「エマちゃん、これ。場地さんからの預かり物」
待ち合わせた街中の路地で、千冬は紙袋をエマに差し出した。
エマは少しの間、動かずにその紙袋をみつめた。
それからゆっくりした仕種で紙袋を受け取って、中を見下ろす。
エマに向けて、千冬が小さく頭を下げた。
「ていうか、場地さんから貸してもらってたんだ。エマちゃんのだって聞いてたから、返さなくちゃって。ごめん」
紙袋の中身は少女漫画のコミックスが五冊ほど。
それをたしかめて、エマが微かに笑った。
「もう。バジ、なかなか返してこないなって思ったら、人の漫画又貸ししてたんだ」
「……ごめん、勝手に借りてた。もうちょっと早く返すつもりだったんだけど、何度か読み返しちゃって」
「いいよ。面白かったでしょ、これ。だからアイツも千冬に貸したんだろうし」
そう言いながら、エマが紙袋の中からコミックスをそっと取り出す。表紙を眺めて、中身をパラパラとめくって口許を緩める。
「全然、綺麗。折り目とか染みとか、絶対つけないよね、アイツ」
「うん。オレにも飲み食いしながら読むなよとか、しつこく言ってさ」
「バジって、他人のものはガンガン壊す割に、自分のものとか……友達のものとかは、大事にするから」
そうだね、と言って千冬が目を伏せる。
エマも千冬の顔を見られずにいる。
「汚れてたらさ。何すんのバカって、怒れたのに」
「そしたら逆ギレして、そのあと謝るんだろうなあ。『うっせぇな、悪かったって言ってんだろ!』って。言ってないのに」
「すごい、目に浮かぶ」
二人とも、過去形で話せない。
十一月下旬、まだ――何もかも、ついこのあいだの話だ。
「ほんと、遅くなってごめん。……返したら、終わっちゃう気がして。何が終わるのかはわかんねーけど……」
呟いたそばから、千冬がもう悔やむような顔をして首を振る。
「や、悪ぃ。変なこと言った」
「いいヤツだったよね」
「……」
「エマたちは……ずっと、覚えてようね」
「……うん」
「いつか、ずっとずっと先にまた会ったら、又貸しするなバカって怒る。それで、大事に読んでくれてありがとねって言う。これ、ウチも大好きな本だし」
「うん、すげぇ、面白かった」
「バジ、ラストで絶対泣いたよね」
「多分」
「千冬も泣いた?」
頷く代わりに、千冬は困った顔で笑う。
エマが笑顔になった。
「今度さ、次にバジに貸すつもりだった本、貸してあげるね。次はヒナとタケミっち経由じゃなくて、直接ウチに連絡くれていいから」
「ありがと。オレもさ、おすすめのヤツ持ってくるよ」
「わーい。楽しみにしてる」
はしゃいだ様子になるエマに、千冬も今度こそ、苦笑いではない笑顔を作る。
「あんまりこういう本の話できる子いなかったから、嬉しい。バジとたまにこっそり盛り上がってたんだよね、実は」
「オレも。壱番隊の奴らなんかには、絶対聞かせらんねえ話だよなって思いながら」
「ホント。バジとかアンタが少女漫画好きって知ったら、みんなひっくり返るって」
声を上げてエマが笑う。
「じゃ、ウチ、そろそろ行くから。またね」
「うん、また」
短い時間のやり取りを終えて、エマと千冬は別れる。
「……何で終わるって思ってたんだろうな」
まっすぐ背筋を伸ばして歩き去るエマの後ろ姿を見ながら、千冬はひとり呟いた。
それから空を見上げて、あの人とおんなじように笑えてればいいなと思いながら、口の両端を目一杯持ち上げる。
「そのうちオレらもそっち行ったら、一緒にまた少女漫画談義しましょうね、場地さん」
まあゆっくり来いよと、返事が聞こえた気がした。