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    et_tlvskr

    @et_tlvskr
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    et_tlvskr

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    タキシャカ(リバ) 喋ってるだけ

    「しかしおかしなものだね、私をよがらせたところで君に快楽など一つもないというのに」

    帰宅するなり早々、だった。
    薄暗い寝室に連れ込まれて押し倒され、仰向けになったダブルサイズのベッドからその瞳を見上げれば、大体の察しはついた。
    仕事着そのままのブラウスのボタンを自ら外していきながら、私はぼやく。

    「たまにはいいんだよ、私から触れてやっても。君が受け入れられるのなら、だがね」
    「断る」
    「えー、なんでだい」
    「…」
    「…答えたくないなら無理には聞かないが。君、私以外に話せそうな相手なんているのかい」
    「うっせ、」
    「ああ拗ねるな拗ねるな、悪口じゃないったら。むしろ自負みたいなものだ、私だって、君ほど意思の伝達に摩擦を生じない相手なんて他にいないんだから」
    「摩擦以外の部分に難がありすぎンだよ」
    「真面目な話なら茶化さず聞くさ」
    「…」

    すかさず言えば、彼女は黙った。
    前を寛げた姿のまま招くように腕を広げると、ややあって、大きな犬の如く、仏頂面のまま、ゆっくりと胸元に凭れてくる。いや、流石に犬の方がもう少し愛想もあるというものだろうが。
    ワックスで固められたままの髪に指を通す。
    繰り返し、根気良く撫でてやると、ようやく彼女はぽつりと溢した。

    「オンナとして扱われることに、すげー嫌悪感がある、っつか」
    「ふむ?」
    「嫌悪感っつか、違和感?積み重なるうちにすっかり嫌悪感になっちまったが。そっちじゃねェのに、って違和感が、物心ついたときからずっとあってよ。…オレだけなのかね、これ」

    考える。
    言葉を態々迂遠にする必要のある相手ではなかったが、言語野のよく発達した彼女の前では、より一層精密で混じり気のない言語化作業が必要だった。

    「君のそれと全く同一かは分かりかねるが、その表現に該当しうる感覚なら私も抱いたことはあるよ」
    「…」
    「いわゆるウマ娘という生き物は人間の女性に酷似した身体を持って生まれ、社会の上でも概ね女性として扱われる。大多数のウマ娘はその在り方に多かれ少なかれ迎合し、社会的生活を営んでいる。私もその内の一人だ、社会的にも生物的にも大きな不便や不都合を覚えたことはない、――が」

    言葉を切る。
    こればかりはどうしても、曖昧な表現にせざるを得なかった。

    「根底の性別が牡牝どちらなのかと問われれば、牡なのだろうな、とは思うよ」
    「…」

    腕の中の体温はまだ、警戒を解く気配はない。
    話の行く末を見定めかねているようだった。

    「どういう時に、思う」

    くぐもった声が聞く。
    それに関しては一つだけ、明確にこれだと言える答えがあった。

    「ライブ用の衣装を着たとき、だな」
    「ア?」
    「あっただろう、学園生汎用の何とかいうやつが。あれを初めて着用したときだな、あのとき初めて自分の身体のかたちというものを意識したよ。何せ身体など機能の集合体としか思っていなかったものだからね。自分の身体がどういう形状をしていて、それが他者の目にどう映るのか――どうやらこの肉体のかたちというものは、機能とは全く別側面の魅力を否が応にも兼ね備えていて、それが時に他者の欲求を強烈に惹くのだと――この衣装はそうした側面を助長するものなのだと気づいたとき、まあ、一度は吐いたね」

    言えば、その眉がより怪訝そうに捻られた。

    「…遅くね?」
    「ハハ、同世代の少女たちに比べたら相当遅いのだろうね」

    何せうちは放任主義だったから。興味がなければ気づく機会もなかった。
    だがそれでよかったのかもしれない。もし彼女のような家に生まれついていたとしたら、私も早々にその強烈な違和感と戦い続けなければならなくなっていたかもしれないのだ。

    「つまるところこの女性という括りの身体は、生殖上の有利性を超えて、質感や弾力、輪郭の曲線美なんかという愛玩性を多かれ少なかれ備え持つ。それが自分の持ち物でもあるという事実にね、私は未だに馴染めていないし、これからも馴染むことはないのだろうなあ、とは思っているよ」
    「なら、…なのに、」
    「だが、であっても、だよ」

    言いたいことは分かっていた。
    他者から触れられればそれはどうしたって輪郭を介した感覚になる。深くまで求められれば求められるほど、女性として持たされた形を意識しないではいられない。そうした違和感や負担を、一方的に私に押し付けてしまっているとでも思ってしまったんだろう。…彼女はこれで、存外優しくて、臆病だから。

    話がすっかり彼女の話から私の話に移ってしまったが、始めてしまったからにはきちんと終わらせねばなるまい。
    彼女の手に指を絡めながら、言う。

    「それであっても、だ。己を許せる相手に触れてもらえる、受け入れてもらえるという喜びは、どうやら雌雄を問わず共通に生じる感情らしい。君は私を『かたち』で好いているわけじゃないだろう?」
    「…」
    「私も同じだよ。君を『かたち』で以て愛玩したいわけじゃない。ただ単純に、君ともっと親密になりたいだけさ。…どうだい、」

    強張る額に鼻先で触れて、問う。

    「触れてもいいかな」

    大きな獣が、目を閉じる。
    少しあって、言った。

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