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    _sheena_lett2

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    耀玲バレンタイン詰め合わせ

    ①告白する玲ちゃん
    ②服部に恋するモブ
    ③結婚してから思うバレンタインのアレコレ

    ①付き合っていない耀玲(両片思い)

    「あの、服部さん!」
    「なに」

     捜査会議が終わってすぐ、廊下で呼び止めたのに、何とも予想していたように服部さんは振り返らなかった。会議終わりの世間話がざわざわとこだまする。

    「…お話があって、ですね」
    「じゃ、今ここで」
    「いや、その…ここじゃなくて」
    「…ふーん?そう」
     つかつかと歩いていく服部さんに必死に着いていく。通り過ぎるほかの人たちがチラチラ私たちを見ている。鞄に入っている何かを皆分かっているんだと思う。仕方がないのだけれど、たどり着いたのは人のいない隅の休憩室。自販機からアイスコーヒーを買って、服部さんはどかっとソファに座る。私はまだ座れないままだった。
    「座れば」
    「……いえ」
    「そ、」
     プシュ、と缶を開ける音がした。服部さんは近くにあった今日の新聞を開いて、読む。胸ポケットのタバコに手を伸ばして、火をつける。部屋に煙草の香りが広がる。また右手で新聞をめくる。

    (ああ、)
     私に何も言わせないつもりなんだ。何も聞かないつもりなんだ。こちらに目も合わせないんだ。

    「あの、」
    「何」
    「渡したい物が、ございまして…」
    「……書類?課長くんから預かってたの、まだあったの」
    「いえ、」
     私のことを一瞬たりとも見ようともしない、服部さんに嫌気さえ差してきた。だって、この人もう三十も半ばなんだよ。バレンタインのことだって、何となく察している筈なのに。
    (――いや、だからか、)
     とぼけて知らない振りをするのも、“三十も半ば”だからかもしれない。私との選択肢を消しておきたいのかもしれない。私からの好意を全部理解しているうえで。
    やっぱり、憧れであるはずなのに、何処か放っておけない人。そう思う。

     服部さんの隣に座る。思ったよりも、ソファはふかふかだった。
    「…分かってるくせに、言わないんですか」
    「言わないのはそっちでしょうよ」
    「鞄の中にある、コレ。溶けてもいいんですか」
    「…溶ける類のものとは、知らなかったねえ」
     言いすぎた。自覚はあった。なのに、柔らかくふんわり笑う服部さんが、ようやく私のことを見た。目があってしまった。不意打ちでどきりと心臓の音がした。だって、警視庁捜査一課長、魔王と呼ばれている服部さんがこんな笑い方をするなんて。誰も思わないだろう。
    「……俺も、頭やられてるのかね」
    「なんですか!“俺も”、って!!」
     ようやく張り詰めた雰囲気が緩まった気がする。私も笑った。カチリカチリと鳴る時計が、早く立ち去った方がいいことを告げている。私はたちあがった。綺麗に包装されたそれを机に置く。丁寧に置いたつもりなのに、思ったより音がした。
    「持ってきたから、仕方ないじゃないですか。置いていきますよ、チョコレート。」
    「義理?」
    (何を、バカなことを)
     分かってるくせに、聞こうとする。言わせようとする。わざわざ呼び出すなんて、決まっているのに。振り返ってなんてやらない。
    「服部さんも、」
    「…」
    「頭やられてますね」
    「は、…よく言う」

     私は休憩室を出た。がむしゃらに走りたかった、ヒールの音を抑えて前進した。風を切って、出口に向かった。誰も追ってはこないし、何があったかを聞いてもこなかった。あの笑いに何があったか聞くほどでもなかった。期待、するほど若くもなかった。ただ、服部さんも私も頭がやられていることだけが分かった。厚労省に戻るまで、地下鉄を乗り換える間、ただ涙が出た。情けない、涙があふれた。そうして、笑った。




    ②モブが服部に恋する話、モブ→耀→(←?)玲


    「キミって煙草吸うんだ、」
    「あ」
     時が止まった。隣の一課の服部警視正だ。大魔王と呼ばれた彼と、警視庁に来て数か月の今初めてまともな会話をした。
    「そ、そうなんです…」
    「はは、意外だね」
     警視正の手元からぽとりと灰が落ちた。
    (やっぱり綺麗だ…)
     噂通り、遠くから一度だけ見た通り。骨ばっているのに、流れるように美しい手。男の人らしいのに、透き通った青の瞳。どこかけだるげに見えるのに、仕草が艶っぽい。私が煙草に火をつけるのもそこそこに、警視正はじゃあねと立ち去った。虚空を見つめる彼の姿は私の心の底によどんで残った。


     ある日、あと少しでホシを捕まえられるところで逃した。組織的な振り込め詐欺に、無知な大学生の売り子。海外サーバーを経由して居所の知れぬ主犯。やっと主犯の事務所の場所を突き止めたというのに、すでに逃げられていた。廊下で立ち尽くし己の無力さに打ちひしがれていたときに、警視正は現れた。
    「おや、」
    「あ、その…」
    「…キミならこの先出来るんじゃない?」
     ハッとした。この先、か。毎日のように犯罪が行われて、いま振り込め詐欺の売り子への勧誘がなされているかもしれない。終わりの見えない、果てしない作業にさえ思える。そこに先が、果てがあるとあるはずだと頭でわかっていても、心が追いつけない。
    「ありがとう、ござい、ます…」
    「これ、あげる」
    「あ、あつッ…!コーヒー、ありがとうございます、頑張ります」
    「行ってらっしゃいな、」
     自分の課ではないのに、二課が近くにあるはずでもないのに、階が違うのに、服部さんの心遣いが嬉しくて無理やり缶コーヒーを飲み干した。流し込んだ、舌をやけどするのもいとわなかった。ざらざらした舌を何度も指で確かめた。

     恐らく、その日からだと思う。服部警視正のことを目で追うようになった。彼という生き様が気になった。恋心かは分からなかった。ふらふらと歩いて近くの公園に出ていると思えば、長として冷徹に指揮しているところを見たこともある。そして、喫煙所でもたびたび会った。晴れの日はいやそうに雲を探して、曇りの日は掴めない表情で笑っていた。
     警視庁は男社会だ。なぜその中でわざわざ服部警視正が気になるのか。警察官になってから男がよりつかなくなったから?彼氏が浮気して自分の元から消えたから?自問自答したところで、どれも当てはまらないだろう。そんなもの、心は慣れきってしまってなんのダメージもないのだ。
     ただ、目が離せない。それだけは分かっていた。隙あらば服部警視正の噂を聞き、外出するときはざっと探した。こんな感情がまだ自分に残っていたことに驚いた。いややっぱり、恋心だろうと思う。もう三十にもなった。地に足のついた恋愛をしろと親は言う、友達も言う。でも、私はもっと彼に話を聞いてみたかった。どういった過去を持っていて未来をどうやって見据えているのか。明るい青の瞳で何をみているのか。いつか暗い夜に部屋で服部さんの過去を勝手に考えて泣いた。なにも知らないのに、女に酷い目にあったのだろうかとか凶悪犯と対峙してきたのだろうとか。でないと、あんな虚ろな瞳はしないだろうと感じたから。出来るならば、その重荷を私にも背負わせて欲しいと思った。分けて欲しかった。昔ならば、もっと男に対して冷酷だったはずなのにおかしい。あの人は私を狂わせて変えた。ずっと追っていたいという気持ちを抑えられなくなった、いま私は彼に追いつきたい。身勝手に零れ落ちた涙をタオルケットで拭いた感触を今でも覚えている。

    バレンタインが近くなった。義理ということにしてでも、服部さんに渡すことにした。義理かどうかはもうどうでもよかった、ひたすらに渡したかった。チョコレートを渡すという行為をしたかった。二月十四日の昼下がり、彼は喫煙所には居なかった。階段をのぼっていく、近くなった捜査一課からは笑い声が響いていた。普段は一課には来ないから勝手がわからない、談笑の正体を知りたい。廊下の陰からのぞけば、見知らぬ女と服部警視正が話していた。
    「あ、服部さんにもチョコレートがあるんですよ!」
    「毎年要らないって言ってるのにねえ…」
     (見たことない、女だ…)
    警視庁の所属ではなさそうだ。スーツではないふわふわしたスカートを着ている、しかも明るい色の。ここに入れるのだから別の何らかの公務員なのだろう。通る声で、二人の会話が続く。
    「はい、これですこれ!」
    「は、…ありがとさん」
     小ぶりの鞄から出てきたのは、すぐに売り切れてしまう有名店の詰め合わせだった。服部さんはにこりと笑って、それを受け取った。服部さんが目を細めて、笑う。そんなところは初めて見た。嬉しそうと形容するのは、表現したことにはならないだろう。勿論服部さんは嬉しいのだろうけれど、何だか私にはそれがあまりにも人間的に映った。何を考えているか曖昧でぼんやりにしか私には分からない服部さんが、解るような気がした。その表情を私が引き出せるのかと聞かれたら、出来そうにもなかった。
    「玲、ちょっと待ってて」
    「ん、ん…!?ハイ、待ってます…」
     警視正は一度自身のデスクに戻って何かを取ってくる。私はどうすればいいだろう。鞄に隠したそれを渡すために、一課の方に行かなければならない。でも、渡していいのか。渡せるのか。私は彼の傍に居ることができるのか。彼の人間らしい秘密を共有するに足りる人間になることができるのか。一方の彼女はソワソワと警視正の方を見て、待っている。同性から見ても、かわいいなと思ってしまった。可愛くて、ウブ。私の勘はきっと間違っていない。きっと私より年も下なんだろう。あんな柔らかな色合いは私にはもう着られない。ただの部下ではないのだろう、きっと彼女もちゃんと仕事をこなすのだろう。だから選ばれた。私はすべてをいいなと羨んだ、それと同時に自分の未来を悟った。
    「はい、じゃこれ」
    「わ、抹茶ラテじゃないですか?いいんですか?」
    「いいって言ってんだから、貰っていきんさい」
    「言ってはいませんが、…それでは、有難く」
    「はい、じゃあね。忙しいんでしょ」
    「…あ!厚労省に戻らないと、行きますね。ありがとうございます、服部さん」
     警視庁から離れたところに最近出来た店の少しお高い抹茶ラテを抱えて、玲と呼ばれた彼女はそろそろとエレベーターに乗っていく。私のすぐ近くを通り過ぎる彼女を別のことをしているフリをして一瞥したけれど、彼女と目は合わなかった。
    警視正といえば、窓の奥の厚労省を見つめている。広い背中からは何もわからなかった、ターコイズブルーのシャツは今日もしっかりとアイロンがかかっていた。


    私は音を立てないように踵を返した。服部さんは私にチョコレートを渡す行為すら許さなかった。華麗なまでの敗北と出来の悪い私を歯で噛み締めた。箱をぐしゃりと歪めた、幻想の愛は手のなかで砕け散った。残骸をトイレの前のゴミ箱に放った。
    彼女はきっと服部さんの未来を背負ってくれるのだろうと願うことしかいまの私には出来なかった。
    「…お幸せに」とつぶやいた。ごめんねと小さな言葉が返ってきた気がした。




    ⑤結婚済み耀玲、玲ちゃん出てきません


    「わっ、ありがとね~」

     夏樹の声が一課にこだました。彼の周りに群がる女達は小さな箱を持っている、――そうか、今日は世間で言う”バレンタインデー”だったか。
     わざとらしく溜息を吐くと、夏樹は申し訳なさそうに自分の席に戻っていった。

    「耀さん、おはようございます。」
    「…おはよう、司」
     捜査一課でバレンタインデーに菓子を渡すのは禁止になっていたのに、いつの間にかその風習は消えていた。夏樹はわんさか包みを机のうえに乗せているし、司は仕事中の糖分補給のためだけに食べるとでもいいたげにデスクの中に仕舞っているし、蒼生に至っては女から逃げるためにギリギリまで来ないつもりだろう。
    「まあ、沢山あること」

    「ははっ、耀さんも食べます?」
    「…いんや」
     夏樹は嬉しそうに、それは女から貰ったからではなくて単に食べものを恵んでもらったという喜びで、顔を綻ばせていた。女達に悪い気もするが、まあ本人の口に入るだけでマシかもしれない。

     俺はというと、――
    「いやあ、いいですねぇ。ナンバーワンって感じで」
    「…まーね」
     机のうえには、何にもない。ここに来るまで誰も俺に声をかけなかった。もうチョコレートの一つも要らないということが分かったからだろう。
    「ナンバーワンはいつ貰うんです?」
    「さあ、いつだろうねえ」
    「あっ、でも家に帰れば奥さんが居ますもんね!?いいなあ、俺も結婚してえ~~~」
    「…どうだろうねえ」
     ジタバタする夏樹を司が一瞥したところで、蒼生がようやく来た。懸命に存在を隠しながら席につく有り様が面白くて黙って眺めていると、小走りで可愛らしい女の子がやってくる。

    (やっぱ婦警キラー、ね…)
     その名に相応しいほど、純情そうな子たちが次々と蒼生の前に並ぶ。
    「荒木田、さん…!これ…、受け取ってくれませんか?」
    「……お、おう、ありがとうな」
    「「「キャー!!!受け取ってくれたわ!」」」
     顔を赤くして可愛いとか、受け取る瞬間の手の動きが可愛いとか、そんな声が男だらけの空間を埋め尽くす。

    「ああ、」

     若い女が頬を赤らめて相手を見つめて、物を渡してくれる。そんな時代が俺にも確かにあった、その瞬間がフラッシュバックした。別の部署の上司、しかもそれも十も歳の離れた男にバレンタインを手渡す彼女はどうだっただろうか。俺からの言葉に畏怖して縮こまっていた、そんな気もする。年々渡すお菓子もただの抹茶チョコレートじゃ駄目ですよね、なんて言ってこだわっていた。捜査一課全員に渡すのに同じチョコレートで良いのに何故、答えを分かって口を噤んだ記憶もある。バレンタインの日はいつもより女性らしいスカートとヒールで居たどころか、段々色気が出てきた不思議に目を瞑っていたことをも思い出した。

    「どうかしました?」
    「いや、…なあんにも」
    「?そうですか…」

     俺がぼうっとして声を出したことに心配させてしまった。まだ朝の八時じゃないか。一日は始まったばかりだ。高い声をあげる女達を帰らせて、今日の職務に取り掛かる。これが終われば、今日は定時で帰れるだろう。ほのかに甘い空気をめいっぱい吸った。俺の甘い"ナンバーワン"とやらはどうなるのだろう、一日が終わる頃に思いをはせる。大好きな奥さんのもとに早く帰らねば。部下達の頬の緩んだ視線にも気づかないフリをして、パソコンの電源を入れた。
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