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    shido_yosha

    @shido_yosha
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    shido_yosha

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    原作直後の蔵。

    #ID:INVADED

    苦しい。狭い。うるさい。恐い。
     ここから出して。
    「……っぶはぁ!」
     悪夢の淵から目を覚まし、男は飛び起きる。
    「はぁっ、はぁっ、はぁ……は……」
     動悸。冷や汗。頻呼吸。額をおさえ、目をつむる。やがて全てを思い出す。目覚めたこの世も悪夢だということを。
     穴井戸はシートベルトを外して腰を上げる。ここは飛行中の旅客機の客室。聴こえるのは、幼少期ひたったジェットエンジンの轟音。乗客は自分を含めて三名おり、うち二名は座席に沈んで眠ったままだ。穴井戸は伸びをして、
    「さて」
     と通路をぬって歩を進める。左右最前列席の中央まで歩き、厨房と客室を隔てるカーテンの前でしゃがんだ。カーペットを剥がして、
    「ビンゴ」
     収納されていた得物を取りだす。獲得したのは毒々しいほど真っ赤な柄を生やした斧だ。穴井戸はそれをくるくる弄んで、後方へ引き返す。鼻歌を歌いながら、脳裏に焼いた地図を想起する。
    「この辺だったかな」
     立ち止まり、柄を両手で握る。ぺろりと下唇を舐め、大きく振りかぶって、
    「おらぁ!」
     バゴォンッッ


    「三日前、日本帝国航空のボーイング970がドイツの領空を侵犯したためにドイツの戦闘機により撃墜された。乗員・乗客合わせて二百十一名全員が死亡。飛行機の墜落現場から思念粒子が検出され、蔵に出動要請がきた」
     百貴の報告に会議室がどよめく。東郷補佐が、
    「死者二百十一名……蔵始まって以来の最大死者数ですね」
    と眉間をくもらせる。羽二重が挙手し、
    「航路を逸脱した原因はなんですか?たしか今の飛行機って、離陸時以外は自動操縦ですよね。慣性航法装置の誤作動って可能性はありませんか」
     百貴は手元のタブレットを参照しながら、
    「証言できる生存者がいないため装置の故障という可能性はゼロではない。だがブラックボックスを解析した結果、操縦士による人為的ミスが妥当らしい」
     若鹿が顎に手を添え、
    「ならパイロットどちらかによる一家心中……いうなれば一機心中ですかね?2015年ドイツの旅客機の副操縦士が自殺目的で機体を墜落させた事件がありましたよね。自動操縦システムの高度を低く変更して」
    「事故が過失によるものか、あるいは故意によるものかは分からない。目下捜査一課が並行して、操縦士両名の心身状態や社会的背景を調査中だ」
     早瀬浦前局長の退任後、蔵ではこういった案件を受けることが増えた。つまり大量あるいは猟奇殺人事件のみならず、大規模事故の責任の所在を調べたり、ワクムスビの国外持ち出し規制を緩和することで国際問題の解決に乗りだしたのだ。
     前局長が七名の殺人鬼輩出に関与したと公表されたあと、蔵は存続の危機に追い込まれた。
     昨今の犯罪件数の増加とミヅハノメの有用性が改めて評価され、なんとか閉鎖を免れたものの、名誉回復のために成果を積みあげつつ、刑事部捜査第一課と手柄争いを避けられる新たな捜査方針をひねりだす必要があった。
     現在ようやく軌道に乗ってきた蔵の在り方は、その影で恐ろしいほどの人脈と資金を要したはずであり、年若い百貴室長の苦労がうかがえる。
     裏を返せば、それほどまでに守りたい部下と囚人とひとりの女性がいる意思表示だった。内情を知るのは蔵の中枢部門だけ。私情と揶揄されてもおかしくない執念と責任感。
     結果、所属する全員が、異動を願いでることなく同じ席に残った。元より井戸端スタッフ達は、出世コースから外されて百貴に拾われたようなものだ。囚人達の心意は……推し量ることは困難というものだろう。
     本堂町が「あの、」と手を挙げる。
    「ブラックボックスってなんですか?」
     彼女の疑問に対して白岳が、
    「飛行中の計機データとコックピットでの会話を記録した機械のことだよ」
     と答える。百貴が、
    「なんにせよ、検出された思念粒子が誰のもので、今回の事件に関わるものなのか。調査することが俺たちの役目だ」
     とまとめ、室内前方に設置されたスクリーンへ顔を向ける。
    「鳴瓢は本堂町とともに井戸へダイブ。富久田は状況次第で投入、二人の捜査を把握しながら待機」
     檻房から遠隔で参加する鳴瓢と富久田が、
    「いつも通りですね」
    「りょーかい」
     と頷く。


     それから十回を越えるダイブが行われた。……が、
    「何も出てこない……」
    「何も起きない……」
    「何処だカエル……」
     スチールテーブルに突っ伏す若鹿と羽二重。目頭を指で揉む白岳。タブレットを睨む国府。過去の映像を見返す百貴、東郷。井戸端の捜査は袋小路へ迷いこんでいた。
     鳴瓢と本堂町が眠り、酒井戸と聖井戸が覚醒した世界は旅客機の客室。平常通りその場の探索から始まったのだが、疑わしい物品も人物も全く現れず、ただ乗務員が乗っていないだけのごく普通の航空機だった。人物解析担当の羽二重と推理担当の若鹿が苦手とするシチュエーションである。
     酒井戸と聖井戸は事件現場とされる操縦室への侵入を試みたが、厚い施錠扉で閉ざされ内側からしか解錠されない仕様となっていた。しかし、声をかけても叩いても返事がないから、そもそも無人なのかもしれなかった。途方に暮れるうち、突然の大きな振動、爆撃音、急速落下。あえなく死亡というわけだ。
     イドの時代と場所を考証する白岳によれば判明したことは三つ。ひとつめ、細部の構造や備品までもが本物と同一であること。ふたつめ、名探偵達の搭乗している機体は、現実で事故を起こした日本帝国航空のボーイング970であること。みっつめ、名探偵達の搭乗している機体はずっと、とある空港の上空で旋回していること。それは日本帝国航空のボーイング970が最後のフライトで飛び立った空港だった。
     何はともあれ、名探偵達が何か視認しないことには井戸端も分析が進まず、捜査は難航していた。よって再度ミーティングが開かれることとなった。
     若鹿がどんよりと、
    「せめてカエルを発見できれば糸口が掴めるんだけどなぁ」
     羽二重が頬杖をついて、
    「飛行機の外にいるって可能性もあるよな」
     白岳が人差し指を立て、
    「機体を離脱してみるか?」
     侃侃諤諤と交わされる議論のなか、名探偵達の休憩室から、
    「まだ探索していないところがあります」
     と通信が入った。若鹿が、
    「うぇ?何処です」
     と顔をあげると、鳴瓢がペットボトルの水を飲み干し、ぷはっと口を離した。
    「客室の真下。貨物室です」
     配布された資料によれば、旅客機は円筒形の機体を床板で半月状に区切った構造をしており、上層が客室と操縦室、下層が貨物室となっている。これに対し白岳が異を唱える。
    「イドと現実がどこまで同じか分かりませんが、通常貨物室はコンテナやスーツケースで隙間なく詰められていますよ」
    「なら積荷を取りだして開ければ何か出てくるかも」
    「客室から下層へアプローチできる通路はありません」
    「無いなら無理矢理作りましょう」
    「どうやって?」
    「非常用装備のなかに緊急時脱出用の斧があったはずです。それでぶっ壊します」
     国府がタブレットを操作し、
    「シュミレーションします」
     会議室中央に実物大の斧の3次元ホログラムを生成する。同じく床板を投影し、掘削してみる。結果、板に穴があくより先に斧の柄肩が折れた。国府は、
    「不可能ですね。旅客機のフロアパネルは、客室と貨物エリアの気温差と航行による気圧変化、椅子など各種設備と乗客による荷重に耐えうる強度です。この斧では板を凹ませる程度が限界です」
     鳴瓢は数秒黙考したのち、
    「富久田」
    「えー?」
     大型スクリーンにベッドで寝そべる富久田が映しだされる。
    「お前、なんか思いついてるだろう」
    「ぜんぜん」
    「即答したな。ダウトだ」
    「まじでない、ない。えーっと、消火器も併せて床を殴れば———」
    「今とぼけたところで、次からお前も投入される。分かってんだろ」
     苛立ちを隠さず富久田を遮る。
    「ここで策を練ったとしても、酒井戸と聖井戸じゃ実行できない。俺と本堂町は、現実で体得してないことと付け焼き刃の知識はイドで発揮できない。頻回のダイブで順応し展開を徐々に更新することはできても、時間がかかりすぎる。だがお前には、現実での記憶保持という能力がある」
     鳴瓢の言説は正しい。
     が、富久田が穴井戸と変身すると弊害がうまれる。寛解していた数唱障害が再燃するのだ。強迫症状に耐えられなくなった富久田は、早急な排出を求めて捜査に非協力的だったり、最悪捜査をミスリードした事例がある。
     したがって現在、富久田が名探偵を務めるのは、なるべく鳴瓢と本堂町による捜査が難航した場合と配慮されている。
     鳴瓢が続けて、
    「なによりお前は、俺と本堂町より飛行機を乗った回数が圧倒的に多い。つまり機内設備や備品についてはお前の方が詳しい」
     同じく休憩室にて、脳への栄養補給の為のチョコレートを頬張る本堂町が、
    「富久田、そんな海外行ったことあるの。私飛行機乗ったことないよ」
    「俺も新婚旅行のハワイが最初で最後だ」
    「いいな。憧れです、ハワイ」
     和気藹々と話す二人を尻目に、「まさしく数唱障害の治療を探して渡航していただけで、羨ましがられるようなことは……」と富久田は浮かぶ。が、そんなことより、
    「いいのか?俺、さっさと死にたいから嘘吐くかもよ?なぁ井戸端の皆さん」
     煽ってみたものの、
    「そんときは頭突きする」
    「一ヶ月間無視する」
     甲斐なく同僚達が声をそろえる。富久田は仕方なく寝台から起き上がって、
    「条件がある。手伝い終えたら、俺を死なせてくれるか?」
    「任せろ」
    「任せて」
     即座の快諾が充分すぎるほど怪しい。が、言質をとっておくほか道がない。富久田は溜息を吐いたのち、
    「俺だったら、爆破する」
    「えぇ……」
     口に手を添えて肩を寄せる鳴瓢と本堂町。富久田は、
    「訊いておいて『発想が物騒』って引くの、ひどくないか?」
     「冗談だよ」と口角を歪める鳴瓢。爛々と目を輝かせる本堂町。
    「聞かせろ、富久田」

     聖井戸が細腕に座席カバーとカーテン、カーテンレールを抱えてやってきた。 
    「言われたもの持ってきたよ」
    「ありがとう」
    「布は繋いで面積を大きくすればいいんだよね」
    「うん。端っこに五百円玉大の隙間あけといてね」
    「はーい」
     続いて酒井戸が現れて、
    「穴井戸。ハサミと乾電池、あと飴とクッション持ってきた」
    「ありがとう。それで火種作ってくれる?」
    「おう」
    「手袋あった?」
    「火傷対策な。軍手はさすがに無かったから、割り箸使う」
     酒井戸はその場に胡座をかくと、まずクッション引き割いた。中の綿を取りだし拳大に丸める。
     次に穴井戸が斧でえぐった凹みに綿と乾電池を並べる。飴の包装紙を細長く切って、乾電池の陽極と陰極に弓形にくっつける。紙に綿を触れさせれば、綿が燃え出した。酒井戸は乾電池を取り除いて、
    「穴井戸、火種できたぜ」
    「ありがとう」
     聖井戸が、
    「その火でカーテンレールを熱して曲げればいいんだね」
    「そう。最低二本曲げて、半球体の骨組みを作って欲しい」
    「俺も手伝う」
     酒井戸と聖井戸が骨組みを製作するあいだ、穴井戸は皿の上で大量の錠剤をすりつぶす。酒井戸が顎をしゃくって、
    「それ、ドクターズキットに入ってた内服薬か」
    「うん。ニトロペン、ニフェジピン、クレマスチン、オフロキサシン……。ええと、血管拡張薬、降圧薬、抗アレルギー薬、抗菌薬だよ」
    「詳しいな」
    「たまたまね」
    「お前は飲まなくていいのか」
    「え?」
    「ひどい顔してる」
     穴井戸はこめかみの汗をぬぐう。頭が騒がしくて、がんがんと痛む。本当は目を閉じてじっとしていたい。最高なのは意識を失くすことだ。けれど穴井戸は微笑んで、
    「介錯は兄弟に頼もうかな」
    「うん?」
    「穴井戸、できたよ」
    「ありがとう。じゃあ、準備が揃ったことだし、時間もないし」
     穴井戸は窪みに粉末をそそぎ、骨組みと布をかぶせる。座席の背もたれに入っている安全のしおりを丸め、
    「危ないから離れててくれ」
     紙筒に口をつける。深く息を吸い、布にあけた小さな穴めがけて、思いきり吹く。
     バゴォンッッ!!
     客室と貨物室を繋ぐ穴が貫通した。酒井戸と聖井戸が駆け寄って覗きこむ。
    「下はどうなってる」
    「伽藍堂みたいですけど」
    「まじか。とりあえず探索しよう」
     躊躇いなく飛び降りる。調べはじめてすぐ、聖井戸がスーツケースを転がしてきた。
    「ひとつだけ積荷がありました」
    「開けられるか」
    「いえ、ダイヤルロックが掛かっています」
    「待て。持ち手に手荷物タグが付いてる。地上の空港で照会できるかもな」
    「ですね。穴井戸ー、斧貸して」
     聖井戸が頭上の穴を見上げると、
    「えっ。あー……はぁい」
     空から武器だけ落ちてきた。拾いあげた聖井戸はまじまじの刃先を見て、
    「血糊がついているんですが、何してたんですか?」
    「何も。俺のことは気にせずに」
    「気になります。貴方も降りてきてください」
    「えぇ……いつもはどうでもいいって言うのに」
    「何ぶつくさのたまいてるんですか。早く」
     聖井戸に急かされ渋々合流する穴井戸。ワイシャツの襟首に血痕が付着している。
     酒井戸が斧でスーツケースのフレームを叩き割ると、プラスチック樹脂の二枚貝がごろりと女性を吐きだした。女性は二十代前半で緑の目に長い黒髪。白いワンピースの胸を血で染めて絶命しており、名前は、
    「……カエルちゃん」
    「……カエルさん」
     女性を認めた瞬間、二人は思い出す。自分達の名前。そして自分達の使命は彼女の死の謎を解くことであること。

     同時刻、井戸端では歓声とともに目まぐるしく捜査が進められていた。司令エリアでは百貴が携帯電話で、
    「吉岡さん。当該航空機が最後に離陸した空港でワクムスビの使用を頼みたい」
     と連絡をとる。その間東郷が、
    「国府くん、手荷物タグの記載番号から持ち主割りだして」
    「了解です。……完了しました。持ち主は────」
     分析エリアでは若鹿、羽二重、白岳の三名は興奮気味に思索を進める。
    「乗客も乗務員も居なかったのは、航空機墜落はやはり事故だったからだ。パイロットによる心中じゃなかった」
    「思念粒子は積まれていた死体から漏れたもので、偶然事故に紛れた」
    「偶然かはまだ分からないぞ。木を隠すなら森の中だ。犯人は事故が起きると知ってた可能性がある」
    「……しっかし、粉塵爆発かぁ」
     と感心する若鹿。羽二重もわくわくと、
    「少ない粉末でも、ああやって耐火性の繊維製品で囲んだ狭い空間なら濃度は上がる。そして急激に酸素を送りこめば激しい燃焼反応が起きる」
     白岳も頷いて、
    「防火対策の厳重な航空機内で爆発を起こせたのがすごいよな」
    「はいはい、余計な雑談はなし。集中して」
     東郷が手を叩く。思わず背筋を正す三名。
    「はい!」
     と応答し再度気を引き締める。

     酒井戸が遺体を検めたところ、カエルは鋭利な刃物で胸をひと突きされていることがわかった。聖井戸が、
    「どこかでカエルさんを刺殺したあと、スーツケースにしまって預けたんですね」
     酒井戸は首を傾げて、
    「どうやって手荷物検査通ったんだ?もしかして職員もグル……」
     その時、
     ドォンッッ
     機体が大きく揺れた。酒井戸と聖井戸は驚いて、
    「なんだ!?」
    「なんですか!?」
     穴井戸は壁に寄りかかりながら、
    「早く脱出した方がいいぜ。この飛行機はそろそろ墜落する」
     酒井戸が扉の隙間に斧を差しこみこじ開けた。
     瞬間、気圧差により激しい風が流れこむ。デッドエンドかにみえた密室に口を開けた風穴。果てしなく広がる青空。その水底で、丸い地平線と飛行場が待ち受けている。
     酒井戸と聖井戸は爆風に抗してふんじばりながら、
    「行きましょう」
    「おう」
     と踊り場に立つ。穴井戸は逆光を浴びた二つの背に手を振る。
    「いってらっしゃい」
    ────……もういいよな
     穴井戸は太陽を見上げて、井戸のほとりへ語りかけた。地球の覗き穴のような輝きに目を細める。
     俺にしては頑張った方だろ、室長。信頼に応えるのは、やはり自分らしくない。これでやっと死ねる。

     イドを見つめる若鹿が、ふと、
    「にしても変わったよな」
     と呟いた。白岳が、
    「なにが?」
     と問うと、
    「穴井戸……ってか富久田保津。前はこんなふうに捜査に協力する奴じゃなかった」
    「そういえばそうだな」
     お互い穴井戸を凝視していると、ややあって若鹿が、
    「顔突き合わせては喋るには、まだ恐ぇけど。今の方がとっつきやすい」
     と嬉しそうに笑った。釣られて白岳も相好を崩す。
    「言えてる」
     司令エリアに立つ東郷が隣の百貴へ、
    「穴井戸を排出しますか」
     と訊ねた。百貴は沈思したのち、
    「もう少し待とう。名探偵たちの判断に委ねる」
    「了解しました」
    「……なぁ。少し愉しそうな表情をしていると思わないか」
    「穴井……富久田が、ですか」
    「ああ」

     既視感のある光景だった。そういえば、蔵崩壊時も、兄弟とこのお嬢さんを……いや、「俺の兄弟たち」を笑って見送ったのだ。今回はあの時より長く共に冒険できた。旅の終着を見届けられないのは名残惜しい気もするが、自分にしては「充分生きた」くらいだ。
    ────さようなら、兄弟たち
     穴井戸は満足して目蓋を閉じた。
     ……が、しかし。
    「なに、たそがれてるんですか。穴井戸さんも行くんですよ」
     聖井戸が穴井戸の左腕を引っ張った。容赦のない招集に慌てる穴井戸。
    「いや、俺もう要らないでしょ。死なせてよ」
    「あなたの生死はどうでもいいのですが、私は航空業界の知識がありません。生き字引きになってください」
    「ウィキペディア扱い?実は俺、体調悪くて今にも死にそうなんだ。絶対役にたたないぜ」
     すると酒井戸も、聖井戸と挟撃して穴井戸の右肩を掴む。
    「なら尚更、地上で応急処置してもらわないとだろ。穴ぺディア」
    「本当に心配してる?」

     現実では東郷が、
    「穴井戸が愉しそう……ですか?」
     と怪訝そうに上司を窺う。
    「うーん……」
    と自信が失くなる百貴。

     ポーン、という軽快な高音ともに着陸前のアナウンスが流れる。
    「皆様、ご搭乗大変お疲れさまでした。ただいまの時刻は午前八時十分。地上の天気は晴れ。気温は摂氏二十度。素敵な旅の日和でございます」
     はためく翼のトレンチコート。2足のブーツと1足のスニーカーが踊るように足踏みする。
     飛び立つ動機は分からない。しかし飛ばずにはいられない。きっと自分たちは、そういう生き物なのだ。揚力は期待。推進力は好奇心。
    「行くぜ!」
    「行きましょう!」
    「わーーっ!」
     新たな空へダイブする名探偵たち。彼らの背後を、涙の粒が三つ煌めいて、飛散した。
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