私だけのサンタクロース「これ、貰ったんだよね」
「…なんだ?」
深い赤のラッピングに、緑のリボン。そこそこの大きさの箱。推測するに、おそらく。
「服か。それとも、マフラーとかか…?」
「そう、当たり!セーターらしいんだけど…」
フランクが器用な手つきでラッピングを解いていく。質のいい手ざわりの箱を開けると、そこには――、
「なにこれ……」
「なんだ、これは…」
二人の声が珍しく重なった。
世間に正反対だと言われ続けていた、我々二人の見解が一致したのだ。
(このセーター、ダサすぎる…)
心の声までも一致したことは、――想像に難くない。
あまりの惨状に、ココアを淹れて仕切り直すことにした。ベッドの縁に二人、サイドの棚にマグカップを置く。
「フランクに贈った方には悪いが、なんてセンスが…」
「…僕も思ってるから、ショーン…」
惑う手のせいで飲み物の縁がゆらと動く。
どうやらフランクにこのダサい品を贈ったのは、服飾会社の役員をしている叔父らしい。今冬の新商品で、生地や保温性に優れていることが売りらしいのだが、生憎デザインについては頭が回らなかったようだ。
「如何にショーンがカッコイイとしてもこのセーターは流石に…」だとか、「家の中でしか着られないから二人だけの秘密みたいで嬉しいと思えば…」だとか、ぶつぶつとフランクの独り言が聞こえてくる。恋人としてそれは嬉しい。けれども、誰がどう着てもこのダサさに太刀打ちは出来ぬだろう。
「しかし、どうしようか」
「うーん…、一回着て写真でも送れば満足してくれるでしょ」
ご丁寧に、私とフランクの二着分用意されている。緑にグレーの格子柄、微妙に短い丈。私にはよく分からないが、こういうのは顔写りが最悪だとフランクは教えてくれた。
「ふむ、…そうだな。今度の休みに撮ろうか」
「そうだね、……なんか今日はいいや。」
そう言って、二人でセーターを放る。セーターのダサさに心がやられた。今日はやめにしよう。
服を目で追いかけてぼうとしていれば、思ったよりもフランクの近くに身を寄せていたようで。
視線の交わりを、はやる心臓の音を感じる。
(――明日は早いのだが、)
妖艶に笑う男の顔に抗えなかった。全てに言い訳をする、自身の思考までも宙に放った。
◇
(…昨日、もっとちゃんとすれば良かったのだ)
後悔しても遅い。
(…昨日、肌を重ねなければ良かったのだ)
朝に慌てふためくのは、昨夜には分かっていたことだったではないか。
(…フランクの叔父の会社が、全て悪いのだ)
否、そんなことはない。手にとってしまった私が悪いのだ。
「ショーンさん、その服ダサいっすね…」
「………言わないでくれ。」
部下達が、書類を提出してくる度に指摘してくる。ショーンさんは元からお洒落じゃないですよ、という囁きまで耳に入ってくる。
朝。
重い腰を上げて時計を見ると、寝坊。そんな私は勿論着るはずのワイシャツにアイロンなどかけていなかった。考える時間など数分も残されていない、微かな抗いの心の訴えを無視して。
(……私は、ダサいセーターに手を伸ばしたのだ)
今日は課のほぼ全員が出勤する日であることも、直々に取材に出かけなければいけない日であることも忘れていた。阿呆である。
取材先にどのように思われるかが怖い。失敗すれば、最悪次から取材を受けてくれないかもしれないのだ。眼前の男に向き直る。背を伸ばした感触は冬のせいだろう、寒気がした。
「今回、取材を快諾して下さりありがとうございます。こちら空色新聞のショーンと申します。」
「はるばる遠くからありがとう、ショーンさん。今回は何を聞きたいのかね」
「ええ、…諸外国との貿易についてなのですが…」
町の郊外にある、大きな屋敷。フランクと同じくらいには金持ちであろう貿易屋。私の取材を快く受けてくれるお馴染みである。
「…君の服は、今日は一段と……」
「あっ、…あまり洒落ていないかもしれないです。大切な取材だというのに、すみません。」
やはり言われてしまうか。目を逸らせば、今度はふかふかした毛並みの猫の方に挨拶をされた。
「いや、そうではない。随分いいものだと思ってね、…ふむ。どの店で買われたのか。」
「christ-masという店でですね…」
「よし、今度行ってみよう!」
「は、はあ……是非。」
なんということだろう。
顔をほころばせる金持ちの男。金持ちはこうも思考が狂っている。長年の信頼から、おそらく茶化して言っている訳ではないと分かる。だが、流石に褒めるとは予想の範疇を超えている。狐につままれた気持ちで、新聞社に帰ると更に恐ろしいことがあった。
◇
「まさか、このセーターが流行るとはな…」
「そうなの!?僕もビックリだな」
あの貿易屋が問い合わせをしたのか、街の者に言ったからなのか、私が職場に戻ると、セーターの問い合わせをする電話がひっきりなしで鳴り止まぬという怪奇に襲われる。結局セーターについての記事を書くことになり、私の帰宅は思ったよりも遅くなってしまった。
「何だかなあ…」
「どうした?」
「うーん…そういうつもりじゃなかったんだけどなあ」
首をかしげるフランク。先にベッドに入っていた彼はもぞとタオルケットの波に埋まっていく。
「そういう、つもり…とは?」
「いや、いいんだけどね…これで僕も叔父さんに恩が売れるしね」
「そうか…」
フランクは何を言いたかったのだろうか。まあいい。疲れた体では何も考えられぬ。昨日から変わるセーターへの扱いに困惑しつつも、私はクローゼットの端にかけたそれを見つめる。心なしか、光沢を発しているように見えた。
「…クリーニング、ちゃんとしてやらんとな」
「まあ、そうかもね…、ほらショーン、寝よう?疲れたでしょ」
「あ、ああ…」
パジャマを羽織ったあと、ふかふかのベッドへもぐりこむ。フランクのふわりとした髪にキスをして、私も目を閉じた。
数日後。
出来上がった原稿に、私は驚くこととなる。
セーターの立役者は何もあの貿易屋だけではなく、豪邸のバルコニーにそれを着て現れたフランクもだったらしいのだ。後で見ればよかろうと思っていたフランクのセーター姿は、赤に緑といういかにもなクリスマス感である。似合っていて、可愛らしい。
家に帰ってサンタクロースは意外と近くにいたものだなと言えば、彼は二人だけの秘密のお揃いが良かったのにと拗ねた顔を見せた。フランクの機嫌は冬のあいだ、妙に悪かった。