おにいちゃんと一緒 朝、目が覚めると、何かがおかしかった。
具体的に何がおかしいのかわからないまま、もぞもぞと布団から抜け出すと、何故かズボンなど主に下の衣服が脱げていた。
「なぜ?」
ぱっと声を上げてしまうくらいには、びっくりしていた。
今、自分の声が何かおかしくなかっただろうか。
「あ、あっ!?」
一言発したその声が普段よりも随分と高くて、思ったよりも大きな声が出てしまった。
誰かに聞こえたか不安で思わず口を押さえたが、朝の忙しい時間だったせいか誰かがその声を聞き止めることもなかったらしい。しばらく待ってみても、誰かが部屋を訪ねてくる様子はなかった。
ひとまず下に降りようとロフトベッドに掛かった梯子から床を見下ろして、息が詰まった。
「た、かい」
本能的にか足がすくむ。
でも、こんなことで忙しい朝の時間を消費させたくない。そもそも、こんなおかしなことになっているのを、他の誰かに見せたいとも思えない。なにより、昨日は登れた梯子を降りれないなど、一織のプライドが許さなかった。
ゆっくり、随分とゆっくり梯子を降りる。足を踏み外せば、強かに背中を打ち付けてしまうだろう。一段一段慎重に降りていく。
「あと、いちだん」
いつもの3倍以上の時間をかけており始めた階段も、残り一段だった。
そう、気を抜いたのが良くなかったのだろうか。
しっかりと掴んでいたはずの手が、汗のせいかつるりと滑る。
「ッあ」
残り一段であったから、落ちてもひどい怪我にはならない。そうは言っても、落ちる、とはそれ相応の痛みや衝撃を伴う。
ドン
と鈍い音を響かせて、一織は強かに尻を打つ羽目になった。普段であれば羞恥に頬を染める程度で済んだだろうそれも、姿形が幼くなってしまったために精神も引っ張られたらしい。
じわりじわりと染み出す涙は、少しずつ大きくなっていく。
痛い
恥ずかしい
なぜ
処理しきれなくなった感情が溢れて、涙となって外へ出てくる。
「ふ、ぅ、ぅあ、ふぇえ」
静かにしなければ、と思うのに、開かれた口から出てくるそれはあまりに大きい。大した痛みではないのに、涙が止まらない。
あぁ、もう。
なんて日なのだ。
☆
いつも通り布団で微睡んでいると、何故か小さな子どもの泣き声のようなものが聞こえてきて、目が覚めた。
「ん〜?」
いつまで経っても泣き止まず、そしてそれに陸は気がついてしまった。
「一織の部屋?」
大きな目をぱちくりとさせた陸は、ゆっくりと体を起こす。まだひんやりとする朝に何もかけずに部屋を出ると、一織がきっとうるさい。少し厚めのカーディガンを羽織ると、一織の部屋のドアをノックする。
「一織ー? 何かあった?」
部屋を出る前に眺めた時計は、すでに一織が起きている時間で、陸は首を傾げつつ一織の部屋へ声をかける。
そもそも、声が子どもだったことや声を上げながら一織が泣くなんて異常事態に、陸は気がついていなかった。
「一織〜? 入るぞー?」
返事がないため、悪いと思いながらも扉を開ける。わんわん泣き声の響く部屋へ足を踏み入れると、一織のロフトベッドの梯子の下に小さな子どもが尻餅をついて泣いていた。
「えっ? こども!?」
「おーい、朝から何騒いでんのーって、リク?」
「や、大和さん!!」
現れたリーダーの姿に、慌てて駆け寄る。
「え、なに? どうした?」
「こ、こどもが!」
「こども?」
目を瞬かせる大和はひょこりと陸の後ろへ目をやり、すぐに陸と顔を合わせる。
「なぁ、リク。お兄さんの見間違いか? ちっちぇイチみたいな子どもが泣いてるんだけど」
「おーい、大和さん? 陸ー? いつまで上にいるんだーって、一織の部屋で何やってんだ?」
「ミツ!!」
「みつきぃ!!」
偶然ではあろうが、現れた三月に言葉通り二人は縋り付く。
「うお!? なんだ!? って、え? 一織?」
「にいしゃ、ぁああぁ」
「よしよし、どうしたー? いや本当に」
混乱しているらしい三月だが、言葉や態度とは裏腹に慣れたように泣き喚く一織をあやしていく。
「えー? 何事? なんで一織が子どもになってんの……?」
「わかんねぇ……」
「俺が来た時はもうそこで泣いてた……」
入り口で立ち尽くす陸と大和に視線をやる三月は、まだすこしぐずる一織の背を慣れたように摩る。
「ぐす、にいさん……」
「おー? 泣き止んだか?」
「ぅぅ……」
「まだだめか。って、朝飯! 一織、はちょっと一旦置いておいて、おっさんと陸、そろそろ時間やばいだろ」
「うわ」
「えっ!?」
慌てて階下に駆けていく二人を見送りながら、三月は抱き上げた一織をあやしていた。
「にしても、何があったんだろうな」
ようやく鼻を啜る程度になった一織の涙に濡れた顔を拭うと、三月は小さな一織を見つめる。
「……だめだ」
「? にいさん?」
「っかわいい!!」
「っえ?」
「ほっぺもちもちだし、手ぇちっちぇ……! かわいいなぁ、一織!」
「ちょ、っと、にいさん!? わたし、せいしんねんれいはそのままなんですけど!」
うりうりと一織の頬に顔を寄せる三月は、デレデレと笑っている。
幼くなった体のせいか、一織の滑舌は少し甘い。
「一織ー、お兄ちゃんって呼んでくれよ」
「!? いやです!」
かっと顔を赤くした一織は逃げようともがくが、小さな体では三月には叶いっこない。
「んー……つってもどうすっか。今日みんな仕事なんだよなー……」
「ですから、わたし、なかみはそのままなんです!」
「はいはい。収録、いつものメンバーだしなんとかなるか? ひとまずマネージャーに相談しないとな。あ、その前に一織も朝ごはんだな」
よいしょ、と一織を抱え直す三月は、こんな事態だと言うのに楽しそうだ。
「にいさん?」
「んー?」
漫画であれば花でも飛んでいそうな三月に、一織は紡ぐ言葉を見失った。