そこそこ綺麗な子だったと思う。
「ね、京介くん。私と…お付き合い、しない?」
どうするべきだろう。やっと俳優という肩書きがつくようになって、世間に名が売れ始めた頃なのに。知り合って数ヶ月のモデルの女の子と付き合うのは、バレたらよくないのかな。
「うーん…嬉しいけど、」
いつも通りに笑顔を浮かべておいた。前ふりを言えば、分かってくれそうだなと思ったんだけれど。
「じゃ、じゃあ……お試しで。どう?1ヶ月だけなら、それで嫌なら私のこと振ってくれていいから!」
「はあ…」
「ね?いいでしょ、京介くん!お願い!」
「………まあ、1ヶ月なら。」
俺は、根負けしてしまったんだ。浮かれる彼女の顔を見て、苦笑いが引きつっていないか内心とても心配だった。
『京介くん、おはよう』
あれから毎日のようにLIMEが来る。最近ではメッセージをやり取りするアプリはメールから、LIMEになったのだ。これの弊害は、
「……あっ!?」
――ボーッとしてトーク画面を開けば、既読表示が出てしまうところだ。ちょうど彼女も俺にスタンプを送ろうとしていたらしく、かわいらしい動くうさぎのスタンプが届いた瞬間を見てしまった。画面の向こう側の彼女がはしゃいで、メッセージを連投してくる。
「はあ……」
「なに、京介。厄介な女でも捕まえたのか?」
「……あ、佐久間さん。おはよう」
俺のスマホに大きな影ができた。
「ん、おはよう。………で、なんだその女は」
「最近付き合ったんだけどさ…」
「へえ、京介にしては珍しいな」
「……まあ、そうかもね」
「何、根負けしたのか」
「…そんなところだよ」
ガッハッハと笑う佐久間さんは昔から変わらなくて安心する。
「最近は色々怖いからな、気をつけろよ」
「うん、分かってる。…ありがとう」
佐久間さんは俺の肩をぽんっと叩いて、事務室に消えていった。話している間もずっと俺のスマホは震えたまま。普段なら仕事中はマナーモードを入れているけど、今日はまだ時間じゃないからと思って切っていたんだ。
『京介くんもLIME見てるんだ、嬉しい』
『朝から仕事?テレビ出るお仕事あったら教えてね』
『私、京介くんの演技が大好きなの!ずっとモデルの時から格好良いと思ってたんだけどね……!』
『京介くん、今度の休みデートしたい!合わせるから空いてる日、教えてよ』
連投に次ぐ、連投。画面を埋めつくす分量。ため息しか出ない。俺はただ、おはようとだけ書いて送った。
別に嫌いなわけではなかった。
好ましいといった方が正しいかもしれない。俺への好意があからさまではないのが心地よかった。周囲の女性はすぐ俺にわかりやすい好意を向けてくる、躱すのは構わないけれど相手に申し訳なくなってくるから、程々にして欲しかった。付き合った、“恋人”、いやまだ恋人という響きには慣れないけれど、彼女は比較的上品でしっかりした子で、俺への好意の向け方はあからさまではなくて、やりやすかった。この業界にいると、容姿端麗な人は幾らでも居るから顔が良いとか身体が気に入っているなんてどうでも良かった、ただ彼女は清楚で良い子なんだろうなとおもった。
だから、俺はそれに応えたかった。下心がないわけではなかったけれど、それよりも彼女を喜ばせて彼氏という役を全うしてあげたかったんだ。その一環として、結局デートに来てしまっている。
「このフレンチ、美味しいね」
「そう?良かった」
同い年でよく笑う彼女は、世間一般ならとってもかわいいと思う。俺が椅子を引いて促せばありがとうと素直に言えて、店員さんへの対応も丁寧で、お洋服も化粧もちゃんと合わせたんだなとわかる。
「京介くんと一緒にいられて、嬉しいなあ」
彼女はカトラリーを置いて、そう言った。別に俺は悪いことはしてないんだ、一抹の罪悪感がよぎった。
「…俺も、嬉しいよ」
「……ふふ、よかった」
彼女はミルクティーを美味しそうに飲んだ、俺はホットコーヒーを飲んだ。食べかけのチーズケーキを最後まで食べようとする。一流店のはずなのに、味がわからなかった。
もう冬に差しかかる頃で、始まりかけたイルミネーションの道を並んで歩く。彼女の手をそっととって、つないだ。指を絡めるまではできなかった。寒いねと言えば、彼女も寒いねと答えてくれた。その日は思ったよりもたのしかった。すごくいい子だし、長く続けられそう。そんな気がしたんだ。
◇
「でね、俺結局振られちゃったんだ」
「へえ〜、京介を振る女の子なんているんだ!?」
「はは、それは言い過ぎだと思うけどね」
俺は、玲さんを同じフレンチの店…ではなく、向かいのイタリアンに連れてきた。フリーの今日、玲さんの仕事のお手伝いの報酬に一緒にご飯に行こうと誘ったんだ。優しい彼女は何も知らずにやって来て、俺の話を興味深そうに聞いてくれている。
「ね、言いづらかったらいいんだけど……なんて言って振られたの?」
「あー、気にしなくていいよ。なんだったかな…飽きた?って言われたかな」
「…うわあ、飽きたとかやっぱり芸能人の人たちはちょっと違う世界なのかな」
玲さんは絵に描いたように、げんなりした表情を浮かべている。
「まあ、そうじゃない人もいると思うけどね。その子はたまたま俺と付き合えて満足したんじゃないかな」
「京介くんってすごいかっこいいもんね、それはちょっと分かるかも!」
玲さんは大口でわらって、モンブランを美味しそうに食べている。そのうえ、色んなブレンドを試したいとコーヒーをおかわりして、楽しんでいる。
「…玲さんってさ、おもしろいよね」
「ええっ!?そんなことないよ」
フォークをくわえたまま、目をみはる様子は可愛らしい。
「私には分からないけど、京介くんは飽きさせないように、他の人をとてもよく見てると思うんだけどなあ。」
「……あははっ、ありがとう」
メニューをとって、何杯目か分からないコーヒーを頼むことにした。今度はラテだ。玲さんは季節のタルトに目が泳いでいたので、それも頼もうかな。食べているところが見たい。
「ね、玲さん」
「なに?」
「飽きさせないからさ、付き合ってくれない?」
「………んもうっ!喉にコーヒー入った、むせたじゃない。冗談やめて、顔がいいからって…」
玲さんの頬が赤に染まる。寒いからだけではないだろう。あれから幾つ季節が移ろいだか分からないけれど、いまも偶然冬に入りかけている時期だった。
「なーんて、嘘だよ。俺役者でしょ?」
「はー…京介くんったら」
「ごめんごめん、奢るからさ」
「なら、良いよ。仕方ないなあ……」
いつもと変わらないセリフを吐けば、納得してくれたみたい。俺もチーズケーキを堪能する、濃厚な味わいにこれを買って帰れば兄貴が喜んでくれるかもなんて考えた。
『――京介くんって、何考えてるか分かんない。いつも演じてるみたいで、私のこと好きになってくれるのかなって心配だから……ごめん、別れて。』
ほんとうは、こうだった。飽きたなんて身勝手なこと、あの子は言うような子じゃない。好きになれるかなと思った三週目、三が付く日は注意ってあのことわざみたいなのは真実なのだと悟った。
相手のためをおもって行動することに何で責められなければならないんだろう、相手の望むことをして何が悪いんだろう。毎日考えてきた。答えが出ないまま、今の俺はありがたいことに若手俳優として名を馳せている。
隣にいる玲さんを見て、その答えが見えるかもしれない、そんな予感をうけた。 チーズケーキの箱を持ってない右手を伸ばして、冷たい彼女の手をコートのポケットに入れた。