ハロウィンとか相談所(23)『こ、これは……』
謎の小瓶を片手に持った霊幻は、覗き込んだ瞬間に目を閉じた。何も無い白い空間。開かない扉。転がる小瓶、貼られた指令書……こんなのアレ以外考えられないじゃないか!!……と、霊幻は心の中で叫んだ。ここは、いわゆる「○○しないと出られない部屋」というヤツだろう。一体○○にあたる部分には何が書かれているやら。やはり、定番はセックスだろうか。しかし、中にはもっとハードルの低いものもあると聞く。キスしないと出られない部屋。お互い相手の良いところを10個言わないと出られない部屋。手を繋がないと、見つめあわないと……それこそ数多のパターンがある。
「エクボ……なんて書いてある?」
「俺様には、読めない」
霊幻は閉じた瞳を更に上から手で圧迫する。悪霊が口に出す事も憚られる言葉……「やはり」という気持ちと、これから行われるだろうという行為に期待を膨らませる。
「だいたい想像はついてるから」
だから、なにも言われても平気だと態度で示す。否応なしに、ここ数日見続けている夢の内容が多い出される。エクボの顔をした男との情事。それは、夢とは思えない程のリアリティがあった。首筋にかかると息が、自分に触れる指先が、かけられる言葉の一つ一つが熱を持っていて、霊幻を溶かした。しかし、幸福感をもたらす筈の絶頂は、いつもどこか淋しさを伴っていた。それが「所詮夢だ」とわかっている虚しさからなのか、それとも登場人物の抱える何かしらの感情が伝播したものなのかはわからないが「嬉しい」と同等……もしくは、それ以上の「苦しい」という感情がつきまとった。目の前の男を愛おしいと感じるのに、その背後にいつも「終わり」が顔をチラつかせていた。
「……」
エクボは何も言わない。霊幻はふと思う。もし、書かれている内容が「恋人にならないと出られない部屋」で、エクボにその気が無かったとしたら?確かに、霊幻はエクボと結ばれたいと願っている。けれど「それはこんな形で本当に良いのか?」と思う気持ちがムクムクとわきあがってきた。上級悪霊様の事だ。もし、セックス以外にこの謎空間から出る方法が無いとなれば、例え気が無くとも霊幻を抱いてくれるだろう。しかし、その後は?エクボの事だ、きっと「はい、おしまい」という訳にはいかないだろう。本人は「悪い夢だと思って忘れちまえ」と言っても、何かと霊幻を気遣うに違いない。抱いてしまった責任感から付き合ったとして、それは本当に愛しあっていると言えるのだろうか。
なおも何も言わないエクボを不審に思い、霊幻もようやく目を開ける。そこに書かれていたのは……
「手紙?」
そう。それは指令書などでは無く、誰かに宛てて書かれた手紙だった。
「あなたは私に逃げろと言いますが、我々一族は流れる水を超える事ができません。この国から出る事が出来ない私に、あなたは何処へ逃げろと言うのでしょうか。ならばいっそ、あなたの腕の中で、あなたのその手で私を殺してください。愛しい人へ」
「読めるのか?」
「読めるも何も、これ書いたの俺だし」
「は?」
言ってから霊幻もオカシイと気付く。手紙の文字は日本語では無いのだ。更に言うなら、紙も現代の日本で作られたものでは無い。手で梳いて作ったような荒い紙質の上にインクで走るような文字が書かれている。
「吉岡?」
そして、手紙の他にもう一枚紙があり、そには子供達に囲まれてほほ笑む吉岡の姿が描かれていた。吉岡は、何故か宣教師の恰好をしていた。