No.7カロケリ(オクシアSS)※アリーナ回りとタビオが足を失った時のことに関して軽く捏造設定作ってるので、苦手な方はご注意ください
珍しく、ジメジメと暑い夏の日だった。病室の窓から見た夕焼けを、今でも時々思い出す。
あの日、足が無くなった事を嘆き悲しむよりも、もう走れないという事実が怖かった。麻酔が切れて、地獄のような痛みに涙をボロボロと溢しながら、地平線に沈む夕日をただぼんやりと眺めていた、あの日。
「なんか色々思い出しちまうな」
「何をです?」
「入院してた時のこと」
オビが入院した。なんでもアリーナの試合で対戦相手から理不尽な暴力を受け、全治一ヶ月の大怪我をしたそうだ。相手は除名処分を受け、「正式な」試合には二度と出られなくなったらしい。
「貴方の足の時ですか?」
「おう」
「それは…私の怪我とは比べ物にもならないほど大変だったでしょうに」
彼が怪我をするのは度々あることだったが、これだけの大怪我は初めてだったので、面会が可能になったタイミングですぐに時間を作って見舞いに来た。
はじめは心配していたのだが、当の本人はその小綺麗な顔を痛々しく腫らし、腕も足もギプスで固められてお世辞にも美しいとは言えない姿だったが、まるで何事も無かったかのようにけろりとしてオクタビオを迎えてくれた。
「あんたの怪我だって十分やべーぞ」
「大したことないですよ。まぁ顔をやられたのは不覚でしたが」
「ハハッ、それだけ言えりゃ十分だ」
ここは、死と隣り合わせの檻のような場所だと思う。
アジャイに頼んで義足を用意してもらってから、リハビリだってあの時死んでいた方がマシだったんじゃないかと思ってしまうくらいにはキツかった。
餌を与えられながら、外に出る為に必死にもがくその檻の下は、深い深い奈落の底へと繋がっている。
「ま、あんたは強いから大丈夫だとは思うがな」
かつて、ベッドの上で蛍光灯の青白い光に照らされた自分の義足と、目の前でギプスと包帯でぐるぐる巻きになったオビの足を重ねる。この檻は、彼を飼い殺しにすることは無いだろうか。痛みと苦しみの記憶が、そんな事を囁く。
ふと視線を感じて顔を上げると、不思議そうに首を傾げてこちらの様子を窺うオビの瞳は、何ら何時もと変わらぬ強い意志を秘め爛々と輝いていた。
「……」
その目を見て、オクタビオは過去に囚われている自分を恥じた。彼にとってはむしろこの檻すら、次なる舞台へと舞い戻る為の足場でしかないのかも知れない。本当に、強い男だ。
「ですが貴方の言う私の「強さ」の源は、間違いなく貴方でもありますよ、シルバ」
「…やめろよ、頭打って変になっちまったか?」
「かもしれないですねぇ、困り物です」
オビはそう言って、目を細めて笑う。あぁ、これは見透かされているな。見舞いに来たはずなのにこっちが見舞われてしまっていては、示しがつかない。オクタビオはあの日の記憶を振り払うように首を振って、今を見据えた。
「わり、湿っぽくしちまったな」
「良いんですよ。しおらしい貴方なんてそうそう見れませんからね、貴重な経験でした」
「おいおい、マジでどっちが見舞いに来たのか解んなくなっちまったぞ、ダセェな俺」
「ふふ、来てくれただけで十分ですよ」
クスクスと笑うオビの、ギプスのはめられていない方の素手に手を伸ばしそっと握り締める。そこから伝わる熱が、オクタビオの心を精神安定剤のように落ち着かせてくれた。少しの間、ぽたぽたと点滴の滴り落ちる微かな水音だけが無言の空間に響く。
ふと窓の外を見ると、いつの間にか日が傾き空がオレンジに染まっていた。あの日一人で見たそれとは違って、今日の夕焼けは希望に満ちて、燃えている。
「所でオビさんよ、あんたをそんなに不細工にしちまった野郎のことだが、例の「地下」送りになったんだって?」
ふと、病院に向かう途中に仕入れた情報をオビに伝えれば、彼の表情がすっと鋭く、冷酷な物に変わるのを見てオクタビオは苦笑した。本当にこの普段は温厚な人間が、戦いのこととなると途端に人が変わるのだ。そこもまた、彼の魅力ではあるのだが。
「ええ。私としては、是非とも丁重にお返しをさせていただこうと思ってますよ」
「良いねぇ、実は俺もちょっくらそいつの顔を拝みたいと思ってたんだよ。あんたが退院したら挨拶回りの予定、教えてくれよな」
「ふふ、ありがとうございます。彼もきっと喜んでくれるでしょうねぇ」
視線を交えて、笑い合う。
この男は、辛い過去すら明るく照らし出してしまう程の目映い光を帯びている。何度その光に救われ、勇気付けられただろうか。だからこそ、自分も少しでも彼のために何かをしてやりたいと思うのだ。その為になら、この足を使ってどこまでも駆け抜け、時には血を流す覚悟だって出来ている。
「やっぱあんたって、強い人だな」
オビは何も言わず、夕焼けを背負ってただ静かに笑っていた。
・・・
No.7 カロケリ
(水、蛍、夕焼け)