期間が短いからか、回転が早いのだ。だがしかしアイドルのライブ映像が、こんなに人気なのは初めて見た。
    「どんなところが好きなの?」
     なんとなく気になって聞いてみれば、彼女は瞳を輝かせてこちらを見てきた。その姿はまるで、水を得た魚のようだ。
    「気になります? 気になっちゃいます!? いやぁ、どこが好きかと言われると迷っちゃいますねぇ。あ、BDって珍しく世襲制なんです。事務所の中でもこの人! って人が代々BDを名乗るんですよ。今は十一代目なんですけどね、もうそれが最高で。私の推しはココ君なんですけど、もう一人のイヌピー君との関係性も大好きで」
    「……ん?」
     あまりの早さと止まらない口に右から左へと流していたのだが、不意に聞き逃せない名前を聞いた気がした。
    「イヌピー君と、ココ君?」
    「はい! 二人ともめちゃくちゃかっこよくて! この最新のパッケージ見てくださいよ! イケメンすぎません?」
     そう言って彼女が掲げたのは、大きくBDスペシャルライブと書かれたDVDのパッケージだ。
     そこには二人の男性が、汗を流しながらもマイク片手に歌っているのが写っていた。
     その二人に、とても見覚えがある。
    「……この二人が、BD?」
    「ですです! 今や日本のみならず、世界でも人気なんですよー!」
     女子高生に追われていた理由。フードを深く被り顔を隠していた理由。テレビを気にしていた理由。
     いろいろな物が繋がった気がした。
    「――うそだぁぁぁ!?」
    「なにが!?」
     店の中で絶叫し、店長に死ぬほど怒られたのはいうまでもなかった。



    四話
     第四話
     『お話がございます』
     仕事が終わってそう二人に連絡を送った。すぐに既読がついたことを見ても、武道の家でのんびりしていたのだろう。お休みのところ申し訳ないとは思いながらも、流石にそう連絡せざるをおえなかった。
     すぐに二人から返信がくる。
    『何かあったのか? 迎えいくか?』
    『大丈夫か? 迎えいくか?』
     そろって迎えに来ようとするのは優しいと思うのだが、絶対にやめてくれと心の中で思う。二人の正体を知ったあとでは、迂闊な行動は取れない。
     大丈夫だと連絡を入れ、慌てて帰路に着く。いつもの道のりを、いつもの倍の速さで駆け抜けていく。連絡から十数分後、無事家へとたどり着いた。
    「おかえり、花垣」
    「ずいぶん急いだんだな。大丈夫か?」
     いつも通り玄関の前で待っていたイヌピーと、タオルを持って近づいてきたココ。どうやら汗をかいていたらしく、優しく拭ってくれた。それに礼を言いつつも、武道はカバンから一枚の紙を取り出す。それは店のバックヤードにあった、過去のBDライブツアーDVDのポスターだ。しっかりと二人の顔が写っており、それを見せつける。
    「二人とも、アイドルだったんですか!?」
    「お、気づいたのか」
    「話ってそれか?」
    「反応が薄い!」
     武道にとっては中々に重要なことだったのに、さらりと言われて思わず崩れ落ちてしまう。だってまさか変な縁でたまたま出会った人が、国民的アイドルだったとか一体いつのドラマだと突っ込みたくなるのが普通じゃないか。
     そんな武道を慌てて立ち上がらせたイヌピーが、不思議そうに首を傾げた。
    「それにしてもどうやって気がついたんだ? 今まで俺たちを見たこともなかったんだろ?」
    「職場の女の子が君たちのファンなんだって。ライブのDVDを戻してる時に写真も見た」
    「ああ、そういや最近販売だったな。全国ツアーの」
     どうやら今はその全国ツアーが終わって、少しだけのんびりできる時間らしい。そんな時にたまたま散歩に出かけたイヌピーが女子高生に見つかり、武道が住むアパートに逃げ隠れた。そこにたまたま居合わせたのが、今回のヘンテコな縁の全貌だったようだ。
    「もー、言ってくださいよね。職場で知った時は叫んじゃって、店長にめちゃくちゃ叱られたんですから」
    「自分からオレらアイドルやってるんだー、なんて言えなくね?」
    「……確かに」
    「それに、知らないならそれはそれでよかったし。気軽に会えるっつーか」
     それもそうかと、腑に落ちた。それだけ有名なら、どこへ行ってもたくさんの視線を感じることだろう。いつだって肩肘張って生活するなんて、どれだけ大変だったんだろうか。そんな生活を送っていたアイドルが、こんなところに来る理由なんて一つしかない。
     そう、ただここは楽に過ごせる休憩場なんだ。
     ココなんて武道の布団でゴロゴロ過ごす以外は、基本ご飯を食べるくらいしかしていない。
     なるほどなと納得しつつ、こんなオンボロアパートでも彼らにとって憩いの場になるならと武道は頷いた。
    「ここへは好きな時に来て、好きに過ごして構いませんからね」
    「……うん、ありがとう。でもなんか間違ってる気がすんだけど」
     でもそうか、本当にこの二人が今世界の話題をさらってるBDなのかと見つめる。こんな近距離にいるなんて、彼らのファンだったら発狂物だろう。
     そう考えると少しだけ二人の活動が気になりだしてきた。スマホはあるから、なんとかしてライブなりMVなり見れないだろうかと考える。あとでBDについて調べてみようと思っていると、ココが思い出したように武道へ紙袋を差し出してきた。
    「そういや、これ土産」
    「なんですか?」
     英語の書かれた白いショップバック。小さめなのでお菓子かなにかだろうかと中を見れば、そこには明らかに高級であろう腕時計が入っていた。
    「な!? なんですかこれ!」
    「なにって腕時計。花垣この間壊れたって言ってたろ?」
    「言いましたけど!」
     でもその時使っていたのは、うん千円の安いやつだ。こんな高価な物じゃないし、そもそも受け取れないと突き返そうとした。
     それにいち早く気づいたココが、軽く首を振る。
    「あのな、オレここのブランドのイメージモデルやってんの。だからそこのブランドの時計何十個ってもらってて……腕時計そんないらねぇだろ? だからって捨てるのもあれだし、置き場に困ってたわけ」
    「なるほど、イメージモデル」
     確かにCMとかを担当するとその商品がもらえると噂に聞いたことがあった。
     つまりこれはココがブランドからもらったものの一部で、なおかつ家には他にもたくさんあると。処分に困ってたところを、時計が壊れた武道にあげたいということらしい。
    「……でもほんと、いいんですか? こんな高級な……」
    「大したことねぇよ。それそのブランドにしちゃ安いやつだし。大学生とかでも買えるよ」
     そうなのかと時計を見る。ブランド物に無頓着なため、これがどれくらいの値段なのかわからない。だが確かに大学生が買えるくらいのものなら、そこまで値が張るわけではなさそうだ。そこまでゴツゴツしてなくて、つけてても違和感はなさそうだと袋から取り出してみる。
    「……うん。ありがとう、ココ君」
    「世話になってる礼」
     世話してるつもりはないのだが、好意なのでありがたく受け取ることにした。腕につけてみて喜んでいると、それを見ていたイヌピーが眉間に皺を寄せる。
    「ココだけズルい。オレも花垣になにかあげたい」
    「なにかって……」
     別にほしいものは特にないのだが、恨めしそうな瞳に見つめられてため息をつく。
    「じゃあご飯にしませんか? お腹すいちゃって」
    「ご飯じゃなくて、身につけるものがいい。なにか欲しいものはないか?」
    「ご飯食べながら話しましょ。なに食べたいですか?」
     ご飯を食べて他の話をすれば、そのうち忘れるだろ。そんな甘い考えは食事中に質問攻めにあい、早々に消え失せる。
     結局後日、同じく彼がイメージモデルをしている指輪をもらうことになったのだった。



    「さいっっこうだった……」
    「ですよね! ですよねー!!」
     あの日から武道はなんとなくでBDを調べ始め、ネット上に溢れる彼らの動画を見ているうちに、どんどんハマっていってしまった。
     だって武道の家でのんびりしている彼らが、他所ではスポットライトを浴びて歌って踊るなんてギャップがありすぎる。王子様みたいな衣装からワイルドなものまで着こなすなんて流石だなと、関係ないのにドヤってしまいそうだった。
     今もバイトの女の子にオススメを聞いて、その動画を見た感想を伝え合っている。
     一昨年のライブ、そこでイヌピーのアドリブのターンに上手く合わせたココ。その際の服の裾の広があまりに芸術的で、その話をずっとしている。
    「ライブの時は上からの図がバックモニターにも映ってて、もう本当に最高だったんですよ」
    「いいなー! やっぱりライブだと全然違うんだろうなぁ……」
    「違いますよ! 熱が! 光が! 音が! ありとあらゆるものが違いますから!」
     ライブに行きたいなんて生まれて初めて思った。どうやってチケットを取るかもわからないし、そもそもこんな知って数日の男がぼっちで行ってもいいのだろうか?
     少し調べただけでもファンは女子が圧倒的に多く、アウェーの中突き進む勇気はなかった。
     そもそも二人が許可してくれるとも思えない。いつかいけたらいいなぁ、なんて思っていると女の子が店長にバレないようにスマホを取り出した。
    「極秘情報なんですけど、どうやら半年後、東京でライブやるらしいですよ」
    「……マジか」
     行きたい。是非ともこの目で二人の勇姿を見てみたい。でも一人で行く勇気はないし、そもそもチケットの取り方もよくわからない。
    「うぅ……。行きたいっ」
    「もしよかったら、チケットの取り方教え」
     武道の様子に助け舟を出そうとしていた女子は、たまたま見た画面に固まってしまう。どうしたのかと同じように見て、はたと動きを止めた。
     そこにはとあるスキャンダルが書かれている。見出しはこうだ。
    『BDココ、熱愛発覚! お相手は一般人!? 高級品を貢ぎまくる日々』
     どうやらココのことが、とあるネット記事に書かれているらしい。写真もいくつか載っており、武道が見たのは高級ブティックから出てくる彼の姿だった。どうやら家にも足繁く通っているらしく、お相手は一般人で、結婚秒読み!? とも書かれている。
    「……」
    「……」
    「…………私死にます」
    「生きて!!!」
     崩れ落ちた女子を宥めるのに必死になっていたため、ポケットのスマホが震えていたのに気づかなかった。




    五話
     第五話
    「どこに向かってるんでしょうか……?」
    「急にすいません」
     謝ってきたのは、眼鏡をかけた優しげな男性だった。彼がBDのマネージャーだと知ったのはさっき、家に帰ったら彼がいたからだ。突然知らない人がいてびっくりしたけれど、彼の携帯からイヌピーに説明された。そしてついて行くよう言われ、マネージャーさんが運転する車に乗り今に至る。
     どこに行くのか聞いても謝られるだけで、聞きたい答えは返ってこない。どうしたものかと悩んでいると、車がとあるビルの地下駐車場に入って行く。
    「申し訳ございませんが、ついてきていただいてもいいでしょうか?」
    「はい……」
     優しいだけじゃないところが、あの二人のマネージャーなんだなとわかる。彼の後ろをついていき、エレベーターで上に向かう。ここはどこで、どうして呼ばれたのか。理由はきっと上でわかるのだろう。
     しばしの沈黙の末、エレベーターが目的の階に到着した。
    「こちらです」
     案内されるまま進めば、とある一室の前までやってくる。
    「……」
     鬼が出るか蛇が出るか。なんだか嫌な予感がするのは気のせいだろうか。
     とにもかくにもここまできたら行くしかないと、武道は扉を開く。
    「……花垣」
     室内には予想通り、イヌピーとココ、そして見知らぬ男性が一人いた。その人に軽く頭を下げつつ中へと入り、二人と顔を合わせる。
    「イヌピー君、ココ君」
    「悪りぃな。色々急で」
    「いえ……まぁ」
    「ささ! 集まったことだしみんな座って。お茶をどうぞ。お菓子も好きに食べていいからね」
     そう声をかけてきたのは、どちら様かわからない方だ。どう反応したらいいのか分からず二人へ視線を送れば、ココが耳元で囁いた。
    「あれ社長。今回のことでどうしても同席したいって」
    「しゃ!?」
     つまり芸能事務所の社長、この場で一番偉い人ということになる。ピャッと背筋を伸ばした武道を見て、社長はカラカラと笑う。
    「いやぁ、二人が懐いたとか聞いてたからどんな人かと思ったけど、本当にいい人そうでよかったよー」
    「オレは社長にだけは合わせたくなかったんだけどな」
    「ココに同意」
    「二人とも冷たいなぁ。ねぇ花垣君、ひどいと思わない?」
     冷めた目で見られても笑っている社長は、どうやら一癖も二癖もある人らしい。ここ最近の癖強い人との遭遇率の高さは一体なんなのだろうか。誰か説明して欲しい。
     とりあえず座るよう言われ、イヌピーとココの間に腰を下ろした。
    「さて、まあ今回の話はココのスキャンダルね」
    「あ、」
     やっぱりそうだったかと納得した。タイミング的にもこれが一番確率が高いと思っていたのだ。ちらりと隣を見れば、ココが渋い顔をしていた。
    「結論から言うと、あれは誤報ね」
    「そうなんですか?」
    「当たり前だろっ」
     当たり前なのか? と首を傾げる。アイドルとはいえココも成人済みの男性だ。これだけ人気もあるなら恋人くらいいてもおかしくはないだろうに。
    「写真撮られた相手は、お世話になった女優さんの娘さん。でしょ?」
    「そ。女優のほうは、めちゃくちゃ大御所。多分知らない人いないくらいの。そんな有名人の娘ってだけで、子供の頃から結構大変な目に遭ってたらしくて、高校卒業と共に勘当同然で家出してたんだって」
     親が有名人だと、きっと大変なことも多かったはずだ。どこに行くにも人の目があるし、同級生からも色々言われたことだろう。
     そんな世界から離れたいと思っても不思議はない。
    「でもまあ、元々高齢なこともあって最近は連絡を取り合うようになり、その娘さんがオレのファンだって言うから会った。罪滅ぼしと好感度上げに使われたってわけ」
    「そこを撮られたと……」
    「そ」
     ここに来るまでの道中、改めてあの記事を読んだ。ココが高級ブティックでアクセサリーを買い、それをプレゼントしたことや、家に足繁く通っていると書かれていたのだが、それすらも間違いだったのだろうか?
    「ちなみに花垣君は記事読んだ?」
    「はい、一通り」
    「なら結論から言うと、その娘さんが住むアパート君と同じところなんだって」
    「……へ?」
     確かにあのアパートには女性も住んでいらっしゃるけれども、あんなボロいところに大物女優の娘が住んでるなんてありえるのだろうか。
    「言ったろ? 勘当同然だったって。資金援助はないし、保証人もいない子が借りれるところなんて限られてる。オレもまさかあのアパートに住んでたなんて思わなかったわ……」
    「それにあれだろ? ココがプレゼントしたのって花垣君なんだろ?」
    「プレゼントって……」
     確かに今、ココからもらった腕時計を付けている。だがしかし、これは処分に困ったからもらっただけで……。
     ココへと視線を向ければ瞬時に視線を逸らされた。これはまさか。
    「……ココ君、買ったの?」
    「………………カッタ」
    「ココ君ッッ!!!」
     なぜわざわざ嘘をついたのか。まあそうでもしなきゃ武道が受け取らないと思ったのだろう。しかし見事に騙された。
     なんとなく悔しくて睨みつけていれば、それを見ていた社長が人差し指を上に向け伸ばした。
    「つまりだ。今回の騒動のほとんどが、花垣君だったわけだけどそれについてはどう思う?」
    「え……」
    「君の家に行き、君に貢いでた。間違いとはいえそれを撮られたわけだ」
    「――」
    「ファンたちの反応はすごいよ。トレンドもあっという間に一位だ」
     確かにその通りだ。いくら相手が武道とはいえ、二人があのアパートに通っていたのは間違いなく、さらにココが武道にプレゼントしていたのも真実だ。三人の間にあるのが友情とはいえ、二人が一般人と絡むのを嫌がる人もいるだろう。なんとなくで始まった関係だけれど、もっと慎重になるべきだったと今更気がついた。
     武道の顔が一瞬にして青く染まる。
    「……お、オレ……」
    「花垣をいじめるな。そもそもあそこに通ったのはオレたちの意志だ」
    「だから二人もここに呼んだんだろ? 自覚足りてないよって、忠告するためにさ」
    「……」
     黙り込んだ二人もわかっているのだ。今回こうして話題になってしまってから気づいた、この関係の脆さに。
     人目に触れてしまったからこそ、もうああして二人が家に来ることはできないだろう。
    「花垣君さ、どうするべきだと思う?」
    「……オレは……。二人から離れるべき、ですよね」
    「……うん。正解」
     それはそうだ。今回の問題は真実ではないなら時間が解決する。事務所からも直々にそんな真実はないと発表すればいいだけだ。
     だがそうした後にも、ココがあのアパートに通っているのが知られたら。
     だからできることは一つ。二人と距離をとること。奇妙な縁から始まった関係だけれど、楽しかった。二人のおかげでアイドルを好きになることもできたのだ。でもだからこそ、その活動を応援したいと思う。少なくとも武道の存在が、足を引っ張ってはいけない。潤む瞳を無視して社長を見つめれば、彼は優しく微笑んだ。
    「ありがとう、花垣君。君は二人のために行動してくれるんだね」
    「はい」
     これでさよならだ。
     二人の活躍を、一ファンとして楽しめばいい。今までのことは、夢だったと思えばいいんだ。
     そう、思ったのに。
    「じゃあそんな花垣君にお願いだ。いやね、この二人が本当にわがままでねー? 花垣君と離れたくないよーって喚き散らしてもう大変で」
    「……ん?」
    「でもね、流石に今のままの花垣君と一緒にはいさせられないわけ。だとしたらだ! どうするべきか、答えは簡単なんだ」
     立ち上がった社長が武道の前までやってくる。両手を取られたと思えば、強く握られた。
     心なしか、社長の目がキラキラしてるように見えるのは気のせいだろうか?
     呆然と見つめてくる武道に、社長はそれはそれは綺麗な笑顔を向ける。
    「花垣君! アイドルにならないかい?」
    「……………………………………はい?」



    約半年後
    「見てみてー! ネイルココピの色にしたのー!」
    「かわいー! 私はイヌピ」
     ざわざわと至る所から声がする。その全てがこの後訪れる最高の瞬間を待つ同士であった。
     大きな会場で今日、BDのライブが行われる。
    「それにしても驚いたよね。ココピの熱愛報道から一転、新メンバー発表」
    「二人が直に説得しに行ってたんでしょ?」
    「あんなボロアパートに住んでた人が急にトップアイドルの仲間入りか……。シンデレラストーリーすぎない?」
     話をしながらも買ったばかりの袋を切り、中からTシャツを取り出す。このライブ限定のシャツを着て、首にはお揃いのタオルをかける。
    「最初はさー、流石にアンチ多かったよねー」
    「そりゃ二人が好きな人からすればね? でも結局その二人があまりにも溺愛してるもんだから、アンチもアンチできなくなっちゃって」
    「まあ二人にはない可愛らしさがあって、あっという間にファン増えたしね」
     突如開設された動画サイトのアカウント。そこで流される三人の日常風景があまりにもアレで、放送されるたびにトレンド入りしていた。
    「確かに可愛い。ファンレター読む生配信でずっと赤面してたのには萌えた」
     元々のBD二人が近づき難いオーラがあったからか、ふわふわした新人さんはいい意味で目立つ。明らかにこの世界に慣れてない感じも、可愛らしいと好評だ。
    「あれも好き。ただ三人で同じベットで寝てるだけの定点カメラ」
    「川の字ってまじかってなったよね。しかも爆睡」
     まあ仲が良さそうで安心だと、ファンはそう思うだろう。我々が願うことはただ一つ。一日でも長く活動してくれること。
     だからこそそのために、毎日頑張って働いてお金を稼ぐんだ。
     フッと照明が落ちていく。どうやら始まるらしい。両手にペンライトを持ち、今か今かと前のめりで待つ。
     静まる場内。最初の声はもちろん、彼らのボス。
    「みなさんこんばんわー! 11BDです!」





    おまけ
     ※ファンレター読み上げ生配信中。モブ視点
    「その時のココ君のステップが最高にかっこよかったです。大好きです、だって」
    「どーも」
     スマホに映るのは、今をときめくBDたちだ。彼らがファンからの手紙を読み、簡単にお礼とかその時こうだった、なんて裏話をするファンにとってはありがたくすぎる配信だ。
     そもそもBDがまだ二人だった時、こんなことはしていなかった。イヌピーとココはこういったことに向いていない。なぜなら他人に興味がないからだ。イヌピーは自分のファンですらスルーするし、ココは金が絡んだ時だけファンサをすると言う、本当にアイドルなのか疑いたくなるような人たちだった。
     だからこそ、今こうしてリアルな彼らを見れるのは、本当に凄いことなのだと友人から聞いた。
    「じゃあ、続きましてのファンレターは……」
     最近ファンになったばかりなので、友人からの情報はとてもありがたい。
     実は最初はBDが好きではなかった。こんな天狗になってる奴ら、見てて不愉快だーなんて思っていたのだ。なのに今こうして生配信を食い入るように見ているのは、彼のおかげである。
    「えー、ペンネームみっち大好きさん……」
     新たに入ってきたのにも関わらず、彼らのリーダーとして君臨することとなった花垣武道、通称みっち。金髪に青い目、童顔ではありながらも年齢のことを考えても、今からアイドルは中々無謀だなと物議を巻き起こした人。
     そんな人がトップアイドルのリーダーとなり、アンチに叩かれまくった末、諸々あって受け入れられた理由。
     それはひとえに彼の性格だった。
    「へへっ。大好きかぁ。嬉しいなぁ、今までそんなふうに言ってもらえたことないから……。あの、このファンレターコピーとかしてもらっちゃだめですか? 家に飾りたくて……」
     大きな目がふにゃりと下がり、頬が赤く染まる。その純粋さ、可愛らしさに落ちた人は多い。ここにも一人いるくらいだ。チャット欄は可愛いコメントで埋め尽くされ、投げ銭できないことに嘆く人多数。その気持ちはよくわかる。大きい金額を投げた時のみっちの慌て具合がまた見たい。ワタワタして最後には涙目でもうやめてくれと言っていたあの伝説回を、また今度見返すとしよう。
     だがしかし、それだけで彼が受け入れられたわけではない。元々のイヌピーとココファンは、二人の間に入るなと猛反発した。とあるSNSには#間男反対とトレンド入りしたほどだ。
     だがしかし、それらも今では治まり静かなものである。と言うのもだ。
    「オレは愛してるぞ、花垣」
    「オレも。愛してる」
    「――なっ、なに急に……。どうしたの?」
    「花垣が嬉しそうなのがムカついた」
    「こんなに愛してるのに伝わってなかったんだなって悲しくなった。なあ、イヌピー?」
    「うん」
     どれだけ周りが騒ごうとも、本人たちがこのイチャつきっぷりではもはやどうすることもできない。アンチは早々に諦め、今ではこの三人を見守ってると言う。
     それにしても相変わらずだなと、同じような感想コメントを流し見る。以前とは打って変わってある意味平和なコメント欄は、見ていて気分がいい。
     「と、とにかく! ファンレター読むからね!?」
    「次は噛まないように気をつけろよ?」
    「頑張れ花垣」
    「そもそも二人が読んでくれてもいいんだよ!?」
     それは無理な話だろう。二人がこの生配信をするのは、噛んで涙目になるみっちが見たいからである。
    「とにかくファンレターの続き読むからね? えー、来月のライブ参加できることが決定しました。生みっちに会えるのを楽しみにしています。わ! おめでとうございます。オレも今から緊張するけど楽しみ」
     そう、来月。彼が入ってからはじめてのライブが開催される。なんだかんだ三人揃っての生パフォーマンスは初めてで、今からとても楽しみだ。
     チケットの倍率は凄まじいことになっていたけれど、なんとか手に入れることができた。日頃から徳を積んでてよかったと心から思う。
    「みんなに会えるんだよね! 楽しみだなぁ」
     言葉通りにこにこ笑う彼を、イヌピーとココが穏やかに見つめる。この二人がこんな顔をするなんて知らなかったと、昔からファンだった友人が語っていた。二人の新たな面が見れて嬉しいと、最近はみっちを崇拝し始めているらしい。彼がリーダーとして君臨するBDは過去最高のものになるだろうと、声高々にカラオケで叫んでいたのを思い出す。
     実際どうなるかは神のみぞ知ることではあるけれど、この三人なら大丈夫なんじゃないかなと思う。
    「じゃあ頑張ってフリ覚えなきゃな」
    「配置もな」
    「……がんばりまーす」
     しょぼんと落ち込む姿を見つつ応援コメントを打つ。それを送信すれば似たようなコメントに紛れ、彼らの元へと届けられた。
     配信もそろそろ終わりらしく、今日も楽しかったと画面を閉じようとする。だがそれよりも早く友達からメッセージが飛んできた。生配信のことかと確認すれば、内容は全然違くて……。
    「え!? みっちドラマ出るの!? え、ダブル主演!? 相手誰!?」
     
     
     
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