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    shido_yosha

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    鳴+百。
    「同じ場所に辿り着いていたらいいですね」

    #ID:INVADED

     鳴瓢が目覚めたとき、視界に映ったのは、暗い足元と身体の前面を覆うチェスターコートだった。コートは鳴瓢の所有するものではなく、平素親しくする先輩の香水が香った。
     曖昧模糊とした意識で目線をあげる。どうやら誰かが運転する車の助手席で居眠りをしてしまっていたようだ。
     五人乗りの車両は現在夜の高速道路を走行しているらしく、右車線や前方を並走するのは普通車より運送会社のトラックのほうが多かった。
     隣の席へ首をまわす。短髪で端正な横顔が、テールランプに照らされて窓辺に頬杖をついていた。普段は皺がつくからと嫌がるのに、珍しく、ライトブルーのワイシャツの袖をまくっている。
    「……ももきさん?」
     鳴瓢が掠れた喉で呟くと、運転手はこちらを一瞥して、
    「起きたか」
    「あれ……俺なんでここに……」
    「はは、寝ぼけてるのか。湾岸警察署と合同捜査してやっと事件を解決した帰りだ。五日間不眠不休で走りまわって、犯人捕まえたとたん、お前、ばったりと倒れたんだぞ」
    「そうでしたっけ……でもこのまま直帰しないんですよね」
    「ああ。あそこへ向かわなきゃならないからな」
    「はい。あの場所に必ず行かなければならない」
    「まだかかるから寝てていいぞ」
     ハンドルを操作する鳴瓢の先輩、百貴船太郎が後輩にかけたコートを鳴瓢の顎までひきあげる。つづいて珈琲のボトル缶を取りあげてひと口飲む。缶を戻す時ドリンクホルダーの壁とぶつかって、カコンと硬質な音が鳴った。
     スピーカーから微かにジャズミュージックが聴こえる。百貴の好むバンドの楽曲だ。眠っていた鳴瓢を配慮してか音量をかなり絞ってある。
     百貴がかすかに、
    「♪p,p,please……」
     と歌詞を口ずさむ。爪の整えられた指がハンドルを叩く。車線変更するたび点滅するウィンカーはメトロノームのようで、静謐な車内にカッチカッチと拍子を刻む。
     夜の帳に包まれ、果てしなく走行する鉄の箱。二つの生き物は宵闇に輪郭をとかし、混ざりあいながら、呼吸だけを分かつ。
     鳴瓢は百貴の愛用するシトラスシプレを嗅ぎながら、ふと、
    ────永遠に着かなければいいのに
     とよぎった。
     もちろん、先輩も自分も帰るべき家があることは自覚している。生きることにどれほど忙殺されようと、休み、過去を振り返るための止まり木が必要だ。
     頭ではそう理解しているのに、何故だろう。このままいずこへも終着することなく、世界の暗がりで、この人とあてどなく移ろっていたいという望みがあった。
     カーナビゲーションのブルーライトが網膜に突き刺さってわずらわしい。
     すると百貴が、
    「うん?」
    と、驚いたように目を見開いた。
     そこで鳴瓢は、自分のくだらない妄想を口にしてしまっていたことに気付く。
     切長の眼裂が切なげに細くなり、
    「そうだなぁ」
     と前方を見つめた。
     そして彫刻のような手が鳴瓢のほうへぬっと伸びたかと思うと、薄紅色の髪をぐしゃぐしゃと撫でた。驚いた鳴瓢は、
    「わっ」
     と声を上げ、ついでに少し目が冴える。抗議しようと横を見ると、先輩がシフトレバーを操作してハンドルを大きくきっていた。
    「百貴さん?」
     すると百貴が、長い二本の指を口に当て、
    「一本。吸わせてくれ」
     と喫煙のジェスチャーをした。
     「あれ、」と鳴瓢は内心首を捻った。とっくに煙草をやめたはずでは。そしてすぐに、いや、先輩は、ほんの時々だが仕事の合間に吸うひとだ、と打ち消す。どうして忘れていたのだろう。目覚めてからどうにも思考が明瞭としない。
     そうこうするうちに閑散としたサービスエリアに駐車し、百貴が車外へ出ていった。遠くの喫煙スペースで、よく知る人影が、胸ポケットからジッポとカートンを取り出す。鉄柵によりかかり、長い脚を組んで紫煙をくゆらせている。物思いに耽る、憂いを帯びた眉間は以前より皺が深くなったようにみえる。
     鳴瓢は、
    ────何かおかしなことを言ってしまっただろうか
     と不安にかられる。
     鳴瓢の敬愛する先輩は滅多に煙草を吸わない。彼の聡明すぎる頭脳は、煙草とは己れの健康を害し、また他人も害すると熟知しているからだ。
     一方で、そう理解してなお、彼はある場面で煙草を嗜む。百貴がフィルターをくわえずにいられない時節……それは決して口にだせない本音を抱えたときだ。言葉で吐きだせない代わりに、鬱屈した感情はニコチンに混ぜて空へ放ち、自罰的に肺を汚す。そんな習性に鳴瓢が気付いていることを百貴は知らない。
     律儀な先輩は、言葉通り一本だけ灰にすると、灰皿スタンドに潰して車へ戻ってきた。
     そして扉を開け、
    「帰ろう」
     と断言して、座席に乗りこむ。何故か眩しそうに微笑んで、
    「お前がいないと寂しいよ」
     と言った。
     エンジンボタンを押すと、ナビゲーションシステムやメーターパネルが蛍光色の色彩をおびる。エンジンが静かに息をふきかえし、仕事へとりかかりはじめる。
     闇に浮かぶネオン灯と精密機器で囲まれた運転席はまるで航空機のコックピットのようだった。アクセルを踏む百貴がサービスエリア内をゆっくり巡る。
     鳴瓢は強い睡魔に襲われて背もたれに寄りかかった。工事中と記載された看板の赤灯が百貴の鼻梁に射した。一瞬照らされた瞳は、暗い影に飲まれながら、なお折れまいとする白銀の光をたたえていたた。どれほど凄惨な事件、絶望的な結末に直面しようと決して曲げない刃のような意志。その鋼の正義心に自分は惹かれたのだと鳴瓢は思う。
     底なしの淵に落ちる意識の泡沫、この旅の終着を見届けられないのが残念だと浮かんだ。

     ……なんて夢を見たんです、と独房のベッドに座る鳴瓢が報告する。
     すると百貴が、
    「奇遇だな。俺も同じような夢を見たよ」
     と興味深そうに頷いた。鳴瓢が、
    「どこが違いました?」
     と問うと、
    「運転してたのはお前で、俺が助手席に座ってた」
     三つ隣の房の明かりが、一瞬、ジジッ……と途切れた。横目を投げる百貴へ、鳴瓢は、
    「俺たちは一体何処へ向かっていたんでしょうね。夢の中でははっきり覚えてたのに、現実で目覚めたとたん思い出せないんです」
    「そうだな。俺も仔細は忘れたが、本来の目的地と実際到着した場所は違った気がする」
    「あれ。百貴さんも途中で寝落ちしたんじゃないんですか」
    「いいや。俺は眠くなかったからずっと起きていたし、ちゃんと着いたよ」
    「どこに?」
    「それは……」
     答えかけた百貴が口をつぐむ。そして、無意識だろうか、彼の長い手が何かを求めるように背広の胸に触れた。その手がそっと握られ、
    「どこだったろうな」
     と百貴が瞼を伏せた。鳴瓢は、「それ」を自分が言ってよいものか、烏滸がましすぎないか躊躇ったのち、控えめにこぼす。
    「え?」
     と聞き返す百貴。鳴瓢が黙っていると、合点がいったようで、
    「……そうだな」
     と嬉しそうに、わずかに苦しげに眦を綻ばせた。まるで夢と同じ、ひどく眩しそうな笑顔だった。
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