ラプカル(続き)「何でそんなに優しいの。」
「まだ何にもやってないんだけどな。」
何時の世も子供のそんな表情がたまらないと思うこの誘拐犯は、子供の頭を撫でると車から降りるように言った。
「あ、そうだ。お名前は」
「……カルラ。」
齢400年の怪物は、名字のないところを見るや、絶対に自分のものにして見せるという決意を持った。そうして、にっこり笑顔をカルラへ向けて、
「それじゃカルラ、また金曜日ね。」
というと、子供は見たことない笑顔で、うん、と頷いた。
「まあそんなことだろうと思ったけどなあ~。」
この国、受け容れることには寛容なため、詳細な身元を調べ上げるのには何処よりも時間がかかる。例に漏れずカルラのことが判るのは学校のコンクール名簿や本人の話くらいしかないのだ。
「まあでも、そっか。女の子だったか。それが分かっただけでも今日は収穫かなあ。」
学校の名簿的なものによく載るのは、作文コンクールのもの。とりわけ世界平和を題にしたものではほとんど賞を掻っ攫っている。昨日の話を聞けば至極当然であろう。
何しろ見てきたことを元にそれとなく戦争は良くないと書けばいいのだから。たまたま載っていた当人の文章も、年相応の優しい文章ながら情景がありありと浮かぶようなものだった。確かに、同じ年頃の子供にこれを書ける訳が無いと先生方が引き気味になる気持ちも分かるが、不思議と親が書いたような感じがしないのは、本当に自分の感じたところを書き綴っているからかとラプターは感心した。
「そういえば帽子被ってたなあ。あれもお気に入りだったりするかな。可愛いリボンとかなら付けてくれるかも」
来たる日にどんなことをしようか、何をあげようかと楽しむのもまた、この誘拐犯の誘拐の動機である。
あれからの情報をまとめると、
名前 カルラ
性別 生物学は女の子
孤児院育ち。
ソメウェーレに来る前は外の世界で少年兵として戦っていた。
作文が得意。
という次第である。孤児院の状態も、あまり良いものとは言えないようだ。
「子供たちが荒んじゃうのもしょうがないよなあ。だって、あの孤児院は孤児院じゃなくてただの悪い組織の金工場だもの。まあ、他の子には悪いけど、僕のお気に入りだからねえ。」
「なーにを物騒なコト言ってやがんだ」
リビングで唸っていると、同居人であるツィルが向かい側に座ってテーブルの上の書類を流し見ている。彼はさして気にも留めずに、
「あら。最近刺激がないからさあこっちから仕掛けようかと思って。」
と久々に嬉しそうな笑みを向けるのだが、
「……お前、とうとうこんなチビっ子で……」
とわざとらしく引かれてしまった。もちろんツィルとしてはおどけているわけだが、なんとなくここであしらっては行けないと感じたラプターが慌てて付け加える。
「違うってばいやまあ持ってこようかなとは思ってるけど」
「あ。この孤児院知ってるぞ。オレが依頼蹴ったところがやってるっていう……」
「ええ。じゃあ潰さないとだめなのかなあ。」
「ソイツに手ぇ出したらでいい気もする。」
「んじゃツイの言う通りにする。」
こんな調子でふざけているのに、警察や敵討ちに来られたことが殆どない。勇敢な人間はたまに来るが、尽く成敗して二人分の食料としてきた。数多くの都市伝説が跋扈するソメウェーレで、生きた都市伝説がこのラプターとツィルなのである。
そうして問題の金曜日がやってきた。午後になると車が停められなくなるので、午前中の人気のないうちにバンを停めると、最後の調整とでもいうかのように今日のプランはと夢想に耽る。この誘拐犯、どうしてもロマンチストなのだ。常に相手がどう喜ぶかを考えて生きているが、毎回細かすぎて大人には不人気らしく、今の今までまともに付き合えたのは最近知り合ったツィルしかいない。時代の錯誤なのか、それとも貴族のように細々と面倒を見てもらう人間がいないからなのか。そんな現代の不気味な人物を、召し使えるくらいの力量であるツィルには非常に助かる相棒となっていた。
午後3時ごろ。一番下の学年らしい子供たちが一斉に校門から捌けていく。さっきまで閑静だった学校前は、黄色い花がそよぎながら広がっていくようで、なんとも生命力があふれかえるような気さえ感じ取れる。そのうち、学年がだんだんと上がるにつれて背丈が大きくなるのを見ているラプターは、何とも言えない感情に笑みがこぼれるのだった。一斉に生徒が散り散りになってしばらくしてから、またひとりぽつんと帰ろうとする子供――カルラを見つけると、彼女の帽子がちらと上がり、それから少し早歩きでこちらのバンに向かってくる。
「待ってたよ、カルラ。」
「私もね!誰かと一緒に食べるなんて、初めてなんだから。」
「学校とかではなかったの?」
「もう、学校の話なんてしないでよ。孤児院暮らしで、どうやってお店で食べるわけ?」
「それもそうだね。どこがいいかなあ。」
「決まってるんじゃなかったの?」
「ある程度はね。でも、せっかくの君のハレの日なんだ、何か食べたいものはある?」
「わかんない。」
いままでファミレスやカフェといった飲食店すら馴染みのないわけであるので、今食べたいものと言われてもパッと思いつかないのは至極当然である。ましてや、民間だか国家だかわからないとはいえど、個を捨て集団のためになるようにと生きてきた経験しかないのにいきなり選択の余地を出したところで、どうすれば最善かなど考えられる訳もなく。
だが、そんなところで呆気にとられる誘拐犯ではない。稀代の怪物であり生きる都市伝説ともあろうものなら、他人の心など意のままに、そしておのずから進んでやろうとするくらいに人間を成長させることなど、得意も得意、それが誘拐の神髄である。
「じゃあ、いつも何食べてるの?」
「よく分かんないスープとなんか入ったパン。おいしいのだと、シチューみたいなの。」
「お肉は食べたことある?」
「ここに来る前は倒した人間のなら。」
なるほど、相応に業が深いと悟ったラプターは、同時にソメウェーレで生きていくにはちょうどいいとも思った。第一に、戦闘経験があること。必須ではないし、普通に生きていくには無用の経験である。しかしいつからか、魔族や強者の人間たちの間で行われているという決闘がソメウェーレではそこかしこで行われている。ラプターはこの魔族と人間の間に立っているが、せっかくならそういう経験もさせてあげようと、ただの親切心から目論んでいるのだ。
「そっか。じゃあハンバーグとかは大丈夫かな?…もちろん、ちゃんと人間のじゃないやつだけど。」
「はんばーぐ?聞いたことないかも。」
「ひき肉を平べったくして焼いたやつ。僕のお気に入りのところに連れてってあげるよ。」
「あ。待って、それなら知ってるかも。でも、なんかあんまおいしくなかった気がする。」
「まあこねて焼くだけだから、人によって味が違うんだよねえ。さあもうすぐ着くよ。」
着いたのはラプターがよく昼時に行くレストランであった。全体的に量は多いが、それは周辺の会社やら工場の人間が良く出入りするからである。だから、ある意味で当たりなのだ。周りをよく知る人間が集まるところは大概美味しい。さすがは400年生きた賢者の知恵である。車から降りると、なんとも旨い油の香りが駐車場にまで漂っていた。
「なにこれ。お昼食べたのにおなかすいてきた。」
「よかった。きっと気に入ると思うよ。」
店内は午後のピークを過ぎて客もまばらである。男一人に子供一人という、この店の客層にはおおよそ当てはまらないような組み合わせだが、常連であるラプターを特に怪しむこともなく「いらっしゃいませ、二名様ですか?」と聞かれ、カルラのためのささやかな宴が始まるのだった。
「結構量多いんだけど、いったん半分こしよっか。」
「いっぱい食べられるよ?」
「足りなかったらもう一個頼もうか。」
そう言って一つだけ頼むと、その間、他愛もない話をし始める。もちろん、この怪物の仲間とするためではあるのだが。
「カルラはさ、帽子に着けるリボンとか興味ない?」
「え?でも似合わないし……」
「大丈夫だよ、きっと似合うから。よかったら今からつける?」
いままで女の子らしいことをして来られなかったのか、それともやってはみたものの、悲しきかな否定されたのか。いそいそと前もって買ってきておいた袋を開けてどうだとでもいうように見せてみた。金髪のきれいな髪で、黄色がイメージカラーにすっかり見えていたラプターは、白いリボンを選んだのであった。これが彼女の少しくたびれた帽子に綺麗なリボンが映えると思って、意気揚々にここへやってきたというわけである。
「…かわいい。いいの?」
この時だけは可愛らしい女の子を見たラプターであった。