ハロウィンとか相談所(12) 相性がいいとは決して言えない島崎との思わぬ邂逅にテルも一歩後ろずさる。この魔法陣といい、調味市全体を覆う気配と言い、何より『世界が何らかの意思によって滅ぶ可能性』を示唆された事で、どう対応していいか分からず言葉を飲んだ。エクボに助けを求めるように視線を向けるが、緑の上級悪霊は険しい表情を隠そうとしない。
「とにかく私はただの観測者で警告を発しに来ただけの事。一個人としてのお節介も込めてね。…ヒントはエクボ君、君にもあるようだよ」
言いたい事だけを言って超能力者はシュン、と乾いた音と共に姿を消した。アリスの中に出てくるチェシャ猫のような男だ。油断も隙もない上にどこまでその言葉を信じればいいのか、テルもエクボも真意を測りかねる。
「なんだあいつは」
「エクボ君にヒントがあるって?」
「俺様には何の事だかさっぱりわからん。とりあえず取材だけは形だけでも済ませるか。テル、お前さんは手を引いてもいいぜ」
「エクボ君?」
「島崎とお前は相性がよくない。またカチ合えば何かよからぬ事にもなりそうだしな。それに俺様が最初に考えていた以上に話が大きくなってきやがった」
「僕は迷惑だとは思ってないけど。ただ興味本位で首を突っ込まない方がいいかもね」
島崎が登場した事でただのうさん臭い話が世界の滅亡という思わぬ方向に走ってゆく事にエクボも困惑を隠せない。島崎の言う『誰かの思い』の交差したものの結果であるとすれば、それはまさに呪いに違いない。それとも渇望か。かつて神になりたいと願った自分の無謀な願いに似た、何処にも出口が見つからない思いにそれは似ている。そう、エクボが感じた時だった。
エクボの目の前に一瞬、何かの影が浮かぶ。
それは黒いマントのような裾の長いコートのようなものを纏う男、そしてもう一人は。
「れい、げん?」
それは瞬きをすれば消えてしまう程に短い時間の中に浮かんだ像であったが、男の横顔はエクボが好んで体を借りている守衛係こと吉岡のもの、そしてその前で金の髪を風に揺らして涙を見せているのは霊幻だった。纏うのはスーツではなく、まるで見覚えのない衣装だ。頭には緑の帽子、エクボは十字架を胸に飾っている。そう、まるでハロウィンの仮装のように非現実的な姿だった。
「なんだ、こりゃ…」
「エクボ君、どうしたの」
不可解な姿をした二人の男の出現にエクボの動揺は激しい。五感のないはずのエクボであったが、人間の身体を借りている時のようにあるはずのない心臓が鐘を打ち鳴らす。
「おい、テル。早めに取材済ませて別れよう、多分この分だと市長から聴ける話は大したもんじゃないだろうがな」
エクボの明らかに動揺する姿にテルも頷く。この魔法陣を前にエクボを置いておくのは、危険なものを感じていた。ホールを後にして約束の時間になったところを見計らい、市長に取材の体で話を聞きこみを行うが、結局事前に茂夫とエクボから聴いていた事以上の情報は得られない。調味市役所勤続三十年塩川梅子女史に、テルは張り付いたような愛想笑いを残して庁舎を後にした。
「俺様はちょいと身体を借りて事務所に行ってくる。テル、またな」
ダッシュでその場を後にしたエクボを他所にテルは島崎の言葉と魔法陣を重ねてみる。並行世界の中で生じた、誰かの愛情の怨嗟によって世界が滅ぶ可能性、そしてそれにあのうさん臭い霊とか相談所の所長がどう絡むというのだろう。ヒントが上級悪霊にあるとは一体何なのか。
先ほどのエクボの態度も何か気になる。呪いの正体、結ばれなかった男とは。
「まさかね…」
花沢輝気は人一倍聡く、また視野の広い少年であった。いち早く真実に辿り付いていたが、しかしそれを自分の思い込みで打ち消す。少年のつぶやきは夕闇に溶けて消えていった。
その頃の『霊とか相談所』では吉岡の身体を借りたエクボと所長の霊幻が、険悪な空気を隠そうとしないまま唇を重ねていた。キスシーンと呼ぶには、あまりに色気もなく殺気立った雰囲気を纏ったままで。