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    えのきたけ

    @kimagurenoki

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    とりあえずの小説置場

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    えのきたけ

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    律誕生日おめでとう!!遅刻した!!ごめん!!
    14×29
    文字数が多すぎるのでこちらにぽいします~律誕生日おめでとう!!!
    実は同人誌用に書いていたので続きがあります(小声)

    #律霊
    ruling
    #誕生日
    birthday

    屹度 さて。返事がない。
     コン、コン、コン。そのまま、拳が動きを止める。
     影山律は、事務所に呼ばれたとき、決まって三回ノックを鳴らすことにしている。
     別に、誰かさんと取り決めをしたわけではない。しかし、不服ながらも兄の代役として呼ばれるうちに、いつしかそれが律が訪れたということのサインになっていた。こうすると大体奥から「おー、入っていいぞ」と声がかかるので、律は「失礼します」と、ドアを開く。そういう一連の流れが出来上がっている。本当に、不服ながら。
     しかし、しかしだ。今日に限って、何も応答がない。律は一旦ドアを鳴らした拳をおろして、もしや不在なのか、と考えた。けれど一応握ってみたドアノブは容易く回るから、どうやら鍵は開いている。もしかすると、単純にノック音が聞こえなかったのかもしれないし、来客の対応をしているのかもしれない。
     そうして数分悩んだ挙げ句、律はひとり頷いて、いつも通り何も気にしていませんよ、という涼しい顔をしてドアを開けた。
     内心戸惑う律をまず迎え入れたのは、静寂だった。どうやら客もいないようである。律は不審がりつつも、古くて蝶番がきいきいと鳴るドアの音を立てないように、後ろ手でゆっくりと閉めた。
     そして、見てしまった。パソコンを広げ、頬杖をついたまま、目を閉じている、霊幻の姿を。開かれたままのブラインドから差した西陽が、容赦なくその髪を橙色に染めている。
     律は何故か見てはいけないものを見た気になって、それでも目が離せなくて、
    「霊幻さん?」
     すこし小さな声で呼んでみた。返事はない。生きているのかすら疑うほど、浅い呼吸だった。わずかに動く胸郭の動きを確認して、もしや律を騙すための狸寝入りということでは、と一瞬思い至ったが、普段とあからさまに違う呼吸音から察するにどうやら本当に寝入っているらしい。
     律は定位置のソファに通学用の鞄を置く。どうせ寝ているのならば遠慮はいらないだろうとばかりに、そこに堂々と座り、まったくこのひとは自分を呼び出しておいていいご身分だな、と辟易した。今日はなにか除霊だか手伝いだか(興味がないから忘れてしまったけれど)そういった類の用事で呼ばれた、はずだった。
     律は癪である。霊幻がサボタージュしている事実も勿論そうだけれど、今は違う。自分より明らかに強いと分かっている兄ではなく、顔見知りであろう花沢などでもなく、自分が呼び出される意義を、“兄の代役”以外にこれっぽっちも感じない。なのに、あえて自分が呼ばれることが。今回は兄が用事なので生徒会を切り上げて早く来訪したものの、当の本人は寝入っているのだから皮肉のひとつも投げられず、けれど起こすことも憚られ、尚のこと気の持ちようがなかった。
     それでも、本日は来客があるのだと聞いている。きっといつか起きるだろう。律はこの時間を潰すために鞄から数学の参考書を取り出した。
     そのまま三十分が経過した。予定の客が来訪しないことに何かあったな、と察して、律は霊幻を横目で確認した。やはり薄い瞼を閉じたまま、睫毛はぴくりとも動かない。
    「霊幻さん」
     今度は少し大きめの声で呼ぶ。返事はない。
     律は、やはり癪だった。何もかもに納得がいかない。説明もない。(勝手に配慮して起こさなかっただけだが)霊幻が起きないのならばこちらだって考えがある。
     ならばその寝顔を拝見してやろうと、ぱたんと参考書を閉じた。
     椅子から立ち上がる。靴が床を鳴らさぬよう静かに踵から足を落として、律はゆっくりとその顔を覗き込んだ。ここまで近くで、この男の顔を凝視するのは初めてだ。もちろん見たいと思ったことなど無い。ただこの現場写真でも撮って、弱みでも握ってやろうと、携帯電話のカメラを向けた。
     アップになった顔。案外、まつ毛が長い。髪と同じで色素が薄いから、気が付かなかった。頬骨が出ていて、頬から顎の骨の輪郭がはっきりと見てとれた。そういえば最後に会ったときより、少し痩せた気がする。事実、霊幻の目の下はやや窪んで影を落としていた。隈、と呼ぶには深い陰影が血色の悪さを引き立たせている。
     兄から聞いた話であったが、先日霊幻が引き起こした例の記者会見事件以来、また良からぬジャーナリスト気取りの記者に最近追い回されいるらしい。どうやら師匠は少し余裕がないみたいだよ、という兄の発言は些か本当であったようだ。逆に言えば名が売れたことにより、律の思っているより多忙なのかもしれない、とも考えた。そう思うほど、律から見ても霊幻の顔には疲労の色が濃く現れていた。
     律は写真を撮らないまま、携帯電話を仕舞った。この一見器用に生きていそうな大人にも、様々な苦労があるのだ、と感じてしまった。サボタージュなどと思ってしまった浅はかな自分を少し、ほんの少し恥じた。残りの感情は決してこの口八丁の適当な詐欺師を認めないという意地だ。
     ぬるい風が二人の間を通り抜けて、さらりと霊幻と律の髪を揺らした。ブラインドの奥にある窓が、どうやら少し開いているらしい。梅雨が開けて、夏は始まったばかりだ。この時期、まだ夕方の天気は崩れやすい。律はそっと指をさして念を込め、窓を閉めてやった。ついでにブラインドの傾きをそっと落とす。
     霊幻の薄い唇が少しだけ開いて、静かな吐息がすう、と小さな音をたてた。それがあまりにも、あまりにも整った寝顔であったから、つい凝視してしまう。いつもの姦しくて繕ったような表情と打って変わって、何もない、ただただ穏やかな顔。そこに律は生まれて初めて、霊幻新隆という詐欺師ではなく、人間の、本当の姿を垣間見た。そんな気に、なってしまった。
     だから。律は少し、たった少しの興味本位で、律の知る霊幻のもっと奥の、霊幻たる部分とそうでない部分を見てやろうと、再度顔を近づけた。静かで、浅く呼吸しているのがわかるほどわずかにぬるい吐息が顔に当たるほど凝視していたころ、
    「ん、お前、りつ?」
     はたと、その薄い瞼が開かれてしまった。大仰な背伸びをして、口が裂けるのではと思うほど大きなあくびをした霊幻が、律をまっすぐ見据えて問うた。
    「何してんだ?」
     どきり、と。律を今更、恥ずかしさが襲う。何してんだと聞かれても、あなたを凝視していました、などと答えられるはずもない。全身に鳥肌がたつような、心臓に血液が逆流してきたような、そんな気になって、本心を悟られたくない一心で律は二、三歩後退りをした。
     耳の、頬の、肌の温度が一気に上昇している。見なくてもわかる、きっと、赤く染まっている。どうかバレないようにと、何もしていませんよというサインも込めて律はかぶりを振った。妙な罪悪感に似たなにかが、一気に律の心臓に波となって押し寄せた。すう、と鼻から長く、息を吸う。
    「ノックしたんですけど、返事がないから生きているのか確認に来ました」
     動揺を悟られぬように、そっと両手の拳を握る。逃げ場がないゆえに、本心をせめてその手の中にだけでも隠してしまいたかった。
     つん、と冷たい無表情を装って霊幻を睨む。それが律にできる精一杯の、意地の籠もった態度であった。
    「何度呼んでも起きないから、心配したんですよ」
    「ん? あー、寝てたのか、俺」
     霊幻は何事もなかったように右腕の袖を捲って腕時計を見た。そして両方の目頭を指で押さえながら、目を何度かぱちくりと見開いたりして、口の端を上げた。張り付いた、あやしい笑顔。律の知る詐欺師の霊幻新隆が、ようやくそこに現れた。
     律は、ただ安堵する。霊幻新隆の、人間のようでいて人間でないような、不思議な側面を見てしまったことに、何故か多大な動揺を覚えてしまったからだ。
    「ああ、今日の予定だがな、ついさっきなくなったんだよ。帰っていいぞ」
     そんなことは知らないとばかりに霊幻が「すまんな」と手を挙げた。無表情を気取る律の心臓は、しかし変わらず早鐘を打っている。どっどっ、血液がいつもより全身を回っていく感覚が、耳の奥で、指先の小さな震えで、胸の鼓動で、嫌でもわかってしまう。どうか、目の前の、敏い男にだけはこの律の感情を知られたくなくて、壁にかかった時計に目を逸した。
     もうこれ以上霊幻の顔は見ていられなかった。もし律が霊幻の顔をまじまじと見ていたなんて事がバレてしまったら、なんだかまるで──。律は何をしているんだと自分の頬を叩きたい気持ちを抑えて、無表情を維持する。
    「あー、あと、今日サボってたのは俺たちだけの内緒な」
     しいー、と、まるでこどもに言い聞かせるように人差し指を唇にあて、霊幻が目尻を下げた。そしてデスクの引き出しを開けて、何か拾い上げ律に拳を突き出す。
    「ほら、やるよ」
     ゆっくり、マジックでも見せるように丁寧に開かれた霊幻の手のひらには、飴玉が三個乗っている。
    「袖の下ってやつですか」
    「お前そんな言葉どこで覚えてくんの? まあ今日は仕事なくなっちまったし、これで勘弁な」
     賄賂にしたって何も釣り合っていないし、そもそも今日の報酬はどこへいったというのか。律は辟易して、やはりこの霊幻新隆という人間はこういうひとであったと、再度思い直した。
     そして、どうやら想定以上に、律はこども扱いされているらしい。しかも霊幻の眼中に、律という存在は、まったくないらしい。ひとりで動揺していた自分が恥ずかしさを超えて面白くなってしまったので、律は無言で奪うようにその飴玉を受け取って乱暴に制服のポケットにしまった。
     背徳感。羞恥。意地。焦燥。律を支配する、ぼんやりとかたちのない感情。それをすべて悟られぬよう、律は踵を返して参考書を急いで詰め、鞄を肩にかけた。今日の依頼がないのであれば、長居する必要などない。霊幻と一緒にいる意味なんか、もっと無い。そう結論づけて、そのまま「それでは」と小さく形だけの挨拶をして事務所を後にした。

     ああ、しまった。事務所を出て十分ほど経った頃、ようやく律の頭が冴えてきて、今日は自分の誕生日であったことを思い出した。母親が好物を作って待っていてくれる。父親と兄が、不揃いのバースデーソングを歌ってくれる。
     だからきっとこんなどうしようもない気持ちは、全部忘れさせてくれるはずだ。そう思う律の右手には、しっかりと飴玉が握られている。もしかして、霊幻さんは誕生日だと知っていた? だから、来客も予定も……? そして、この飴も? 
     考え出すと止まらないのは律の悪い癖であった。結局飴玉は食すことも粗末にもできなくて、律の体温でじわじわ表面が溶けてどろどろになっていく。
     そうして、夜の帳が降りて、街から色が消えていった。
     まるで、律の気持ちを隠していくように。じんわりと、じんわりと。
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    えのきたけ

    DONE2021/9/25 ワンドロお題「赤い糸」
    2022/7/21 加筆修正
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    運命の赤い糸とは、本来『赤縄』と呼ばれていました。指ではなく、互いの足に結ばれるものだったそうです。冥界の神にこの縄を結ばれると、必ず運命の相手となってしまう。恋に落ちてしまったことを、このある種呪いのようなもののせいにしてしまえば楽になれるのでは? と少年はひとり思うのでした。
    無色透明の赤「赤い糸って、目に見えないのにどうして赤いと分かるんでしょうか」
     あかい、いと?
     霊幻は思わず、傾けた急須を落としそうになった。なみなみと注がれてしまったお茶の入った湯呑を丁寧にお盆にうつしながら、その言葉の意味を反芻してみた。今までの会話の流れが何だったのか思い出す必要があるほど、それはあまりに唐突な発言だったからだ。
     ええと、たぶん、天気の話をしていたような気がする。それか、今日の宿題の話とか。たしか、その程度のことではなかったか。
    「不思議じゃないですか、可視化されていないものを形容して」
     律から文脈に応じた返事はない。霊幻は、あかいいと、から思考が動かない。最近流行りのなにかか、昔流行ったホラーテイストのなにかか、それとももしかして、いわゆるの"運命の赤い糸"の話をしているのか。ひとり、掴めないでいる。イメージも、相槌も、糸口も。
    2205

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