再会「よぉ、久しぶり」
「すみません、ここの所忙しくて」
「ほんとだぞ? 丸半年も顔見せねえで、なんかあったか? 律?」
なんかあった、か。
そもそもひと月に数回は何らかの依頼で呼びつけられていたのだが、「今、ちょっと余裕がなくなりまして」とメールを打ったのが霊幻が言うように半年前のことだった。何の詮索も追及もせずに「わかった」と一言だけ帰ってきた返信に、かえって色々をお見通しなんだろうと律は軽く絶望した。
十七歳の恋心なんて霊幻にとっては除霊するまでもないささやかな呪いみたいなものなのだろう。けれど自分にとっては悪霊に重たく憑りつかれたようなものなのだ。悪霊、と口にして実際におかしくはなったが、そもそも霊幻新隆という人物にも問題があるのだろう。まるで浮遊霊みたいなよりどころのなさのくせにひどくまとわりついてくる。
けれど、恋心ごと除霊したいといった話でもなかった。律が霊幻から距離を置こうとしたのは、自分の経験値を上げたかったからだ。ありとあらゆる誘惑を投げかけてくる異性のうち、一番縁遠くて年の離れたひとを選んで。
そもそも好奇心のみで誰かと付き合うだなんてありふれた話だし、律の友人関係でも無い話でもなかった。高校生はそういう世代だ。おとなのように将来でがんじがらめになることもないし、子供みたいに健全でもない。律としてはそれに倣ったつもりであったが、しかし彼の性質からひどいストレスを巻き起こした。かつて人を陥れたときのように。こういうことは楽しいことのはずなのだが、全く楽しくはなかった。わりに綺麗に別れられたことだけが、律にとって救いだったが。
「まあ、色々ありましたけど、カタが付いたというか」
「ほぉ……まあ良かったんじゃねえの?」
霊幻はいつもみたいに、ぽんぽん、と律の肩を叩いた。とても半年ぶりの対応とは思えなかった。その表情も、何一つ変わらない。
おそらく、霊幻は女性関係だと決めつけているだろう。まあそうだろうな、と律は思う。学業やバイトで苦労するとは思われていないはずだし、それだったらきちんと理由を添えているだろうから、と。
その推測は間違ってはいないのだが、さて、どこまで気が付いているんだろう? そして戻ってきた自分に霊幻は何を思ってるんだろう? まるで分からないことばかりだ。経験値を上げようとしてかえって迷路に迷い込んでしまったのか。
「僕がいない間、忙しかったですか? 兄さんに聞いても、普通って言うばかりで」
「あぁ、確かに普通だったな。俺と芹沢で大体事足りて、たまにモブに来てもらって」
「そうですか……」
「おぉ、律くん拗ねてる? お前がいないと駄目だ、とか言ってほしかった?」
ひどい。まさかたちの悪い冗談のつもりで言ってるわけではないのだろうが、霊幻の反応が前と変わらな過ぎて律は眩暈がした。余計な武者修行だったのか。そもそも自身の中では、何をしたところで霊幻に対する気持ちがまるで変らない、というこれまた辛辣な結論を導いてしまっただけに。
「そういうのはいいですけど……じゃあ、僕の半年間の話聞きます?」
律はやけくそになって言った。けれど言ったそばでそのことを後悔したりしたのだが、霊幻はそんな律を見て曖昧な笑いを見せた。
「聞きたくねぇかな」
「え?」
「なんかつまんなそーな話だし?」
霊幻はそれだけを言って律のもとから離れると、給湯室のほうへ姿を消した。まさか、あの霊幻がストレートに妬いてくれるとは思えないが、何らかの化学反応は起きたのだろうか。
「霊幻さん、お茶なら僕が淹れますから!」
律は慌てて霊幻の後を追った。今、霊幻がどんな顔をしているか確かめたくて仕方なかったのだ。