天ぐだ♀/捧げるものは日本の原風景の一つなのだろうと、今回のレイシフトに同行したサーヴァント・天草四郎は遠い目をしながら表現した。
抜けるような青空を見上げ、思い切り伸びをする。胸いっぱいに緑の香りを吸い込む。辺りを見回すと、収穫が終わったばかりの田んぼで子どもたちが駆け回って遊んでいた。遠くには茅葺き屋根の民家が見える。これが誰かの心象風景だとすれば、歪み一つない、のどかな場所だった。
他愛もない話をしながら、目的地までは徒歩の旅。普段は超然とした態度を崩さない天草も案外中高生のような噂話に敏いのだと知り、思わずあれこれと話が弾んだ。
「情報収集のついでですよ。マスターほど詳しくはありません」
「またまたぁ」
天草にも恋愛感情があるのだろうか。史実では妻子がいたかもしれないともいうし、確か恋物語もあったはずだ。長崎で学んでいた時から大事にしていた手鞠を女の子にあげたとか。
「マスターは博学ですね」
「今の天草も誰かに恋したら手鞠を贈るの?」
天草が用意するプレゼントは凝ってそうだね、と立香は笑いながら尋ねる。
「私はもう、人ではありませんから」
二人の目の前に、手鞠が跳ねる。朱色を基調とし、金色の糸で繊細な模様が象られたそれは、ゆっくりと動きを止め、立香の目の前で止まった。
気にしてないよ、という小さな嘘を思い出させるように。透明な瞳に重なる無機質な言葉は鞠のように跳ね、汚れた地面に転がっていった。
――愛する人に贈ることができる物など、今の自分には最早何もないのだろう。
今此処にいる天草四郎時貞はサーヴァントという人理の影法師であり、恋心を抱いた少女に無垢な贈り物を渡す少年と同一ではない。記憶と記録が似て非なるものであるように。サーヴァントである限り、この手の中は永遠に空虚だ。美しいと感じたものを持ち続けることすらできない。勿論、誰かにそれを贈ることも。
それでも、貴女に想いを伝えるのならば。
「その時は、この身すべてを捧げましょう」
立ち止まり、彼女の背中を見る。黒い魔術礼装の上着で隠した、傷だらけの背中を。
立香は手鞠を拾い上げて手で泥を払うと、駆け寄ってきた少女に屈んで手渡した。おかっぱ頭の黒髪の少女は屈託のない笑顔と共にお礼を言うと、また何処かへと駆け出していった。ただ一度きりの出会いとも知らず。
そして、彼女は振り返る。
「天草、力を貸して」
手をはたいて泥を落とす音とともに。
彼女は俺と同じ、からっぽの手を差し出した。
(終)