おいしゃさんごっこ「陸、今日はプレイルームも、院内学級もなしだよ」
朝の診察を終えた天は、陸に向かってそう言う。
「えぇ……げほ」
「ほら、咳が出るでしょう? ちょっとだけならボクがそばにいてあげるから」
「! 本当!?」
「本当」
「お? 陸いいもんもってんな!」
「天にぃが貸してくれた! 三月ももしもしする?」
「あはは! やってもらいたいところだけど、残念ながら俺は無理だなぁ。ほら、ナギ。行くぞ」
「Oh……」
「んな嫌そうな顔してもダーメ。ほら、いくぞ」
「あれ? 陸は?」
「けんさ、って、十先生がさっき」
病室に残っているのは、この病室内の最年少二人だった。
「これ、七せさんが、先生にかえしておいて、って」
「りっくん、あんがとっていってた」
「ありがとう、天にぃ、じゃなかったですか?」
「そんなかんじ」
似せる気があるのかないのか、なんとも気の抜けた返しに天は笑ってしまう。
「、ふふ。ありがとう。ねぇ、二人とも、これ使ってみた?」
きょとんと顔を合わせた二人はぶんぶん首を左右に振った。
「てんてんの、こわしたらやだ」
「先生のもの、かってにさわっちゃだめだとおもって」
「使ってみる? おいで、環」
入り口から遠い一織のベッドへ環を呼ぶと、顔を輝かせて一織の方へやってきた。そしてベッドの上にいる一織もまた珍しくと言ってはなんだが、年相応の顔で天を見ていた。
「おいしゃさんごっこしたい!」
「えっ?」
「!」
表情のわかりやすい一織もまた口には出さないものの嬉しそうに天に近寄る。
「どっちがお医者さん?」
「俺やりたい!」
「わ、私もやりたいです……!」
てっきり環だけだと思っていたら、控えめながらも一織までもが主張して、天は驚いた。
「でも、そうしたら患者さんいないけど……」
「てんてん、かんじゃさん!」
「え? ボク?」
にっと笑う環は、楽しそうに一織の顔を見てな? と問いかける。
「天先生、いやですか?」
「ううん、いいよ」
そう笑いかけてやると、二人は嬉しそうに声をあげて喜んだ。
「先生、お熱測って?」
「、どこから出したの?」
「みっきーが、さっき、おいしゃさんごっこならいるだろ、って」
用意周到さにため息をつきたくなった。普段使いのそれを、わざわざ遊びのために、なんて言いたくなったが、自分も同じことをしているのだ、と思うと何も言えなくなった。
「っいった……」
それまでのちくちくとした痛みが、一際強いものとなって天の朧げだった意識を起こさせた。
「なに……?」
「悪い、起こしたか」
ぼんやりとした視界のままにあたりを見渡すと、灰色の髪が見えて反射的に顔を顰めた。
その手の先に点滴が見えて、さらに顔が歪む。管の先を辿れば、当然のように自身の手の先で、ため息が落ちた。
「なんで手の甲なの。痛かったんだけど」
「そりゃ悪かったな。お前の血管見つからなかったんだよ。水分とってたか?」
「……」
すっと視線を逸らすと、重いため息が返された。
「なんで、楽が」
「なんでもクソもねぇよ。チビども怯えてたぞ」
「……っあー……やっちゃった…………」
「無理すんなってどの口で言うんだか」
はぁと重たい息を吐いた楽は、立ち去らずにそのまま椅子に腰掛けた。
「なに?」
「点滴終わるまで時間がかかるから寝てろ。寒いなら毛布追加する」
そっと天の額に手を触れた楽は、顔を顰めて上がったな、とつぶやく。
「あの子たちは……?」
「あの後逢坂が来てくれたから、任せた」
「壮五なら、大丈夫か……」
「すみません」
こんこん、と響くノック音に、楽と二人顔を見合わせる。誰だろうか。
「どうぞ」
「あの、九条先生いますか?」
「ボク?」
「あ、起き上がらないで大丈夫です、その、二人が、九条先生に会いたいって聞かなくて」
環が聞かない、と言うならまだ納得しただろうに、二人というならば一織も珍しくわがままを言ったのだろう。
「、いいよ、入っておいで。楽、手、貸して」
「……無茶したら増やすからな」
耳元でそう告げた楽は、二人が部屋に入る前に天を抱き起こしてくれた。視界は熱のせいで揺らぐものの、これくらいなら起きていられる。
天はそう思ったのだが、楽は無言で天の背中を壁につけた。睨むような視線には気づかないふりをした。
「せんせ、だいじょうぶ?」
「もういたくない?」
目を真っ赤に腫らした一織と環は、壮五に背中を押されるように天の元へやってくる。
「うん、もう痛くないよ。ありがとう、二人とも」
「あのあと二階堂が来て、心臓の音が変だって言うから六弥呼び出して今検査させてる。多分両方あったからじゃねぇか」
「ごっこ遊びが本格的なお医者さんになっちゃったね」
「てんてんと、やまさん、だいじょぶ?」
「……だいじょうぶ、ですか?」