俺にウソつかないでよ俺の目の前の女の子はとっても手強かった。幾度口説こうとしても失敗している。取り付く島もない。
「ちょっと気になったんだよね」
「はあ…何でですか?」
「いやあ、何でって言われても。運命かなって」
「…そんじょそこらに運命は転がってませんよ」
「あははっ、面白いね」
「……お笑いを求めるなら、家でテレビでも見たらどうです?」
冷めきった顔、上がって下がらない眉、全身から溢れ出る帰りたいというオーラ。焦れったい。軽く肩を抱くと、意外にも嫌がる様子はなかった。女の子はぴくりと身体を震わせる。
「…私はもう、帰りますので」
「ヤダなあ、嘘言わないでよ」
「ほら、俺に…」
「俺に何ですか」
「うーん、上手く言えないんだけどさ」
「言わなくて、いいんですよ」
「君だって、俺の話に付き合ってくれるぐらいは俺のこと好きなんじゃない?」
「はあー……自惚れないでください」
まだ名前も聞いてない女の子はパシッと俺の手をはねのけた。
(くくっ…、女の子に、はたかれるなんて初めてだな)
新鮮味はますます俺を面白くする。
「とにかく、もう帰りますので!」
「そっかあ…残念。じゃあ、名前聞いていい?」
「……泉、玲香…です」
「玲香ちゃんね。ずっと忘れないから、俺のことも忘れないでね?」
「ははっ、変な人ですね。じゃあ、いつか」
ピンと伸びた背筋。こんなパーティでは滅多に見かけない、ウブな感じがするのに、ついつい目で追ってしまう。気になるんだ、ウソじゃない。
(それに、君も俺のこと見てたよね?)
今度調べてみようかな。スマートフォンに手を伸ばした。きっとまた会えるだろう?いや、手に入れてみせようか。面白い、レディよ。
◇
「君、すごくかわいいね」
「はあ…それ誰にでも言ってますよね?」
この人、絶対女全員に言ってると思う。私は珍しくも美形の人に慣れた手つきでナンパされていた。
(なんで、青山さん帰って来ないの……)
青山さんのコネで潜入したパーティ。セレブな女のホシに接触したいということで青山さんは絶賛捜査中。私といえば、ビュッフェで元気に飲み食いしてたら、顔がいい男の人に声をかけられた。
「そんなことないよ?一目見たときから、気に入ったんだ」
「………嘘だ」
「うーん、どうやったら分かって貰えるかな?」
「…どうやっても分かりませんよ」
イケメンは言うことが違う。私だって捜査企画課に配属されてからイケメン耐性がついた、どんな近くにイケメンが居ても動じないようになった。
(でも、これは、違う…!)
今まで知り合った男の人のなかで距離が一番近い、しかも初対面で。こういうのは自分の顔の良さを分かっている人がやる所業だ。私には理解できそうもない。
(それに…、)
壁の花になりながら、フロアを見渡して最初に目についたのはなんとこの人だったのだ。赤い髪を後ろで束ねて、華やかでいつも人に囲まれている様子なのに、どこか心が見えてこないような笑顔で応対していて。仕事柄なのかもしれない、なんか情報を持っていそうだなと思った。話してみてもいいかなとちらっと頭に浮かんだのが運の尽き、こうして会話を切り上げるタイミングを失いまくっている。
「何、考えてるの?俺のこと?」
「違いますよ」
「それは残念、じきに俺のことを考えてくれるようになると思うんだけどな」
「ふっ、…だといいですね」
なんとなく躱し方が分かってきた気がする。初対面で放つ辛辣な言葉に男は気を悪くした様子もないのだ。むしろニコニコ嬉しそう。おかしい。
「あっ…」
「どうしたの?何か美味しそうなものでもあった?俺なら作ってあげられるけど」
「とにかく、帰りますので!」
無理やりに会話を引き上げてしまった、ちょっぴり罪悪感に苛まれる。美しく整えられた眉が下がっていくのを、見ないふりをした。ぺこりと頭を下げて、遠くでニヤつく青山さんのそばに小走りで行く。
(青山さんのことだから、男に話しかけられて良かったなとか言うんだろうなあ…)
これからの捜査企画課ではやし立てられるであろう未来と、玲香という偽名を言ってしまったことへの引っかかり。じわりと染み込んでいく、血液の温度があがるような気持ち。訳のわからないフリをして、すべてに蓋をした。