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    detjes_8238

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    detjes_8238

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    八杉 (JE後、まだ付き合ってない)

    八杉21 こんなに緊張したことが、ここ最近であったかわからない。
     無意識に握ってた拳を緩めて、深々と息を吐き出す。
     ピンクや赤の、可愛らしい装飾の施された建物は、今の僕にはヤクザの根城よりも難攻不落に思えた。
     神室町から少し離れた通りに構えるこの店は、先月末に新規オープンしたばかりだ。
     八神さんに頼まれた案件で、店近くに住むターゲットの内定調査をした時に見つけたんだけど、今はその頃よりもかなり賑わってる。
     この店はケーキショップなんだけど、フランスで修行したショコラティエがいることでSNSで拡散されて話題になってた。
     タイムリーにも明日はバレンタインデーで、チョコレートはもちろん、ケーキにも限定品がいくつかあるからか、入店待ちの列が出来てる。
     列を成すのは八割が女性で、男性はぽつぽつとカップルの片割れがいるくらい。
     そんな場違い極まりない場所に、僕は列に並ぶでもなく、かれこれ一時間は立ち尽くしてた。
     ある人にチョコレートをあげるかどうかを、悩んで。
     昔はともあれ、今は友人同士で贈りあったり、チョコレートが好きな男性は一人でも買いに行く時代になった。
     性別にこだわらなくても、たとえば何かのお礼代わりに、って理由づけが出来ないわけじゃない。
     あげようか悩んでる相手は一応上司にあたるわけだし、一言「いつもありがとう」って気軽に渡せばいいのかもしれない。
     特に深く詮索するタイプじゃないから、冷やかしたり揶揄したりはしないだろうし、ありがとなって受け取ってくれそうではある。
     ただ、自分の中でお礼として済まそうとするには無理があるのも事実だった。
     相手にとっては僕はただの知り合いとか後輩かもしれないけど、僕がその人を、特別な意味で好きだから。
    「……やっぱりやめよう」
     さっきから並ぼうともしない僕は、女性客たちから物珍しそうに見られてる。
     踏ん切りがつかないならやめてしまえ、って思って背を向けようとして、
    「杉浦?」
     ぽん、て肩を叩かれた。
     不意打ちだったこともあるし、目の前に現れたその人が悩みのタネだったこともあって、僕の心臓は跳ねあがる。
    「や、がみさん」
    「なんでこんなとこにいんの」
    「それは……こっちが聞きたいんだけど」
     自分のことを棚に上げて、こんな女性とカップルで溢れる場所にどうして、って自然と眉が寄った。
     誰かと待ち合わせしてるのかも、って思うともやつく。そんな資格なんてないのに。
     けど、八神さんはポケットからかさかさと何かを出したかと思ったら、折り畳まれたメモ用紙を僕に向けた。
     びっしりと書かれた文字が細かすぎて、うわって声が出る。
    「さおりさんにここの店でこれを買えって頼まれてる」
    「城崎先生に?こんなに?それが今日の依頼?」
    「そういうこと。依頼ってよりお遣いだよ。で、杉浦は?ここに用事?」
    「や、あの、えっと……あー、あれ。そう、美味しそうだな、って。僕甘いもの嫌いじゃないから」
    「ふーん……?」
     うまく誤魔化せなかったかもしれない。八神さんが真意を探るように見てる気がして、落ち着かなかった。
    「じゃあ杉浦は、いま暇?」
    「えっ……そう、かな?」
    「いいこと聞いた。じゃあ道連れってことで」
    「え、は⁉︎」
     ぐいぐいと引っ張られて連れてこられたのは、列の最後尾。しれっと並んで「限定の、まだあると思う?」なんて真剣に訊いてくる。
     眉を寄せてメモと睨めっこしてる八神さんのジャケットを引っ張ると、ん?て耳を寄せてきた。
     ただでさえ詰めて並んでるのに、距離がもっと近付く。
    「なんで僕を道連れにするわけ?」
    「メモ見てりゃ、ああなんか頼まれてんだな、って思うかもしれないけどさ。考えてもみろよ。三十半ばの男が一人でこの中に入る図を」
     絶対白い目で見られるだろ、って肩を竦めた八神さんは、「だから逃がさないから」って僕を後ろからしっかり捕まえる。
    「ほら。報酬として好きなもの買ってやるから」
    「ちょっ、子供じゃないんだからね?」
     お駄賃あげる、って言われてるみたいで不服だけど、逃げる機会を逃した僕は、仕方なくされるがままになってあげた。

     中に入ると、やっぱり八神さんは人目を引いた。
     悪い意味でなく、いい意味で。
     それはそうだ。贔屓目に見なくても、背もあってスタイルが良くて、当然だけど顔立ちは申し分ない。
     そんな人がカップル以外は女性だらけの店に入って、目立たないはずがなかった。
     口をひらけば落ち着いたトーンの甘さを含んだ声が出てくるから、八神さんが僕に話しかけるたびに周りの女性客が視線を寄越してくる。
     中にはお目当てのチョコレートよりも、八神さんに目を奪われてる人だっているくらい。
     顎に手を当てながら商品を品定めする姿は、恋人へのプレゼントを選んでるようにしか見えなかった。
     まさかスイーツ好きな元同僚女性からの、依頼という名のお遣いで来てるだなんて、きっとだれもわからない。
     八神さんは自分の外見に対する評価に殆ど興味がないし、視線も殺気と敵意以外にはほぼ鈍感で。
     数多のうっとりした眼差しにリアクションを返すことなく、「杉浦こっち」って人の流れに紛れがちな僕の腰を抱き寄せた。
     息が止まるかと思ったし、めちゃくちゃ目立っててフードを被りたくなる。
     一緒にいる自分が場違いな上に、なんだあいつって見られてるみたいに感じて居心地が悪い。
     ジェットコースターに乗せられてるような僕の情緒の乱れなんかお構いなしに、八神さんは箱を二つ見せてくる。
    「どっちがいい?」
    「なんで僕が選ぶことになってんの?」
    「さおりさんからのメモにフレーバーの指定がない」
     本人に訊けばいいのにって思ってたら、「今接見の時間だからさぁ」考えを読んだみたいに肩を竦めた。
     ところどころ何故か僕の好みで選びながら、顔を寄せてショーケースを覗いたり、お酒に合うのはどんなチョコかを話したり。
     そんなやりとりをしてると、まるで恋人同士にでもなったみたいだな、って錯覚した。
     ご飯や遊びに行く時と変わらないはずなのに、いつもとは違うと思えるのはこの独特なイベントの空気感のせいだってことくらいはわかる。
     ぼんやりと前を歩く背中を見つめてると、振り返ってくれないかな、ってタイミングで本当に八神さんが僕を見た。
     八神さん、本当にそういうところだよ。
     欲しい時に欲しいものをくれすぎるから、僕はいつも勘違いしそうになる。
    「杉浦、どれにする?」
     手招きされて追いつくと、背中をやんわり押されてショーケースの前に連れて来られた。中には十数種類のケーキが並んでる。
     本当に何か買ってくれるつもりだったんだ。
     どれも美味しそうだなあって目移りしてると、八神さんのにやにやした顔がショーケースに映った。
    「……なんでにやついてんの」
    「いや、何も?」
     うっかり子供っぽさを丸出しにした自覚があったし、僕らのやりとりを見てるスタッフににこにこされるのが恥ずかしくて、八神さんの足をこっそり踏む。
    「お前ね……」
    「どれにしようかな〜」
     そういうかわいくないのは良くない、って抗議してくる八神さんを無視してケーキを見比べる。
     圧倒的に、バレンタイン仕様の限定品二種類が気になるけど、一つがあまりにも高い。
     唸りながら悩んで、味も価格も無難なものを注文したら、「バレンタインのも一つずつ」って八神さんが付け足した。
     トレイに並べられたケーキたちを確認して、支払いを済ませた八神さんと目が合う。
    「……なんで」
    「んー?バレンタインだし?」
    「……答えになってないよ」
    「そう?ああそうだ。チョコレートに合ういい豆が手に入ったんだよ。飲んでくだろ?」
     どこか楽しそうに答えた八神さんは、綺麗に包まれた箱を受け取って先に外に向かう。
     またそうやって甘やかすの、って僕は唇を噛んだ。
     嬉しいのと、他にもたくさん、八神さんへの気持ちが溢れそうになったから。
     僕は八神さんがいる出入口に背を向けて、店内の奥に向かう。
     迷ってた数十分前の自分と決別するために、綺麗にラッピングされた箱の一つを手に取った。
     

     店から少し離れてはいるけど、すぐに見つけられる場所に八神さんはいた。二人で出かける時、八神さんはいつもこうして僕を待っててくれる。
     早くしろって急かさないし、秘密にしたいことには見て見ぬふりもしてくれた。
     僕に向けられる背中は、いつだって優しい。
     煙草を吸って待つ背中に、僕は額を押し付けた。
     後ろから抱きしめるみたいにして、八神さんのジャケットを握る。
    「っ、杉浦?」
     驚いて振り返ろうとする八神さんに「振り向かないで」って懇願すると、僕の言う通りにしてくれた。
     風にさらされて冷たいはずのジャケットが、八神さんの体温を通してるみたいにあたたかく感じる。
     いつも煙たがるけど煙草を吸う姿をかっこいいと思うし、ジャケットに残る香りも本当は嫌いじゃない。
     こうして僕が話し始めるまで根気よく待ってくれるところも、それはやりすぎじゃないのってくらい甘やかしてくれるところも。
     僕は──。

    「好きだよ、八神さん」

     僕と八神さんの周りだけ、時間が止まった気がした。
     口にした言葉は、信号が変わって動き出した車や、人の声に消されてきっと聴こえてない。
     最初で最後の告白になる、きっと。
     それでも。
     ずっと喉奥で音と形になるのを待っていた想いを殺さずに済んだだけで、僕は十分だから。
    「……杉浦」
     八神さんのてのひらが、落ち着かせるみたいにかたく握った僕の手を撫でた。
     何かあったのかって、きっと心配してる。
     はやくなんでもないよって笑わないと。
     気取られないように。鼻をすすっちゃわないようにして、八神さんからそっと離れた。
    「どうしたの、お前」
     頭をくしゃりとかき混ぜる手の優しさに胸がぎゅうっと掴まれそうになる。
     その手のぬくもりに後ろ髪を引かれながら、僕は八神さんの目の前に、ある物を掲げた。
     チェーンから外した、年季の入ったレザーの財布。
     それを目で追った八神さんは、
    「…………は?」
     何が起きたかわからないって顔でそれを見た。
     あの時と同じ、驚いた表情。
    「八神さん、隙だらけ」
    「は、あれ⁉︎」
     ぶつかってその隙に盗むなんて、褒められた特技じゃないけど。
     これがなければ近付けなかったんだなって思えば、あの頃に身につけたものも、捨てたもんじゃない。
     慌ててボトムの後ろポケットを探る八神さんが、財布の代わりに入れた物の正体に気付く前に。
    「先に事務所に行ってるからね!」
     僕は手を振って、待てよって止める八神さんの声を背に、人混みの中を走り出した。

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