蓬莱伝説「……ん~。今はあんまりそういう人って少ないのかなー。それとも、もっと目に見えないような感じになってたり」
いまから約50年前、ソメウェーレ東部の街、ベルナモクのとある小学校の前で、作業車よろしく停まるバンの中で物色するラプターは、のんびりとそんなことを呟いた。このところ、誘拐しようにもやり辛くなったのは喜ばしいことではある。それだけ危機感を持って子供を守るのは、彼としても善と判断している。無論、そのせいでこうして休憩のテイを取っていても何度か不審者として言われたことがあるのだが。
「うーん。今日は出直そうかな~。まあ、いっつもケガしてる子がいたら先生方も放っては置かないか。……ん」
ふと目に留まったのは、金髪で帽子を被った子供。みんなと一緒に帰る子供たちがほとんどな中、敢えて人目を避けている感じさえする。ここからじゃ遠くて、その子が女の子だか男の子だかも分かったもんじゃない。ただの根暗な子かもしれない。何にせよ、退屈していたラプターが数年ぶりに狙いを付けた獲物であった。然るに躍起になるのも道理と言える。
だが今の御時世、他人には常に警戒するのが常識となる中で、如何にして大人の警戒を解き、場合によっては子供当人の警戒を解くのかが難関であろう。ラプターはそれもまた一興、やりがいのある趣味として、ニヤリと愉悦を浮かべるのである。
そうして、たちどころに車内はこの誘拐犯の狂気と執念とで満ちていく。子供の情報を丁寧に洗い、慎重に周囲の警戒を掻い潜り、満を持したときにそのスライド式ドアを入り口に、この誘拐犯の餌食とするのだ。
それ故、昔からこの誘拐犯に捕まるとどんな恐ろしい目に遭うか、生きては帰れるがどんな化け物となって彷徨わねばなるまいか、とまことしやかに噂されてきた。そんな話が耳に入っているラプター本人であるが故に、そういった怖さというものはだいぶ受け容れられなくなってきていると感じていた。
というのも一度、その矜持の限り、噂の通りに暴れたところ、でかでかと新聞の一面に載ってしまった。どころか連日テレビのワイドショーで議論されてしまったので、自宅のテレビ前にて悶えたという過去がある。以前のようには化け物も存在出来ないということを思い知らされた出来事であった。
「さてと。ちょっと怪しいかもだけど、ここは一つ、先生にでも聞いてみようかな。」
「すいませーん、ちょっとお聴きしたいことが…」
明るく声を掛けたのにも関わらず、相手は無愛想極まりない声色で返してきた。
「……はい」
「あっ、あのー。この辺で孤児院とかそんな施設ってありますか仕事でちょっと調べてたんですが、どこだかさっぱりで……」
もちろん、このベルナモクに住んで400年と少しの大賢者ではあるが、初対面にはそんなもの効果はない。
「お兄さん、なんの仕事してらっしゃるんです」
「ああ、大工さんに頼まれてちょっとちっちゃめの木材を届けに。新人なもので…」
そう言うとさっきとは打って変わって、それならと気さくに道を教えてくれた。
「いやあ、近頃は残忍な事件が多いですからね、私どもも警戒しておかないとね。」
「そうですよね~。あんな事件、放っておけませんよ。僕が見つけたら、ボッコボコにしてやりたいくらい。」
大げさに拳を構えるジェスチャーを交えながら話すと、それは頼もしい、ぜひともお願いしますなんて間の抜けた答えが返ってくるもんだから、本題の情報を聞くことにした。
「……ところで、先程金髪で帽子を被った子がひとりで歩いていくのをお見かけしたんですが……」
「何それはいけませんなあ。危ないから誰かと一緒に帰れと言っているんですが…いやね、どうもあの子は他の子と関わらないみたいで。そういえば、孤児院と言っていましたな。」
「ええ。」
「どこから来たのかも曖昧らしいんですが、その孤児院から通ってるようでして。見かけたらぜひ声を掛けてやってください。」
「あらそうだったんですか。分かりました。わざわざありがとうございますそれでは」
内心親も居ないから取る気じゃないだろうななどと言われるのかと思ったが、信用とは素晴らしいものと感じたラプターであった。
さて、アリバイ作りと御本人の尊顔を見ようと孤児院にやって来たラプターは、その鄙びた孤児院をじっくりと眺めては、ここにいる子供達のことを夢想する。大抵は、ちゃんとご飯食べられるかなとか、仲間外れにされている子は居ないかとか。とにかく、世の誘拐犯のイメージからはだいぶ程遠い、他愛もない事を考えていた。そんな折、ふとバンの窓をノックする音が聞こえてきた。何者だと警戒するのも一瞬、つくづく自分の豪運を感ずるところとなった。
「ねえ、何してんの、おじさん。」
紛れもない、獲物その子であった。
「聞いてるもしかして不審者」
「えい、いやそんなことないよたまたまドライブに疲れちゃって。ちょっと休んでただけさ。」
「……嘘だね。私の後着けてたんでしょ。」
やはり子供はよく見ているなあと苦笑するラプターではあるが、こんなところで負けるような彼ではない。
「君はここで暮らしてるの」
「見れば分かるじゃん。こんな見た目の大人、どこにも居ないでしょ。」
「まあ珍しいとは思うね。学校ではひとりで居るみたいだけど、他の子とは帰らないの」
「あんなの、仲間じゃない。私がみんなと違う見た目だから、目立つんだってさ。」
少しづつ露わになるその闇を、内心で舌なめずりするように確認していく。そんな愉悦も束の間、ふと腰あたりに銀色に光る何かがあったのが見えた。
「そうだったんだ。……ところで、その腰のやつは」
「こ、これは危なくないもん」
さっきまで得意になってた態度から一変、まるで幼子が駄々をこねるようにぎゅっとそれを握って渡すまいとしてくる。ここだと思ったラプターは、落ち着き払って優しく言ってやるのだ。
「……大丈夫。僕は取り上げたりなんてしないよ。」
「ホントに……でも、ここじゃバレちゃう。おじさんの車に乗っていいそこなら見つかんないし。」
非常に願ったり叶ったりである。このまま連れ去っても良かったが、それはそれで面白みが無くなりそうだと感じた誘拐犯は、とりあえず目の前の獲物の宝物というやつを拝見することにした。
「どうぞどうぞ。僕の車で良ければ乗ってくださいな。」
「じゃあ、……コレね、レボルバー銃。ずっと持ってるんだ。」
「へえ~。本物」
「うん。まあ、今は弾持ってないから此処に下げてるだけだけど。」
「…今は」
「ここに来る前に持ってたけど、もう使わないから置いてきちゃった。ここって戦争ないでしょ」
「……んってことは、もしかして森を抜けてきたのかな」
「えなんでわかるの……っていうか、何で」
「へ何でって言われても。」
「大人はみんな怖がるのに、何でそんなに優しくしてくれるの」
「優しいも何も、まだ話聞いてるだけなんだけど……」
「だって、みんなここまで言うとチャイルドソルジャーなんだなって離れていくんだもん。もう違うのに。」
「まあ似た者同士って所かな。そうだ、今度の土日休み、一緒にご飯食べに行かないシスターさんにお願いできれば。」
「良いのウチは人がいないと料理の取り分が増えるから大丈夫だと思うよ。」
「そっかそっか。んじゃあ金曜日に校門の前に車止めとくから、聞かせてくれる」
ああ良かった、うまく持ち込めそうだと思った矢先、意外にも本心が子供の固く絡まった理性を突き出して来た。
「……どっちもは、だめなの。」
「……まあ、別に構わないけど。」
「え……」
「それなら、金曜日の放課後からでもいいよ。お泊りでも良いし。」
「何でそんなに優しいの。」
「まだ何にもやってないんだけどな。」