モブ銀からの土銀日が傾き始め、赤く染る空を反射させた大きな窓ガラスのある洋館を、銀時は目を細めて少し離れた場所で眺めていた。
目の前には雨ざらしにより錆び付いた肩の高さ程ある白い門が訪問者を歓迎するかのように開かれており、誘われるように銀時は敷地内へ足を踏み入れる。
門をくぐると玄関まではレンガ調の道が続き、それを一歩でも踏み外そうものなら連日降り続いた雨によってぬかるんだ土で靴が汚れてしまう。
道に沿って慎重に歩くと、両開きの玄関扉まで辿り着き、改めて近くで建物を見上げてみる。
築約20年はあるだろう物件は二階建てで、外国の家をモチーフに建てられた今どき珍しい洋風な外観。
建てたばかりの時は綺麗だったろう薄黄色の外壁には雨だれが滲み、緑色のオシャレな瓦屋根は老朽化により一部が剥がれ落ち、地面に転がっている。
一通り見渡すと、銀時はおもむろに左の着物の袖から古びた鍵を取り出し、目の前の鍵穴へ差し込んだ。
何故銀時がこの洋館の鍵を持っているのか、それは今日の昼にきた一通の手紙にあった。
正午過ぎ、銀時は万事屋の居間にあるソファーで寝転がり瞼を閉じかけていると来客を告げるチャイムが鳴り響く。
いつもの癖で「新八ー」っと呼ぶも返事は返ってこない。
今日はお妙と神楽、新八の3人で海の家宿泊券3枚が手に入ったからと、銀時ひとりに店番を押し付け、先程出かけたのだったと思い出す。
暑さに干からびかけた体を動かすのも怠く、このまま居留守をしてしまおうかと一瞬考えたが再びチャイムを鳴らさられたため、渋々重い腰を上げる。
のそのそと玄関まで歩き、扉を開けると飛脚便が汗だくになりながら銀時が出てくるのを待っていた。
爽やかな笑顔を浮かべる少年が差し出してきた厚みがある一通の手紙を受け取るとサインをし、扉を閉める。
居間に戻ると社長椅子に座り手紙の封を切り、中身を取り出した。
同封されていたのは金色の長細いアンティーク風な鍵と二つに折られた手紙に地図が一枚。
そして帯のついた札束が一束。
不思議に思いながらも手紙に目を通してみると内容は依頼だった。
依頼主は不明だが、別荘として昔購入した家がお化け屋敷など、根も葉もない噂が流れているというのだ。
初めは気にしなかったらしいが、最近になり誰かが出入りしていると近所の人から連絡があり、遠方に住む自分に代わって今日様子を見てきて欲しいという事だった。
何故か地図に日付指定まで御丁寧に書かれてあるのを疑問に思いつつも、同封されていた札束を受け取ってしまったため従わざるをえない。
なに、ただ屋敷に人の気配がないかを見に行くだけの簡単な仕事だ。
断るまでもない。
神楽達が帰ってきたら、この金で美味い飯を食べに行こう。
そう気合いを入れ、指定された時間にここへやってきたのだった。
銀時は深呼吸すると、鍵の開いた重みのある玄関扉を開ける。
足を一歩踏み入れると、長年使われていないのか、カビ臭い臭いが辺りに充満し、外の空気により舞い上がった埃が鼻を刺激した。
着物の袖で鼻と口を覆いながら埃まみれで白くなっている廊下を躊躇なく土足で上がる。
ギシギシと軋む床を数歩歩くと2階へ続く階段があり、下から階段の先を見上げてみると、一瞬何かの影が動いた気がした。
訝しげに眉をひそめると、左腰にぶら下げていた木刀をスっと抜き握りしめ、階段へと足をかける。
慎重に一段一段噛み締めるように上り、二階に辿り着く。
息を殺しながら辺りを見回すと三つあるドアの内、階段から続く廊下の一番手前にある部屋のドアが作為的に開け放たれていた。
右手で握っていた木刀を再び強く握り直すと、意を決して部屋の前まで歩を進め、入口から中の様子を覗き見る。
驚いたことに、この部屋だけカビ臭さや埃っぽさは一切なく、床や家具にも掃除が行き届いており、生活感が滲み出ていた。
銀時は人の気配はないことを確認すると中へ入り、どんな奴が出入りしているのか分かるものはないかと棚の引き出しを物色する。
ざっと見て二十畳ほどある部屋には、壁に沿って置かれた引き出し付きの棚、中央には木でできた腰の高さくらいの小さなテーブル。
そして何より異彩を放っている古風で大きな時計が振り子を振って正確な時間を刻んでいた。
こんな古い時計が一秒の狂いもなく動いているのは誰かが手入れしないと無いことだ。
人が出入りしているのはまず間違いない。
引き出しをひっくり返すような勢いで夢中になって漁る。
すると不意にバタリとドアの閉まる音がし、振り向くと先程入ってきたこの部屋と廊下を繋ぐドアが閉じられていた。
風なんかで閉まる軽いものではないドアが独りでに閉まったとは考えにくい。
今、この屋敷内に自分以外の誰かが確実にいる。
息を飲むと木刀を構え、閉まったドアへ向かう。
ミシミシと軋む床が緊張感を煽り、木刀を握る手に汗が滲み出し思わずフーっと息を吐く。
ドアノブへ手を伸ばそうとした次の瞬間、カチャっと施錠したかのような音が響いた。
「」
勢いよくドアノブを回すもビクともしない。
やられた。
やはり開け放たれたドアは銀時をこの部屋へ誘い込む罠だったのだ。
何度ドアノブを回し、ドアへ体当たりしてもビクともしない。
このまま同じことを繰り返していても仕方がないと思った銀時は、一つだけある大きな窓へ駆け寄る。
ここが開けばパイプか何かを伝って外へ出られるはずだと思い、窓を開けようとするも釘が打たれ開かないように細工されていた。
「チッ」
思わず舌打ちをし、なにか他に突破口はないかを考えていると、突然お香のような匂いが鼻腔をくすぐる。
ついさっきまでなかった匂いだ。
どこからするのだろうと視線だけを彷徨わせると、部屋中央のテーブルの上にあるお香立てからだった。
急にどうしてお香が炊かれたのかと、テーブルへ近づくとカクッと膝から力が抜け、心臓の鼓動が暴れ出す。
「はっ・・・うぅ・・・」
左胸を手で押さえ、浅くなる呼吸を整えようと深呼吸するも、打ち上げられた魚のように口を開閉し、無意識に酸素を求める。
まるで火だるまになったかのように全身が熱く発熱し、毛穴という毛穴から汗が吹き出してきた。
あのお香が原因か?
と、余裕のない頭で思考を巡らせるもそれをどうすることもできず、ただ床に這い蹲る。
額からは脂汗が滲み出て、鼻先を流れ、床に轢かれた高級そうな絨毯にポタリポタリとシミをつくり始めた。
ふーっと熱を逃がすように熱い息を吐き出し、身じろぐと下半身が窮屈さを訴えてきていることに気がつく。
視線を向けるとそこには、何故か主張してテントを張った姿があり、目を疑った。
「はっ、な、なんで」
「それはなぁ、媚薬の香だからだよ。万事屋さん」